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婚約破棄されたので辺境で静かに暮らすはずが、冷酷公爵様の溺愛が止まりません

作者: 結城斎太郎
掲載日:2026/05/14



 ――その日、私の人生は終わるはずだった。


「エリシア・フォン・レイヴェルト!! 貴様との婚約を、ここで破棄する!!」


 王城の大広間。


 煌びやかな夜会の中心で、王太子ルシアンが高らかに叫んだ。


 ざわ、と空気が揺れる。


 貴族達の視線が、一斉に私へ突き刺さった。


「……理由を、お聞きしても?」


 声が震えないようにするだけで精一杯だった。


 けれどルシアンは鼻で笑う。


「お前は嫉妬深く、陰湿で、聖女セレナを害そうとした。さらに侍従と不貞まで働いていたそうじゃないか」


 は?


 一瞬、理解が追いつかなかった。


「……不貞?」


「証人もいる」


 そこでルシアンの腕にしなだれかかっていた女――セレナが、わざとらしく目元を押さえた。


「エリシア様が怖かったんですぅ……。ルシアン様と愛し合っているだけなのにぃ……」


 泣き真似。


 下手くそ。


 けれど男達は騙される。


 周囲から私への侮蔑が飛んだ。


「最低だな」

「王太子殿下に相応しくない」

「追放で済めばいい方だ」


 ……違う。


 違うのに。


 だって不倫していたのは。


「ルシアン殿下。貴方でしょう」


 静まり返る会場。


 私は真っ直ぐに彼を見た。


「半年間、毎晩のようにセレナ様の部屋へ通っていた記録があります。使用人達の証言も」


「なっ……!?」


「婚約者がいる立場で他の女性と関係を持ったのは、どちらです?」


 ざわつく貴族達。


 ルシアンの顔が引き攣る。


 セレナは涙を止めた。


「し、失礼ですぅ!!」


「失礼なのは貴女です」


 私は吐き捨てた。


「他人の婚約者を寝取っておいて、被害者ぶるなんて」


 空気が凍る。


 でも、次の瞬間。


「黙れぇぇぇぇッ!!!」


 ルシアンが怒鳴った。


「衛兵!! エリシアを拘束しろ!!」


 ……あぁ。


 終わった。


 この国は、もう駄目だ。


 権力が正義。


 真実なんて意味がない。


 私はそのまま爵位を剥奪され、辺境送りになった。


 吹雪の舞う、北の果てへ。


◇◇◇


「……で? 死にそうな顔で雪山を歩いていたのがお前か」


 低い声だった。


 顔を上げる。


 銀髪。


 蒼い瞳。


 黒い外套を纏った男が、呆れたように私を見下ろしていた。


「誰……ですか……」


「カイル・グランディア」


 その名に、息を呑む。


 帝国最強。


 “氷血公爵”。


 冷酷無慈悲と噂される男。


「死ぬなら別の場所にしろ。俺の領地の前で倒れられると面倒だ」


 ……噂通り、感じ悪い。


 だけど。


 彼は自分の外套を私へ掛けた。


「っ……」


「凍傷になる」


 その手は、思ったより温かかった。


◇◇◇


「つまりお前は、婚約者に浮気された挙句、罪を擦り付けられて追放されたと」


「簡単に言うと、そうです」


 暖炉の前。


 私は毛布にくるまりながら頷いた。


 カイルは苦虫を噛み潰した顔をする。


「最低だな、王族」


「否定しません」


「で? 泣かないのか」


「……泣く価値もありませんから」


 すると。


 ぐ、と顎を掴まれた。


「無理して強がるな」


 近い。


 顔が近い。


「え……」


「悔しいなら悔しいと言え。腹が立つなら怒れ」


 真っ直ぐな目だった。


 こんな風に、真正面から私を見てくれる人なんて、今までいなかった。


「……っ」


 視界が滲む。


 あぁ、駄目。


 一回泣いたら止まらない。


「わ、たし……っ、何も悪いことしてないのに……!!」


「知ってる」


「ずっと頑張ってきたのに……!!」


「知ってる」


「なのに全部奪われて……っ!!」


 気付けば私は、カイルの胸にしがみついて泣いていた。


 彼は黙ったまま、背中を撫でる。


 大きな手だった。


◇◇◇


 数ヶ月後。


 私は辺境で薬師として働き始めていた。


 不思議なくらい、心は穏やかだった。


 ……ただ一つ。


「エリシア」


「はい?」


「その男、誰だ」


 カイル様の機嫌が悪い。


 理由は簡単。


 今、私が村人の青年と話していたからだ。


「薬草を届けてくれただけですよ?」


「必要以上に笑っていた」


「えぇ……」


 面倒くさい。


 でも。


「お前はもっと警戒しろ」


 そう言いながら私の肩を抱き寄せる彼は、少しだけ可愛かった。


「俺以外の男に気を許すな」


「……それ、命令ですか?」


「あぁ」


「横暴ですね」


「知ってる」


 即答だった。


 思わず吹き出す。


 すると彼は、私の頬に触れた。


「エリシア」


「……はい」


「お前を愛してる」


 真っ直ぐだった。


 逃げ場なんてないくらい。


「だから二度と、お前を傷付けた奴らは許さない」


◇◇◇


 そして半年後。


 王都。


 ルシアン王太子は失脚した。


 横領、不正、女遊び。


 次々と悪事が暴かれたのだ。


 セレナもまた、複数の貴族と関係を持っていたことが発覚し、社交界から追放された。


 全部。


 カイル様が裏で動いていたらしい。


「やりすぎでは?」


「足りないくらいだ」


 怖い。


 でも。


「お前を泣かせた報いとしては軽い」


 そう言って私の手に口付ける彼は、どこまでも甘かった。


「……本当に溺愛ですね」


「今更気付いたのか?」


 雪が降っていた。


 静かな辺境の空。


 私は彼の肩へ寄りかかる。


 もう、王都には戻らない。


 欲しかったものは全部、ここにあるから。


「カイル様」


「なんだ」


「私も、愛しています」


 その瞬間だけ。


 氷血公爵は、少し照れたように笑った。

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