1.帝国の救世主 「目つきの悪い双子」
* * * Act.1 プロローグ
私、真沙子は、正也とは双子のきょうだいだ。
男女の差はあるが、私と正也はそっくりな双子だった。
真っ黒いツンツンした髪、色白の肌。視力が悪いゆえの、凶悪な目つき。
服装は、真っ黒い冬服の制服。セーラーと学ランだ。
身長もほぼ同じで、並んで立つと、男女トイレマークのようだった。
そうそう。
それとは関係ないけど、私たちは異世界に召喚された。
* * * Act.2 おどろおどろしい神殿
ことの起こりは数日前、おどろおどろしい神殿の祭壇に、私と正也は降り立った。
真っ黒い大理石、真っ赤な宝石の装飾。
体育館の半分ほどの広さの中、ひしめき合う大勢の怪しい中高年たち。
すでに怪しい雰囲気がデキ上がっている。訳のわからん蒸気が立ちこめていた。
どう見ても邪教集団だった。
お化け屋敷のような薄暗い照明の中、ぼんやりと見える面々は、妖怪か政治家のような顔付きだった。いや、みなさん人間のようですが。
そしてその人たちの視線は、装置から現れた、私たち目つきの悪い双子に集まっている。
あれっ……、私たち、なんか悪者っぽくない?
私は正也に目配せをした。
正也も同じような事を思ったらしい。
私と同じつり目が、困惑を浮かべている。
目つきが人並み外れて悪いとはいえ、中身は普通の中学三年生だ。
物事への善悪だって、自分で自分を良い人とは言えないが、非行に走ってもいない。食料飢饉の世界ニュースを聞きながら、気まずいながらも、ぼそぼそと夕飯を食べちゃうかんじだ。
中高年たちの代表であるらしき中高年が、うやうやしく言った。
「我が『帝国』の救世主。ようこそおいで下さいました」
ニタリと笑った顔が、悪の越後屋みたいだった。いや、私もひと様の顔の事は言えないけどもさ。
* * * Act.3
私たちは、初対面の人と目が合えば、必ず怖がられる上に、愛想笑いも大人の世渡り的社会も習得していない。
中高年たちにかしずかれながら、黙ってまわりを見渡す。
おぉ……
周囲がおののいた。
視力が悪いので、つい、目を細めて眉間に力が入る。ちょっと遠くまで見えたよ。まわりの人の表情は、恐怖とも期待とも言えない。
なんなの、このリアクションは。
どうやらまわりは、私たちに何らかの先入観があるらしい。
私たちは私たちで、自分の立場をよく飲み込んでいない。
そのすれ違いは、うまい具合に事を運ばせた。
実は私たちは、鳩が豆鉄砲を食ったような表情をしていたのだが、私たちの表情は元々かたい。実の親でさえ読み切れないと評判だった。
正也は混乱している。
私もそうだ。
わかる、わかるよ。ダテにきょうだいじゃないよ。
自分一人ではない事に、ちょっと安心感を覚えながら、私たちは装置から降り立ったのだった。
* * * Act.4
ちょっとよさげな客間に通されて、私と正也は二人きりになった。
この部屋には、高そうな刺繍の入ったソファーとか、豪華な業物テーブルセットとか、趣向を凝らした色々な椅子とかあるが、そのどれにも座る気にはなれない。
私が沈黙を破る。
「どう思う?」
ちらりと正也を見ると、正也もちらりと私を見返して、すぐ目を泳がせた。
「もうどこから突っ込めば」
「ここどこ、異世界、とかはもういいよ。とりあえず置いとこう」
私は小さい箱を移動させるジェスチャーを、両手に加えた。
勝手知ったる双子のきょうだいに、手順も挨拶もすっ飛ばして、ひそひそとお互いの辻褄を合わせる。
「真沙子、冷静だな……」
「私だって、現状を理解するのに精一杯よ……」
この部屋にまた、誰が尋ねてくるか分からない。
私は時間を惜しむように、話を進めた。
「帝国って。一概には言えないけど、ゲームとか映画だと、たいてい「王国」に敵対してる悪者じゃない?」
「さっきの神殿ぽい所。ラスボスのステージかよ……。なんで真っ黒で薄暗いんだよ…デザインが肉々しくて若干グロイんだよ……」
「ていうか、私たちの見た目も悪者っぽいしね……。通り道にあった廊下の鏡、見た?
