真夏の穴掘り物語 —— パパの墓穴か、それとも墓穴
業者によって立派な屋根が付き、真夏の陽射しを遮る完璧な「パパの聖域」が完成しました。しかし、パパ(38歳)の野望は、屋根だけでは止まりませんでした。
今度は地面。しかも「掘る」という、肉体労働の極致へ。
史上、最も泥臭く、最も「無計画(に見える)計画」が動き出す。
【第一章:灼熱のシャベルと「パパ埋葬計画」】
梅雨明けを予感させる、湿った熱風が吹き抜ける午後。
新しく付いたウッドデッキの屋根の下で涼めばいいものを、パパは炎天下の庭で、一人シャベルを土に突き立てていました。
「よいしょ……よいしょ……」
そこには、長女の陽葵、次女の澪、三女の結菜、そして長男の颯太までもが、それぞれの「砂遊び用スコップ」を手に参戦していました。
「パパ、これくらい?」
「まだまだだ、陽葵。もっと深く、もっとダイナミックに掘るんだ」
2時間後、庭には巨大な長方形の穴が出現しました。
横180cm、奥行き60cm、深さ60cm。
その異様な光景を、ウッドデッキの屋根の下から冷ややかな目で見つめる人物がいました。ボスこと、ママ(33歳)です。
「……ねえパパ」
「なんだい、ママ」
「そこ、パパを埋める穴?」
ママのあまりにもストレートな問いに、パパは一瞬シャベルを止めました。
「ママ、縁起でもないこと言わないでくれ。俺はまだ死なないよ。ダイエットで健康体なんだから」
しかし、横で泥だらけになっていた子供たちが、無邪気に追い打ちをかけます。
「そうだよー! パパを埋めるんだよー!」
「パパ、おやすみなさいー!」
「ねんねー!」
「違うから! パパ、ここに寝転べるけど、永眠するつもりはないから!」
パパは、10キロ痩せた体で必死に「生存」をアピールしました。
【第二章:謎の巨大段ボールと「ボロ絨毯」の儀式】
「ママ、悪いんだけど、この前Amazonで届いた段ボール、こっちに運んでくれない?」
ママは、パパのパソコンの横にずっと鎮座していた「不気味に重い箱」を思い出しました。
「あの、腰が抜けそうなくらい重いやつ? なによ、これ。またトカゲの何か?」
「まあ、いいから。窓のところまで運んで」
しぶしぶ重い箱を運ぶママ。子供たちは「中身は何!? おもちゃ!?」「美味しいもの!?」と期待に目を輝かせています。
しかし、パパは箱を受け取っても、一向に開けようとしません。
「……で、次はなに?」
「ママ、この前捨てようとしてた、ボロボロの絨毯あるだろ? あれをちょうだい」
ママも子供たちも、パパの思考回路についていけません。
「あんな汚いもの、何に使うのよ」
「穴に敷くんだよ。パパの寝心地を良くするために……じゃなくて!」
パパは受け取ったボロ絨毯を、あろうことか掘ったばかりの泥穴に放り込み、穴の形に沿って這わせるように敷き詰めました。そして、パパが狂気じみた号令を下します。
「よし! 子供たち、穴に入れ! 絨毯の上で、思いっきりジャンプだ!!」
「えー! やったぁぁ!」
三女の結菜と長男の颯太が、待ってましたと言わんばかりに穴に飛び込みます。
ドスドス、ボヨンボヨン。泥と絨毯が一体化し、子供たちのジャンプによって土が踏み固められていきます。
最初のうちは「面白そう!」と参加していた小学生コンビの陽葵と澪でしたが、5分もすると「これ、ただの労働だよね」と察し、早々に退散。新しくできたウッドデッキの上で、優雅におままごとピクニックを始めました。
一方、穴の中では、結菜と颯太、そして38歳のパパが、泥まみれになりながら「ジャンプ! ジャンプ!」と狂ったように跳ね続けていました。
「パパ! 楽しいね!」「しっこー!(行けー!)」
ママはその光景をスマホで撮りながら呟きました。
