2.帝国の面々
* * * Act.7 フローラおばあちゃん
私たちの心のオアシスは、要職に紛れ込んでいたおばあちゃんであった。
妖怪面のおっさんばかりとはいえ、良い人そうなひとも少なからずいた。
このフローラおばあちゃんも、良い人そうな一人だ。
何の職かは知らないけど、というか聞いても多分わからないけど、私たちによく目を掛けてくれた。
私と正也はおばあちゃん子だった。
私はともかく、正也なんかはレベルの高い性癖へ向かいそうなほどだ。
私たちが、善人を体に表したようなフローラおばあちゃんに懐いている様子は、じゃじゃ馬ならしもかくや、というのが城の人たちの噂だ。
この城の中は、帝国の歴史の古さ、体勢の古さ、権力のよどみを表すかのように、顔はしわしわ手はプルプル震えちゃって、そんなんで政できるのって老人がたくさんいた。
口さがない文官たちは、老害などと言っている。
ひどい。なんというか、こういった状態が。
ちなみに大抵のおじいさんは、主勢力から外れた閑職のようだ。
静かに暇そうにしてるから多分そうだ。
いや、おじいさんたちの沽券のために言っておくと、実は隠れた重鎮なのかもしれない。よくわからんが。
「真沙子ちゃんやーい」
孫を扱うように目尻の下がったおじいちゃんが、私を呼んだ。
私は、友人やおばあちゃんにしか見せない、世にも珍しい笑顔で振り返る。
「はぁーい」
「おやつ食べるかい? 異世界の若い女の子の口に合うかのう~」
「わぁーい、食べまーす」
私の愛想の良い声音に、正也は何か言いたげな顔で、こちらを見ていた。
加齢臭っていいにおいだよねって、正也と小一時間は話したい所である。
* * * Act.8 肖像画
ある日、私たちの肖像画ができあがっていた。
写真は元よりスケッチもされた覚えがないのに、どういうしわざだ。匠か。
私はイスに座り、正也は傍らに佇んでいる。
写真屋さんで撮った、上品な家族写真的な構図である。
中学の三年間を着た学ランは少しスソや袖が短く、私は膝丈のスカートから無造作に足を遊ばせている。
私の髪は肩まで伸びているが、髪質は双子の正也と全く同じであった。
楽な姿勢の中にも、退廃的な雰囲気がかもし出されていて……
「……」
正也はカメラ目線でガンつけており、私は少し上目遣いをして、猜疑心を体全体で表していた。
何を表したいの? この肖像画。
私まわりから、こんな風に見られてるの? ねえ絶対、正義をアピールしてるんじゃないよね。恐怖をアピールしてるよね。
私がタイトルを付けるとしたら『災いを呼ぶ双子』って所だよ。
幽霊画みたいだよ。色合いも妙にドス暗いし。
私は即座に、この肖像画の意匠をくみとった。
どうやら帝国は、私たち双子を悪の象徴にしたいようだ。
それ以外、くみとれないよ。
越後屋さん(仮)の言う「帝国の救世主」を悪の象徴にしちゃって、民衆はついてくるの?
一体、どんな民衆だ……。
はたして数日後、私たちは民衆を見たのだった。
何らかのお題目をつけて開かれたパレード。
城の広場に集まった、いや集められた大勢の帝国民を、私たちは城の高座にあるバルコニーから見渡したのである。
まごうことなき、普通の民衆だった。
中世ヨーロッパのような服装の、帝国民ABCってなもんである。
ただし、それぞれの表情は、恐怖政治を敷かれ鬱屈とした民衆そのものだった。
* * * Act.9 帝国民たち
帝国民の人々のまわりには、レッサーデーモンというやつなのか、悪魔のいっこレベル高そうな、でかいごつい魔物が等間隔で配置されていた。
隙なく広場を見張ってる。
そう、見張っているのだ。
民が逃げないように。どこから。この広場から。引いては、この帝国内から。
え……っ。
私は今さらながらしみじみと思った。
どうなってるの、この帝国……。
帝国は、国民に対して、「帝国は正義だ。正しい。だからついてこい!」という洗脳すら行っていない。
圧政と横暴の権化であった。
ある意味すがすがしいほどの、悪の帝国っぷりである。
しかし、私が当事者の一人に数えられるのは、まっぴらご免だ。
私たちはこの催し事で、帝国への不信感を、ますます募らせたのであった。
メイドさんの噂によると、民衆はこの帝国を恐れて、亡命者があとをたたないとか。
国民が逃げ出すなんて、国として終わってる。
一介の中学生が偉そうに言っちゃなんだけど……。この国は、きっと戦争に負けるのだ。
しかし国民感情とは裏腹に、ある種の高揚感が、城内を覆っていた。
