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バグと仔猫と深夜残業

 真夜中の一時を過ぎた。既にこのフロアで残っているのは僕だけだった。ドアの感知器にパスを通すと、見事に『あなたが最終退室者です』と警告が響く。と言っても、僕はその言葉通りに退室はできない。何故なら、まだ仕事が山盛りに残っているからだ。

 深夜残業。トイレから戻ると、また『あなたが最終退室者です』と警告が。煩いよ、とそう思いながら僕は席に着いた。

 どうして僕だけが一人で残っているのかというと、今回のプロジェクトで僕がほとんど唯一のプログラム共通部品作成者で、そして仕様変更によってその共通部品に手が入ったからだった。その共通部品を用いられている箇所を洗い出し、使われ方を調査して、必要なら改修しなくちゃならない。これは、その部品の仕組みと仕様を知っている人間でなければできないんだ。明日からは結合テストが始まってしまうから、どうしても今夜中にこの作業を終わらせなくちゃならない。

 調べてみると、やはり手をいれなくちゃならない箇所が見つかった。つまりは、このままじゃバグがある訳だ。

 溜息をついて僕はキーボードを押した。バグを回避する為の新部品を作ることに僕は決めた。同じ部品で条件分岐させると、きっと却って混乱するだろうから。カタカタとプログラムを書いていく。

 と、その時だった。僕は妙な物音を聞いた。小さな何かがいる。机の影だ。なんだろう?と思って覗いてみると、そこには小さな仔猫が一匹いた。

 猫?

 どうして猫がこんな場所にいるんだ?と僕は軽く混乱した。一応、ここのビルのセキュリティは厳重で、パスを持ってなくちゃ入って来る事はできないはずだ。

 その仔猫は、それから「にゃあ、にゃあ」と鳴きながら、僕に擦り寄ってきた。なんだか人懐っこい。猫は嫌いじゃないけど、これじゃ仕事にならない。少し迷ったけど、僕は仕方なしに、仔猫を外に出すことにした。可愛さには、随分と癒してもらいましたが。

 パスでドアを開けると、仔猫は素直に外に出てくれた。僕はそれに安心して、ドアを閉める。しかし、そこで失敗に気が付いた。一度パスでドアを開けると、もう内側からは同じパスでは開ける事ができないのだ。つまり、僕はこの部屋に閉じ込められた事になる。トイレはどうしよう? 冷や汗をかいたけど、少し悩んで思い付いた。確か、来客用の臨時のパスがあったはずだ。それで外に出てから、また自分のパスで中に入れば良い。しかし、本当の恐怖はその後に起こった。

 「にゃあ」

 部屋に戻ると、また仔猫の鳴き声がしたのだ。驚いて足元を見ると、そこには仔猫が確かにいる。僕は戦慄した。部屋に戻った時に、先の猫が一緒に入ってしまったなんて有り得そうにない。猫はいなかった。いや、同じ猫だとは限らないのだけど。でも。

 僕はその事実を考えないようにした。いい加減、仕事に集中しないと徹夜したって終わらない。

 しかしだ。

 キーボードを打ち始めると、また異変が起こったんだ。

 「にゃあ、にゃあ」

 確認はしなかった。しなかったけど、明らかに仔猫の声は増えていたのだ。しかも、時間が経てば経つほど、増えていく。

 もしかしたら、このビルではその昔、大量に猫が殺されたとか…… それでその霊が。

 そんな想像をしてしまう。

 いつの間にか、見ようと思わなくても確認できるほどに仔猫の数は増えていた。視界のあちらこちらにいる。

 僕は心底恐がった。恐がったけど、それでも、いやだからこそ仕事に集中した。仕事に集中する事で、恐怖を忘れようとしたんだ。そしてまた異変が起こった。

 僕がバグを一つ片付けた後だ。猫の一匹がスッと消えるのが視界に入ったのだ。え?と僕は思う。まさかと思った僕は、続けてもう一つバグを片付けた。すると、また視界の中で猫が消える。

 これは、まさか……、

 僕はどんどんと仕事を進めて、バグを潰していった。僕の予想通りに、猫達は消えていく。ところが、洗い出した最後のバグを潰したはずなのに、それでもまだ仔猫が一匹残っているのだった。

 僕はもう一度、ゆっくり考えてみた。そして、自分が仕様変更で手を入れた部分を注意深く見つめてみる。それから、資料と突き合わせて、また考えた。そして、そこで自分の仕様の勘違いとしか思えない部分を発見したのだ。

 案の定、そこを修正すると、最後の一匹の仔猫も消えた。

 なんで、バグが仔猫の姿で僕の前に現れたのかは分からないけど、僕はそれで助かったようだった。これが、結合テストの最中に見つかったら、責任問題だ。


 と、それから少し気になった。

 一番初めに見つけて、それから外へ出ていった仔猫は、一体、何のバグだったのだろうか?と。

 まさか、どこかにまだバグが?

 でも、どう考えてももう僕には自分のやった箇所でバグがありそうな箇所は思い付けなかった。もちろん、完全なプログラムなんて書けるはずがないから、やっぱりあるかもしれないけど、それはテストで出してもらうしかないだろうとそう諦めた。

 しかし、それからのテストでもバグは発見されなかったんだ。ただし、それから更に数日後のある日に、僕が書いたプログラムじゃなくて、外の環境設定に問題がある事が明らかになった。

 あの仔猫は外へ行った。そして、それは、僕のプログラムにも、ちょっとは関連のある部分だった。


 まぁ、だからどうした?ってな話ではある訳だけど。

仕事が過酷だった時にした妄想を、小説にしてみました。

バグは発見する方が、大変なんですよ。しかも、つまらないし。

こんな仔猫がいたらな……

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