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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。

聖女に転生したみたいだけど剣で自称魔王少女を守ります!

掲載日:2026/04/19

眩い光と、焼けるような熱。トラックに轢かれた。それが私の人生のエンディングだった。

 

次に目を覚ました時、私は見たこともない豪華な天蓋付きベッドの上にいた。

佐藤凛、二十歳。大学の帰り道、トラックに突っ込まれた私は、どうやら異世界の「聖女」に転生してしまったらしい。


(……いや、マジか。テンプレすぎて逆に引くんだけど)


とりあえず状況が飲み込めないまま、「聖女様、奇跡を!」と泣きつく村人の一人に手をかざしてみたら、指先からパァァァ……なんて光が出て、男の擦り傷が瞬時に消えた。

 ……あ、これ、マジなやつだ。本物の魔法だ。

喜びのあまり足に縋りついてくる村人を、「あー、はいはい、よかったねー」と乾いた笑顔で適当にあしらいながら、私は心の中で天を仰いだ。

 

それから数ヶ月。私は「神の代行者」として、やりたくもないお仕事をこなす日々を送っていた。

そんな私の前に、一人の男が膝をつく。


「凛、準備はいいかい? 君の身は、この僕が命に代えても守り抜くと誓おう」


聖教会の若き騎士団長、アルベルト。

彫刻みたいに整った顔、爽やかな金髪、キラキラした瞳。歩くたびに背後にバラの花が見えそうなほどの超絶イケメンだ。しかも性格は清廉潔白、正義感の塊。


(……いや、顔がいいのは認めるけど。眩しすぎて目がチカチカするんだよね。ちょっと意味わかんない。その無駄なフェロモン、どっか別の場所で使ってくれない? 暑苦しいんだけど)


「凛、何をそんなに見つめているんだい? 僕の顔に、何かついているかな」


彼が至近距離で極上の微笑みを浮かべてくる。周囲の巫女たちは「きゃあ!」なんて顔を赤らめているが、私は内心、盛大にため息をついていた。


「……いえ、別に。それより、さっさと行きましょう。その『魔王の芽』とかいうのを片付ければいいんでしょ?」

「ああ。君の清らかな光で、哀れな怪物を浄化してやってくれ。それが世界の平和のためであり、君の使命なのだから」


(はいはい、正論、正論。めんどくさ……)


私は彼の差し出してきた手――全女性が泣いて喜ぶであろうエスコート――を華麗にスルーして、カビ臭い古城の最下層へと足を進めた。

けれど、そこにいたのは。

自分よりも大きな鎖に繋がれた、ちんちくりんで、ボロボロの女の子だった。


「……来ないで! 近寄ったら、あんたのことも、世界も、全部滅ぼしてやるんだから!」


必死に叫ぶ彼女の周囲には、どす黒い「魔王の波動」が渦巻いている。普通の人間なら恐怖で狂い出す光景らしいけど、私には違って見えた。


(……え。待って。ちょっと待って)


私の魂がこの世界の住人じゃないからか、あるいは聖女の特異体質のせいか。

みんなが「おぞましい闇」と呼ぶそのオーラが、私には、寂しくてギャン泣きしてる子供の鳴き声みたいにしか聞こえない。

それよりも何よりも。


(……何この子。……え、待って、めちゃくちゃ可愛くない!?)


震える小さな肩、上目遣いの潤んだ瞳、怒ってるつもりなんだろうけどハムスターが威嚇してるようにしか見えない仕草。

アルベルトの「完成された美」には一ミリも動かなかった私の心が、この瞬間、音を立てて陥落した。


(……無理。守護欲がビッグバン起こしてる。この子を殺せとか、教会は正気なの?)