非常時という特殊な事態に、だからこそ、力を表す人間がいる。
* * * Act.10 帝国城のひとたち
悪のカリスマあふれる、若き将軍がいた。
野心を表すかのように、こうこうとした赤い瞳を持っている。
たぶんもう半分くらい人間ではない。そんな目をしている。物理的に。
皇帝を支えるカリスマ青年だ。というかもう、この人が皇帝でいいんじゃないの。
闇夜のように黒い髪、漆黒のマントに血のようなドス赤い裏地、黒鉄の鎧はゴキブ…… 黒ガンダ○…… まあとにかく見る者を圧倒させる。
皇帝はそえるだけ。
ちなみに皇帝は、なにげに鷹を思わせる鋭い容貌をしているのだが、そこから血と油をごっそり落としたように顔色が悪い。
明らかに何かに憑かれています。きっともうHPはゼロです。
ライオンのような、血の気あふるる将軍がいた。
たたき上げを絵に描いたような、渋いおっさんである。
帝国最後の良心といった風体で、厳しい表情の中にも情の厚さを感じさせる。
きっと城が落ちたら、崩壊する城と共に命を落とすタイプだ。「おもしろき、こともなき世をおもしろく」とか言って。いや、勝手に最期を想像して申し訳ないが。
ちなみに、この句のあとには「すみなすものは心なりけり(この世がおもしろいかどうか決めるのは、その人の心持ちしだい)」と続く説もあるらしいです。
どっちにしろ、たたき上げおっさん萌えという話しです。
異様に貴族くさい黒幕紳士もいた。
品の良い金髪に、血など見た事もさわった事もございませんよ、という白魚の手。男だけど。
どう着込んでいるのか謎なほど、いつもシャレオツに、ひらひらキラキラごってりと、帽子から靴まで着飾っている。男だけど。
自分のはかりごとの為なら、超働き者である。
実はこのひと一人で帝国は回ってるんじゃないの、とさえ錯覚する。
帝国城のゆかいな仲間たちの末席を汚す、私の耳にさえ入るほど、政治的暗躍に有能な紳士であった。
それらの有象無象が何十人、何百人と帝国城を闊歩しているのだ。
要人の部下は、それぞれあつらえたような高級そうな服を着ている。
そして、背中には、コウモリのような翼を生やしていた。
――ここは魔王城ですか。
私はシャレにならない考えに思い至る。
首を左右に振り、考察を中断させたのだった……。
* * * Act.11 キャッウフフ
そろそろ人間関係も定まってきて、キャッキャウフフがあっても良さそうなもんだが……。
私は就寝前に、ふっと物思いにふける。
私のまわりは相変わらず、閑職のおじいちゃんか、腹黒いおっさんだけだ。
色気が無いとはいえ、私は恋愛よりも友情といった年頃なので、同年代の女友達さえいれば、あとはどうでもいい。
その同年代の女友達。私の世話を一手に引き受けている、唯一のメイドさんが友達になってくれたよ。
アンナちゃんといって、田舎育ちで「帝国の救世主」の事を、よく知らないらしい。
城内ではどうやら、「目を合わせたら呪われる」とまで言われてる私に、アンナちゃんが気軽に話しかけてきたのが縁だ。
天然というか大らかというか、なにげに胆力があるというか、惚れてまうやろっていうか。
良い人なんだけど、のんびり屋すぎて、私の世話係を一手に押しつけられたっぽい。
赤毛とそばかすが、オシャレ可愛い人である。
あと、城内のうわさ話や、この世界の常識非常識を教えてくれるから、ふつうに有難い。惚れてまうやろ。
「……とこれを雇い主に報告、おっと、うふふ、真沙子ちゃんったら聞いてた?」
間者と連絡を取っているアンナちゃんを目撃したところで、アンナちゃんの正体が敵国のスパイだとか、むしろその仕事ぶりに惚れてまうやろ。
正也の人間関係も、似たようなもんだと思うけど。
四六時中一緒にいる訳じゃないので、よくわからない。独自のネットワークを築いてるのかもしれない。
この世界の、男女の社会的性差なのか、私よりも古狸が寄ってくる様子は、可哀想でもある。
「真沙子ッ」
私の自室の扉をドンドンッと叩く音。そして正也の声だ。
もう夜も遅い時間だというのに、どうしたのだ……。
私の部屋には、防犯のために結界が張ってある。
私の無断では、人や物や虫が入れない。
私はあれこれ操作して、正也を招き入れた。
正也は慌てた様子で、私の部屋になだれ込む。
「なんか色っぽいおねえさんが来て、情報と股間をさぐられた……!」
「――――いや別に、うまいこと言おうとしなくて良いから」
正也に、あらあらウフフなイベントが発生したようである。
情報をさぐられた……と言うと、政治とか、戦争の戦略に関してだろうか。