「……カルト教団の修行か何かにしか見えないわよ、これ」
【第三章:黒光りする物体と「農家の石」】
土がカチカチに踏み固められた頃、パパはついにあの段ボールに手を伸ばしました。
「ついに、開封の儀だ」
中から出てきたのは、折りたたまれた、分厚くて不気味に黒光りしているシート。
「なによ、それ。巨大なゴミ袋?」と長女。
「違うよ、陽葵。これは『魔法のシート』。だ」
パパは先ほどの絨毯(土との緩衝材)の上に、この黒いシートを丁寧に広げました。極力シワにならないよう、端を大きな石で仮止めします。
「よし、次はセメントだ」
パパはあらかじめ用意していたセメントを練り、穴の縁に流し込み始めました。そして、そこに取り出したのは、以前農家さんの山から「持っていけ」と譲り受けた大量の石。
「いくぞ! 石を積むんだ!」
セメントが乾く前に、パパは石をどんどん縁取っていきます。泥だらけ、セメントだらけ。パパの10キロ痩せたシャープな体は、今やただの「土方の男」と化していました。
しかし、その表情は充実感に満ち溢れていました。
数日後。セメントがガッチリと固まりました。
パパがその縁の石に乗っても、ピクリとも動きません。
「見てくれ! この堅牢な造り。熱海で砂にまみれたパパとは違うぞ!」
パパは穴の中を綺麗に掃除し、ついに蛇口をひねりました。
【第四章:劇的! ビフォーアフター 池の誕生】
「……なんてことでしょう」
ママが皮肉混じりの劇的ビフォーアフター風にナレーションを入れます。
泥だらけの穴は、澄んだ水を湛えた立派な「池」へと変貌しました。
さらにパパは、自作のろ過タンクを取り付け、電源をオン。
「ブォーン……チョロチョロチョロ……」
水が循環し、涼しげな音が庭に響き渡ります。
「パパ、すごい! 本当に池になっちゃった!」
子供たちが池を囲んで大喜びです。
一週間後。水質が安定した頃、パパは一袋の小さな命を連れて帰ってきました。
中には、わずか5cmほどの、ピチピチと跳ねる小さな鯉たちが数匹。
「知人の鯉マニアの方から頂いたんだ。これが将来、巨大な錦鯉になるんだぞ」
パパは満足げに、ドヤ顔で池を眺めました。
【第五章:ママの冷静な一撃】
「……パパ」
ママが池を覗き込み、5cmの鯉と、180cmの巨大な池を交互に見ました。
「な、なんだい、ママ。感動しただろう?」
「……これ、5cmくらいなら、わざわざ穴掘る前に『水槽』で飼えば良かったんじゃないの?」
その場の空気が凍りつきました。
パパの脳内に、ホームセンターで安く売られている45cm水槽が浮かびました。
確かに。今のサイズなら、キッチンカウンターの上でも十分に飼えたでしょう。
しかし、パパは10キロ痩せた体のキレを活かし、間髪入れずに言い返しました。
「ママ、それは素人の考えだ。大きくしてから池に移すのは、鯉にとっても重労働なんだ! 幼少期からこの大自然(60cmの深さ)で育てることで、精神力の強い鯉になるんだよ! ドヤッ!」
「……あっそ。腰、痛めても知らないからね」
ママは呆れてリビングに戻っていきました。
パパは、池の縁に腰掛け、5cmの鯉たちが悠々と(広すぎて少し不安そうに)泳ぐ姿を眺めました。
「いいか、鯉たち。ここがお前たちの帝国だ。パパが作った、屋根付きウッドデッキ隣接の、最高級リゾートだぞ」
パパの達成感は最高峰に
夏。
新しく加わった鯉たちと、謎の達成感に浸るパパ。
魚の入る前2歳の颯太が池の中で泳いでいたと報告を受けたのは魚を入れた後でした。
そして、それを見守り(呆れ)つつも、結局は楽しんでしまうママと子供たち。
庭にできた小さな池は、これからどんな騒動を映し出すのでしょうか。
家のドタバタな毎日は、循環する水のように、止まることなく続いていくのです。