私は、手にしていた儀礼用の高い杖を、そのへんにポイッと投げ捨てた。

カラン、とやる気のない音が冷たい石畳に響く。


「……ねえ。そんなに無理して、怖がらせようとしなくていいよ。疲れるでしょ、それ」


恐怖を中和しながら、私は一歩ずつ近づく。肌がチリチリして地味に痛いけど、そんなのどうでもいい。


「な、なんなのあんた……! なんで、怖くないのよ……っ」


目の前まで来て、私はその小さな肩をぎゅっと抱きしめた。

ルナの体が、びくんと跳ねる。


「私は佐藤凛。……あーあ、言っちゃった。本当はね、聖女なんて呼ばれるの、マジで無理なんだよね。肩凝るし。でも――」


耳元でぶっちゃけて、私は彼女の顔を間近で見つめる。

……近距離で見ると、さらに破壊的な可愛さだ。


「あんたみたいな可愛い子を泣かせる神様なら、私は今この瞬間から、信じるのをやめるわ」


ルナの目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。

この瞬間、私の中で「聖女」のお仕事は完全に終了した。


「行こう。私が、あんたの騎士になってあげる」


私は脱走用に隠し持っていた剣を抜き放ち、彼女を繋いでいた鎖をぶっ叩き切った。


「聖女様、何を……っ! その化け物から離れてください!」


背後からアルベルトの、驚愕に満ちた(でも無駄にいい)声が響く。


(……いや、だから。助けてくれなんて一言も言ってないんだけど。ちょっと意味わかんない)


「アルベルト、悪いけど退いて。私、この子と一緒にいくから」

「何を……毒にあてられたのですか!? 凛、君は世界を照らす光だ、そんな闇に触れてはいけない!」


相変わらずの正論。でも、私の腕の中で震えながら私の服を掴んでいるこの子の体温の方が、今の私にはよっぽどリアルだ。


「……しっかり掴まってて。絶対、離さないから」


私は、腰から抜いた脱走用の剣を正眼に構えた。

こう見えて、日本にいた頃は剣道三段。インターハイ常連校の副主将だったんだよ。竹刀が鉄の剣に変わったくらい、どうってことない。


「……やるしかないか。正直、まともに戦うのダルいんだけど」


私は自分の中の聖女の魔力を練り上げ、それを「外」ではなく「内」に流し込んだ。

治癒魔法の過剰投入。細胞が、筋肉が、ミシミシと悲鳴を上げて膨張し、神経が加速する。


(……もたせるんだよ、聖女チートパワーでな……っ!)


床を蹴った。石畳が爆ぜ、私は残像を残してアルベルトの脇をすり抜ける。

驚愕に目を見開いたまま沈んでいくイケメンを尻目に、私はそのまま古城の廊下を爆走した。立ちふさがる騎士たちは、元剣道部の足さばきと、筋肉ブーストされた怪力でまとめてなぎ倒す。

城門を破壊し、夜の森へと駆け込んで数時間。

ようやく追手を振り切り、私たちは小さな洞窟で一息ついた。

焚き火の淡い光の中で、私はずっと抱きかかえていた彼女をそっと地面に下ろす。


「……ねえ、あの」


彼女が、消え入りそうな声で口を開いた。


「……どうして。どうして、あなたは私を助けたのですか? 私は魔王で……世界を壊す、悪い子のはずなのに」


その震える響きに、なんだか胸の奥がキュッとした。

私は剣を傍らに置き、彼女の目線に合わせてしゃがみ込む。


「さっきも言ったけど、私がそうしたいと思ったからだよ。……あと、まだちゃんと言ってなかったよね」


私は彼女の手を、今度は無理やりじゃなく、優しく包み込むように握った。


「私の名前は、佐藤凛。……りんって呼んで。聖女なんて肩書き、今の私にはもう必要ないから」

 彼女は驚いたように目を見開き、それから少しだけ、照れたように視線を落とした。

「……ルナ、といいます。ずっと、魔王としか呼ばれてこなかったけれど……」

「ルナ。……うん、いい名前。ルナ、よろしくね」


私が笑いかけると、ルナは一瞬、泣きそうな顔をして、それから私の顔をじっと見つめ返した。


「……り、りん……」


(………………っ!?)


不意打ちだった。

たどたどしく、熱を帯びた声で呼ばれた自分の名前。

その一文字ずつを確認するような響きがあまりに愛おしくて、心臓の鼓動がうるさいくらいに跳ね上がる。


(……待って。何この破壊力。今の『りん』って響きだけで、白飯三杯……じゃなくて、あと百回は騎士団なぎ倒せる気がする。何この子、かわいすぎ。誘拐したい。あ、もうしてたわ)


「……あの、りん? 顔が、赤いですよ……?」

「あー、大丈夫。ちょっと、さっきの筋肉ブーストの熱が残ってるだけ。全然平気」


必死に理性を繋ぎ止めながら、私はルナの頭をそっとなでた。

世界が決めた「聖女」と「魔王」という名前を捨てて、私たちはようやく、ただの女の子同士になれた気がした。


「りん……。……ふふ、なんだか、不思議な感じです」


はにかむルナ。その笑顔を守るためなら、私はなんだってできる。

外の闇ではアルベルトたちが血眼になって私たちを探しているはずだ。

でも、この小さな温もりを離すつもりなんて、一ミリもなかった。



それからの逃避行は、一言で言えば「地獄」……ではなく、私にとっては「最高のご褒美」だった。

もちろん、教会の追手はしつこい。数時間おきに筋肉バフブースト全開で森を駆け抜けなきゃいけないのはダルいけど、その合間に見せるルナの反応が、私の精神的疲労をすべて浄化してくれるのだ。