場合によっては、命のやり取りもあり得るあらあらウフフである。
「刃物……刃物を見せられた……。お股ひゅーんってなった……」
正也は、当社比ガタガタブルブルとしていた。
ひゅーん? 私には、いまいちピンと来ない表現だけど、切り取られるかもしれない恐怖は、察して余りある。ごめん人事だけど。
私は正也にたずねる。
「切り取られ……」
「生々しいこというな!」
怒られた。
「今夜いっぱい、かくまってください……」
「まあそういう事なら、お入りなさい」
「ううぅ」
私はベッドを開けながら、再び正也に確認を取る。
「……で、後ろのしょじょはまだ無事」
「おまえ最低だよ、大丈夫だよコノヤローッ」
正也はお尻をキュッと、かばいながら私に吠えた。
いやこう、正也の気持ちをほぐそうという、きょうだいジョークっていうかね。
ごめん、しょせん人事な上に、きょうだいの身に起こった事なので、つい茶化してしまう。
正也はいまだ刃物を(股間に)向けられた恐怖に、プルプルと震えながら私に尋ねる。
「まっ真沙子はこういう事ないのかよ……」
「えー。ない」
気を回した一部の善良な大人が、私のは硬めにガードしているのだ。
おじいちゃんたちが釘の上に釘を刺して、ありがたい限りです。
いい年をして、きょうだいと一緒の布団か。
まあ布団だけで六畳くらいあるから、端と端で寝れば寝相も自由だけど。
「女の人こわい女の人こわい」
こいつ……。おばあちゃん好きへの階段を、着実に昇って行ってるのでは……。
私は正也に対し、不憫な目を禁じ得ない。
世の中には、仕方のない物事の流れがあるようです。
* * * Act.12 「母なるなにか」
戦争とはいえ、どうやら私たちは、前線へ出る事はなかった。
いや、いざ連れていかれても困っちゃうが。
平和に慣れ親しんだ中学生を戦場に連れてっても、きっと役には立たないよ。
私たちの仕事は、最初に越後屋さん(仮)が「帝国の救世主」と言ったように、察する所、国内外に対してのイメージ戦略だった。
帝国のカリスマ将軍さんや、たたき上げライオン将軍さんらといった顔ぶれに、更にいろどりを加える。
何色だよ。もうすでに血とドブみたいな色だよ。この帝国。
そして帝国には「母なるなにか」という存在があるらしい。
私たちは、その「母なるなにか」を目覚めさせるために、一日に一回、水晶に魔力を流し込んでいる。
仰々しい装飾を施された水晶に、手を付ける。私たちは、この水晶を媒介して「母なるなにか」に魔力を送っているのだ。
「母なるなにか」を目覚めさせるための、膨大な量の魔力。
おそらくこれこそが、イメージ戦略よりも何よりも、帝国が私たちを召喚した、一番の理由だろう。
私たちには、相変わらず情報規制があって、そういうのは、直接には教えて貰えないんだけど。
魔力を吸い取られすぎて、ミイラになった使い捨ての人々の噂も、メイド間に伝わる帝国城の百不思議として、聞いた事があるんだけど。
アンナちゃんから忠告を受けてから、水晶に魔力を流すのは、ふりだけだけど。
水晶はまるで磁石のように、私の手のひらにくっつく。
気を抜くと、離れなくなる。
そしてなんだか、まるで催眠術にかかったように、頭がぼうっとしてくるのだ。
魔力をむりやり吸い取られてる。
そう気が付くのに、時間はかからなかった。
同時になんともいいしれない悪寒が、体中を走った。
「……っは。正也!」
私は思わず、水晶を離した裏手で、正也の頬をパシッと叩いた。
つうか裏拳で殴った。
悪寒が気持ち悪くて、八つ当たりをしたのではない。
いやそれもあるかもしれないけど、いまだにこんな水晶から手を放さない正也を、危険だと思ったからだよ。
正也は、裏拳の衝撃で、水晶から手が離れた。
その、ぼうっとしていた目に、焦点が合ってくる。
「なっ……」
「危なかったね★ 正也。水晶に魔力を取られ過ぎちゃう所だったよ!」
「……解せぬ」
笑顔できょうだいの身を案ずる私に、正也は、あとから来た頬の痛みを抑えながら、釈然としない表情を向ける。
ミイラになってたかもしれないのに、なんて顔ですか。もう。
結果的に、私は、正也からの仕返し、正也は、私からの再びの気付け覚ましに、お互い気を張って、水晶に気取られるのは激減したのである。
ちなみに、私はその後すぐに、正也からの仕返しをうけた。
首を痛めるかと思うほど、ガックンガックンと、肩を揺すられた。
私と同じ事を、正也も言ったのだが、やはり私も解せぬのであった……。
* * *