黒いおじさんたちに囲まれて歩く、黒い制服ふたり。もし私が別の人だったら、絶対に近づかないね!」
「……いや……自分で自分をすぼめるのはやめようよ……」
私と同じ顔が、視線を落として、当社比ショボーンと落ち込んだ。
私は話を進める。
「というか、なんで日本語通じるの?」
「日本語が通じるっていうか、意訳っていうか、日本語じゃないのを喋ってるけど、お互いに言ってる意味が通じてるっていうか……」
「そうだね。私たちは日本語を喋って、向こうは日本語じゃないのを喋ってるね」
正体が分からないものに対して、「分からないよね」と共通認識を持っただけで、原因は分からないままなのに、何だか安心してしまう。
今は考えても分からないし、まあこの事は、後まわしってことで。
などと言っていたのが数日前。
* * * Act.5 伏魔殿と魔力
たぶん私たちは、政界の伏魔殿的な場所に放り込まれている。
この建物は城か宮殿のようで、豪華でやたらと広い。そして薄暗く陰鬱でほこりっぽい。
私たちは一人ずつに、最初に通されたちょっとよさげな客間よりも、もうちょっとよさげな個室を用意された。
メイドと護衛も用意された。
しかしその人たちの誰もが、私と正也に対して目を合わせない。
てっきりそういうマナーつうか作法つうか、この世界の文化なのかと思ったが、どうやらこの人達は、私たちを恐れている。
私の目つきが悪いからか。そうなのか。
私は人知れず、手の平とヒザを床につけて、落ち込んだ。
それと多分、私たちへの先入観もあると思う。
悪の越後屋みたいなおじさんは、私たちの事を「救世主」と言っていたが、一体なんの救世主なのか……。絶対ろくなもんじゃない。
私たちには、情報規制があるようで、詳しいことは教えてもらえない。
でも、その中で知ったのは、この国は他国と戦争中だということ。
それで私たちが召喚されたということ。
戦争。日本で育った中学生には、教科書やテレビ、映画でしか見ない単語だ。
あの悪趣味な神殿は、魔力が大きい「なにか」を呼び出すための装置だという。どう見ても悪魔か悪い魔物を召喚する装置です。ありがとうございます。
まあ私たちが召喚されたんだけど。
戦争に魔力が必要だということ。それに使われようとする私たち。
……逃げたい。せんそうとか、加担したくない。
しかし護衛という名の見張りも付いていて、逃げる訳にも行かず、私と正也は城の中でぎこちなく過ごした。
そして魔力と言うからには、私たちは魔法が使えるようになっていた。
魔力が大きい「なにか」を呼び出す装置という、あの悪趣味な神殿の売り文句通りに、私たちはこの世界の人たちよりも、魔力が大きいのは確かなようだ。
試してみた所、巨大なファイヤーボールで、城内演習場の地面が五メートルくらいえぐれた。
私たちの魔力が強いのは、大人の事情の渦中に放り込まれた中、唯一の救いだ。
正也は魔力が強く、私は魔力の調整がうまい。
ふたりで力を合わせてみると、足し算ではなく掛け算といった具合だ。
そして先に言っていた、言葉が通じるというのも、一種の魔法だったらしい。
この世界の魔法というのは呪文がなくて、意識の調整で行う。私たちは図らずも、すでに魔法を使っていた、というのだ。
今もそのことでお世辞を言ってくれるのは、福の神の顔した貧乏神がいたら、こんな顔だろうな……というふくふくしいおじさんだった。
なにこの子供でも分かる胡散臭い雰囲気……。
ここは伏魔殿であった。恐ろしい。
* * * Act.6 魔法の名付け
魔法に呪文がないのでは締まらない、魔法に名前を付けよう。というので必殺技の命名よろしく長々と考え出した正也に、私が首を左右に振って止めに入ったのは余談である。
……三秒以内に言い切れる名前だったら許すから、そんなに落ち込まないでよ……。
* * *