「ねえ、ルナ。これ、食べてみて。私の故郷でよく食べてた、サクサクしてて美味しいスナック菓子に似た感じの木の実を見つけたから」

「……スナック、がし? りん、それは聖具の一種なのですか?」

「いや、ただの最高の間食。ほら、あーん」

「あ……ん……。……っ、ふぁ、不思議な食感です……。でも、とっても香ばしくて美味しいです!」


(…………っ!! 「あーん」して食べた! 小動物みたいに一生懸命モグモグしてる! 何これ、ここ天国? 私、トラックに轢かれて大正解だったわ)


焚き火を囲む夜、私は自分のマントをルナの肩にかけてやる。ルナは相変わらず自分の魔力から漏れる「恐怖の波動」を気にしているみたいだけど、私にはそんなの関係ない。


「りん、寒くないですか? ……それに、あまり近くにいると、私の魔力で気分が悪くなってしまうかも……」


「平気平気。さっきも言ったでしょ、私には効かないから。それより、ほら、もっとこっちおいで。夜の森は冷えるよ」


私が腕を広げると、ルナはおずおずと、けれど吸い寄せられるように私の胸に飛び込んできた。

ぎゅっと抱きしめると、彼女の小さな心臓の音が伝わってくる。


「……りん、あたたかいです。こんなふうに誰かに触れてもらえるなんて、思ってもみませんでした」

「……ルナ」

「みんな、私のことを『魔王』としてしか見ませんでした。怖がるか、利用しようとするか、あるいは殺そうとするか……。でも、あなたは……りんは、最初から私をルナとして見てくれました」


胸元で呟くルナの声が少し震えている。私はその頭をゆっくりとなでた。


「そりゃそうでしょ。こんなに可愛くて、一生懸命生きてる女の子を、魔王なんて呼ぶ方が頭おかしいんだよ。私はね、ルナがルナでいてくれるだけで、もう百点満点なんだから」


ルナは顔を真っ赤にして、私の服をぎゅっと握りしめた。

その時、ふと彼女が私の手に自分の手を重ねてきた。


「……りん、一つだけ、わがままを言ってもいいですか?」

「ん? 何でも言って。美味しいもの? それともふかふかの枕?」

「……い、いえ。そうではなくて。……明日も、明後日も、こうして私を『りん』の名前で呼ばせてください。いつか私が本当に『魔王』になってしまっても……あなただけは、私をルナと呼んでくれますか?」


その潤んだ瞳に見つめられて、私の理性がまた数ミクロンほど削れた。


(……ズルい。その顔でそんなこと言うのズルすぎる。もう一生離さない。何があっても添い遂げるわ、これ)


「当たり前。もしルナが魔王になって世界を滅ぼし始めたら、私がその隣でルナ専用の護衛でもなんでもやってあげる。……でも、そんなことにはさせないよ。私が全部、ぶっ飛ばしてあげるから」

「……はいっ、りん!」


名前を呼ばれるたびに、胸の奥が熱くなる。

聖女の仕事なんて義務感でしかなかったけど、今の私は、自分の意志でこの子のために戦いたいと思っている。

……けれど、そんな幸せな時間は、長くは続かなかった。

森の空気が一変し、キラキラとした「これ見よがしな」光の粒が舞い始める。


(チッ……空気読めないイケメンが、一番最悪なタイミングで来やがった……)


私はルナを背中に隠し、腰の剣に手をかけた。



「凛! ようやく見つけた。さあ、その手を離すんだ。君の優しさが、その怪物を怪物たらしめていることに気づいてくれ!」


森の開けた場所に、光り輝く騎士たちがズラリと並んでいた。中央には相変わらずのキラキラオーラを放つアルベルト。


(……うわ、出た。この状況でその完璧な構図。ぶっちゃけ、その『悲劇のヒーロー』みたいな顔に酔ってるだけでしょ。鏡見てから来いっての)


