婚約破棄されたので辺境で静かに暮らすはずが、冷酷公爵様の溺愛が止まりません
――その日、私の人生は終わるはずだった。
「エリシア・フォン・レイヴェルト!! 貴様との婚約を、ここで破棄する!!」
王城の大広間。
煌びやかな夜会の中心で、王太子ルシアンが高らかに叫んだ。
ざわ、と空気が揺れる。
貴族達の視線が、一斉に私へ突き刺さった。
「……理由を、お聞きしても?」
声が震えないようにするだけで精一杯だった。
けれどルシアンは鼻で笑う。
「お前は嫉妬深く、陰湿で、聖女セレナを害そうとした。さらに侍従と不貞まで働いていたそうじゃないか」
は?
一瞬、理解が追いつかなかった。
「……不貞?」
「証人もいる」
そこでルシアンの腕にしなだれかかっていた女――セレナが、わざとらしく目元を押さえた。
「エリシア様が怖かったんですぅ……。ルシアン様と愛し合っているだけなのにぃ……」
泣き真似。
下手くそ。
けれど男達は騙される。
周囲から私への侮蔑が飛んだ。
「最低だな」
「王太子殿下に相応しくない」
「追放で済めばいい方だ」
……違う。
違うのに。
だって不倫していたのは。
「ルシアン殿下。貴方でしょう」
静まり返る会場。
私は真っ直ぐに彼を見た。
「半年間、毎晩のようにセレナ様の部屋へ通っていた記録があります。使用人達の証言も」
「なっ……!?」
「婚約者がいる立場で他の女性と関係を持ったのは、どちらです?」
ざわつく貴族達。
ルシアンの顔が引き攣る。
セレナは涙を止めた。
「し、失礼ですぅ!!」
「失礼なのは貴女です」
私は吐き捨てた。
「他人の婚約者を寝取っておいて、被害者ぶるなんて」
空気が凍る。
でも、次の瞬間。
「黙れぇぇぇぇッ!!!」
ルシアンが怒鳴った。
「衛兵!! エリシアを拘束しろ!!」
……あぁ。
終わった。
この国は、もう駄目だ。
権力が正義。
真実なんて意味がない。
私はそのまま爵位を剥奪され、辺境送りになった。
吹雪の舞う、北の果てへ。
◇◇◇
「……で? 死にそうな顔で雪山を歩いていたのがお前か」
低い声だった。
顔を上げる。
銀髪。
蒼い瞳。
黒い外套を纏った男が、呆れたように私を見下ろしていた。
「誰……ですか……」
「カイル・グランディア」
その名に、息を呑む。
帝国最強。
“氷血公爵”。
冷酷無慈悲と噂される男。
「死ぬなら別の場所にしろ。俺の領地の前で倒れられると面倒だ」
……噂通り、感じ悪い。
だけど。
彼は自分の外套を私へ掛けた。
「っ……」
「凍傷になる」
その手は、思ったより温かかった。
◇◇◇
「つまりお前は、婚約者に浮気された挙句、罪を擦り付けられて追放されたと」
「簡単に言うと、そうです」
暖炉の前。
私は毛布にくるまりながら頷いた。
カイルは苦虫を噛み潰した顔をする。
「最低だな、王族」
「否定しません」
「で? 泣かないのか」
「……泣く価値もありませんから」
すると。
ぐ、と顎を掴まれた。
「無理して強がるな」
近い。
顔が近い。
「え……」
「悔しいなら悔しいと言え。腹が立つなら怒れ」
真っ直ぐな目だった。
こんな風に、真正面から私を見てくれる人なんて、今までいなかった。
「……っ」
視界が滲む。
あぁ、駄目。
一回泣いたら止まらない。
「わ、たし……っ、何も悪いことしてないのに……!!」
「知ってる」
「ずっと頑張ってきたのに……!!」
「知ってる」
「なのに全部奪われて……っ!!」
気付けば私は、カイルの胸にしがみついて泣いていた。
彼は黙ったまま、背中を撫でる。
大きな手だった。
◇◇◇
数ヶ月後。
私は辺境で薬師として働き始めていた。
不思議なくらい、心は穏やかだった。
……ただ一つ。
「エリシア」
「はい?」
「その男、誰だ」
カイル様の機嫌が悪い。
理由は簡単。
今、私が村人の青年と話していたからだ。
「薬草を届けてくれただけですよ?」
「必要以上に笑っていた」
「えぇ……」
面倒くさい。
でも。
「お前はもっと警戒しろ」
そう言いながら私の肩を抱き寄せる彼は、少しだけ可愛かった。
「俺以外の男に気を許すな」
「……それ、命令ですか?」
「あぁ」
「横暴ですね」
「知ってる」
即答だった。
思わず吹き出す。
すると彼は、私の頬に触れた。
「エリシア」
「……はい」
「お前を愛してる」
真っ直ぐだった。
逃げ場なんてないくらい。
「だから二度と、お前を傷付けた奴らは許さない」
◇◇◇
そして半年後。
王都。
ルシアン王太子は失脚した。
横領、不正、女遊び。
次々と悪事が暴かれたのだ。
セレナもまた、複数の貴族と関係を持っていたことが発覚し、社交界から追放された。
全部。
カイル様が裏で動いていたらしい。
「やりすぎでは?」
「足りないくらいだ」
怖い。
でも。
「お前を泣かせた報いとしては軽い」
そう言って私の手に口付ける彼は、どこまでも甘かった。
「……本当に溺愛ですね」
「今更気付いたのか?」
雪が降っていた。
静かな辺境の空。
私は彼の肩へ寄りかかる。
もう、王都には戻らない。
欲しかったものは全部、ここにあるから。
「カイル様」
「なんだ」
「私も、愛しています」
その瞬間だけ。
氷血公爵は、少し照れたように笑った。