「アルベルト、しつこいよ。この子はルナ。怪物なんかじゃない」

「君は毒されているんだ! 凛、君を守るためだ。僕がその呪いを終わらせてあげる。一人のために世界を犠牲にするなんて、聖女である君が選んでいい道じゃない!」


(……はいはい、出ました『世界の平和』。あんたの言うことは一から十まで全部正しいよ。ぐうの音も出ないくらいにね。でもさ――)


「アルベルト……あんたのその正論、マジでうざいんだよね。世界を救うためなら、こんなに小さくて、ただ震えてるだけの女の子を殺してもいいって……本気で思ってるわけ? それが『正しい』っていうなら、そんな正しさ、こっちから願い下げだよ」


アルベルトが剣を掲げると、騎士たちが一斉に呪文を唱え始めた。空が白く光り、巨大な魔法陣が展開される。


(……チッ、話し合いで解決する気ゼロかよ。結局、自分の正義に従わないやつは排除するってことね。清々しいくらい独善的だわ)


「りん……逃げて……。わたしのせいで、あなたが……!」


背後でルナが震えながら叫ぶ。


「逃げるわけないでしょ! ……ルナ、耳を塞いでて!」


私は全力で自分の中に聖女の魔力を叩き込んだ。

筋肉を再生させ続け、神経を焼き切り、強制的に肉体を限界突破させる。口の中から鉄の味がした。


(あー、もう! マジで痛いし最悪! 後で絶対、ルナに美味しいもの作ってもらうんだから!)


「っ、らあああああ!」


私は弾丸のように飛び出した。

一撃、二撃。剣を振るうたびに私の腕の骨が軋み、肉が裂ける。それを治癒魔法で無理やり繋ぎ合わせながら、私は狂ったように剣を振るった。


「凛、なぜだ! なぜそこまでして……!」


アルベルトの剣が、私の肩を深く貫く。


「……っ、が……あ……! ……世界を救うのが、聖女の仕事……? 知るか、そんなこと。私が……この子を愛してる。それ以上に、戦う理由なんているわけ?」


どさっ、と重い音を立てて、私の体が地面に崩れ落ちた。

もはや自分の意志で指一本動かすことすらできない。視界は真っ赤に染まり、意識が急速に削り取られていく。

それを見たルナの叫びが、夜の森を切り裂いた。


「――いやあああああああああ!!」


瞬間、ルナから溢れ出した闇が、物理的な衝撃となって周囲を吹き飛ばす。

アルベルトは戦慄し、突き出した剣を震わせた。


(……なんてことだ。僕が彼女の『光』を奪い、絶望の底に突き落としたのか。僕の『正義』が、彼女を本物の魔王へと変えてしまったというのか……!)


彼の顔から余裕が消え、あまりに皮肉な結果にその場に立ち尽くす。自らの正しさが、守りたかったはずの凛を傷つけ、滅ぼすべき悪を完成させてしまったという事実が、彼の誇りを鋭く切り裂いていた。


「……みんな……ころしてやる……。りんを傷つける、世界なんて……っ!」


ルナが手を振り上げ、敵を消し去ろうとしたその時。

私はボロボロの体を引きずって、彼女の足元に縋り付いた。


「……ルナ……だめ……っ」

「りん……? まってて、いま、たすけるから……。このひとたち、ぜんぶ、わたしが……!」


ルナの背後に立ち上がる巨大な闇の影。彼女の瞳からは涙が消え、代わりにどす黒い殺意が滲み出していた。

私は震える指先で、彼女の細い足首を必死に掴んだ。


「……だめ……。だめだよ、ルナ……」

「……どうして? だって、このひとたちは、りんを……わたしのたったひとりの、りんを……っ! こんなに、ボロボロにしたのに!」


ルナが悲鳴のような声を上げる。そのたびに周囲の木々が枯れ、地面が腐食していく。彼女の絶望は、もう止まる所を知らない。


「いいの……。私は、平気だから……」

「へいきなわけない! ちが流れてる、あんなに……。……わたしのせいだ。わたしが魔王だから。わたしがいなければ、りんは聖女として、あたたかいお城にいられたのに!」


ルナが自分の胸元を掻きむしる。自分を否定する言葉が、彼女の口から呪いのように溢れ出す。

私は、喉に絡みつく血を無理やり飲み込んで、掠れた声を出した。


「……違う。……お城になんて、いたくなかった。……冷たい椅子に座って、知らない人たちに拝まれる毎日なんて……死んでるのと、同じだったよ」


私は、最後の手のひらを、彼女の頬にそっと寄せた。私の指に、ルナの温かい涙が触れる。


「……私を、佐藤凛わたしにしてくれたのは……ルナ、あんたなんだよ。……世界を滅ぼす魔王でも、神様に選ばれた聖女でもなくて……ただの女の子として、私を見てくれたのは、あんただけだった……」

「……りん……っ」

「だから……お願い。人殺しの魔王になんて、ならないで……。そんな寂しい場所に、行かないで。……私の前では、ただの……ちょっと泣き虫で、最高に可愛いルナでいてよ……」


ルナの瞳に宿っていた赤い光が、大きく揺らぐ。

溢れ出していた闇が、私の光に包まれて、雪解けのようにゆっくりと溶けていく。


「……でも、りんがいなくなったら……わたし……どうすればいいの……」

「いかないよ。……意地でも、あんたの隣に居座ってやるから。……私の聖女パワー、なめないでよね……」


私は、彼女の頬を優しく撫でたまま、精一杯の笑みを浮かべた。

ルナが泣きじゃくりながら私に抱きついてくる。その小さな肩の震えと、トク、トクと刻まれる心臓の鼓動。


「……りん……だいすき。……いかないで。ずっと、ずっといっしょにいて……!」


その言葉を最期に、私の視界は深い闇へと沈んでいった。



   ~♢~♢~♢~



鳥のさえずりと、窓から差し込む柔らかな光。

目を覚ました私の視界に飛び込んできたのは、見慣れた大聖堂の天井……ではなく、質素な木のはりだった。


「……あ、おきた! りん、おきましたか!?」


顔を覗き込んできたのは、世界で一番大好きな女の子。

ルナが、半べそをかきながら私の胸元に飛び込んできた。


「ちょ、ルナ……重いってば。まだ体がバキバキなんだから……」

「だめです、もうはなしません! 三日もねむりつづけて……わたし、ほんとうに……、りんがしんじゃったかと思って……っ」


泣きじゃくるルナの頭を、私はおぼつかない手つきで撫でる。

全身に激痛が走るけれど、聖女の治癒魔法がゆっくりと、でも着実に私を修復しているのがわかった。……どうやら、生き延びたらしい。

あの場にいたアルベルトたちは、ルナが魔力を手放し、私を抱いて泣き崩れる姿を見て、静かに剣を引いたそうだ。

完璧すぎる彼の正義は、あの日、ボロボロになりながら笑った一人の女子大生(私)の執念に敗北したのだ。


「聖女は魔王と共に果てた」


彼はそう教会に報告し、私たちの生存を秘匿してくれたらしい。……ふん、最後までイケメンなことしちゃって。


「……ねえ、りん。からだ、まだいたいですか?」

「んー、まあね。でもルナがこうして隣にいてくれたら、どんな魔法より効くよ」

「も、もう! すぐそういうことをいいます……!」


顔を真っ赤にして照れるルナ。

今の彼女からは、あの禍々しいオーラはもう感じられない。

私の光で中和されたのか、あるいは「守られている」という安心感が、彼女のトゲを溶かしたのか。今のルナは、どこにでもいるただの、最高に可愛い女の子だ。


「さあ、りん。おかゆ、つくりました。あーん、してください」

「え、ルナが作ったの? 大丈夫? 毒とか入ってない?」

「ま、まおうの力はつかっていません! 一生懸命、まきをわって、おみずをくんで……!」


慣れない手つきでスプーンを差し出してくるルナ。

一口食べると、ちょっと薄味だけど、驚くほど温かかった。


(……あー。マジで転生してよかった。聖女とかどうでもいいけど、この子の隣にいられるなら、トラックに感謝だわ)


「おいしいよ、ルナ」

「……よかったです。……りん、だいすき」


窓の外には、どこまでも続く青い空。

私たちは、国境近くの小さな家で、名前を呼び合って暮らしていく。


世界を救う聖女様はいなくなった。

世界を滅ぼす魔王様も、もうどこにもいない。


ここにいるのは、ただの「凛」と「ルナ」。

それだけで、もう十分すぎるほど、私たちの世界は救われていた。


「ねえ、ルナ。元気になったら、今度は二人でどこに行こうか?」

「りんがいくところなら、わたし、どこまでもついていきます!」


繋いだ手から伝わる体温を確かめるように、私は彼女をもう一度、強く抱きしめた。


(完)

のちに騎士団長アルベルトは女性同士の親愛を国に広めた人物として歴史に名を残したのはまた別のお話。

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