螺旋(らせん)の天使と、丸刈りの父 — 三女・結菜の天パ大戦争 —
三女・結菜ちゃんの「くるくる天然パーマ」を巡る、パパの悶絶と親子の攻防戦
【第一章:遺伝という名の呪いと祝福】
日曜日の朝。この家の洗面台は、一日のうちで最も過酷な場所となります。
鏡の前で、パパ(38歳)は自らの頭にバリカンを当てていました。ジョリジョリという乾いた音が、静かな朝に響きます。
「……よし、今日も完璧だ。1ミリの隙もない」
パパが頭を剃り続ける理由。それは、かつて自分を苦しめた「剛毛・超絶天然パーマ」を封印するためでした。湿気を含めば爆発し、乾けばたわしのように硬くなる。そんな自分の髪質を愛せなかったパパは、大人になって「剃る」という究極の解決策に辿り着いたのです。
しかし。
そんなパパの「負の遺産」とも言える遺伝子が、最も残酷で、かつ最高に可愛らしい形で受け継がれてしまいました。
それが、三女の結菜(4歳)です。
「パパー……。ゆいなのお髪、今日も『ぴょんぴょん』なの……」
パジャマ姿の結菜が、涙目で洗面所にやってきました。
その頭は、もはや「寝癖」という概念を超えていました。右は右へ、左は左へ。そして中央部は空に向かって螺旋を描き、まるで意志を持った植物のように自由奔放にうねっています。
パパはその頭を見た瞬間、バリカンの手を止め、胸の鼓動が激しくなるのを感じました。
(か……可愛い。なんて尊いカールなんだ。これは神が描いた曲線だ!)
「結菜、おはよう。今日もいい具合に巻いてるねぇ。パパはね、この髪型、世界で一番好きだよ」
「やだ! パパとおんなじ『つるつる』がいい! ぴょんぴょん、嫌いなの!」
パパの親バカ全開の褒め言葉も、4歳女子の「お姉ちゃんになりたい心」には1ミリも届きません。結菜の天パ大戦争、本日も開戦です。
【第二章:パイナップルの誕生 —— 鏡の前の絶望 ——】
朝食後、ママ(33歳)の「地獄のヘアセットタイム」が始まります。
長女・陽葵(9歳)と次女・澪(7歳)は、パパの遺伝子が薄まったのか、ほどよいウェーブの「ゆるふわ天パ」。ブラッシング一つで、今どきのオシャレ女子のような仕上がりになります。
「いいなぁ、陽葵ちゃん。今日もツルツル(ストレート)だね」
「ツルツルじゃないよ、澪。お姉ちゃんもちょっと巻いてるよ」
二人が涼しい顔で鏡を見ている横で、ママが結菜の髪に霧吹きを吹きかけます。シュッシュッと水を与えられた結菜の髪は、一時的に落ち着くかと思いきや、乾き始めた瞬間に「反動」でさらに激しく巻き戻ります。
「結菜、今日はどうする? 二つ結びにする?」
「おねえちゃんとおんなじ、シュッてした三つ編みがいい!」
ママは覚悟を決めました。
しかし、結菜の髪は一本一本が「私は自由よ!」と主張しています。三つ編みを編もうとしても、編み目の途中から短い髪が「ぴょぴょぴょぴょん!」とスプリングのように飛び出してきます。
「……無理。結菜、三つ編みは無理よ。髪が暴走してるわ」
ママの最終手段。それは、頭のてっぺんで一つにまとめ、ゴムでガッチリ固定すること。
完成したのは、結菜の天パが上に向かって噴水のように広がる、見事な「パイナップル・ヘア」でした。
「できたわよ。可愛いパイナップルさん!」
結菜が鏡を見ます。
そこには、四方八方に髪を散らかし、情熱的にうねり狂う自分の頭がありました。
結菜の口がヘの字に曲がります。
「これ……パイナップルじゃない。……モンスターだもん!!」
「そんなことないよ結菜! ほら、パパを見てごらん!」
パパが横から割り込みます。
「パパのこの『つるつる』より、結菜のその『ぴょんぴょん』の方が、100倍オシャレだよ! パパなんて、その髪になりたくて、なれなくて、諦めて剃ったんだから!」
「パパは嘘つき! ぴょんぴょん、お顔に刺さって痛いんだもん!」
結菜は怒ってリビングを走り回りました。走るたびに、頭の上のパイナップルが「ボヨン、ボヨン」と弾みます。その躍動感に、パパはカメラを構えずにはいられませんでした。
【第三章:幼稚園の洗礼 —— くるくるは正義か? ——】
幼稚園への登園時間。例の「歩いて行きたい病」を発動中の結菜を連れて、ママは出発します。
道中、近所のおばあちゃんに会うと、必ずこう言われます。
「あらぁ! 結菜ちゃん、今日もとびきり可愛いわねぇ! その天然パーマ、お金を払ってもなれないわよ。フランスのお人形さんみたい!」
ママは「ありがとうございます〜」と笑顔で返しますが、結菜は「お人形さんじゃないもん。パイナップルだもん」と不機嫌そうに呟きます。
幼稚園に着くと、ストレートヘアの友達たちが結菜の周りに集まってきました。
「結菜ちゃんのお髪、触っていい? ふわふわしてる!」
「バネみたい! びよーん!」
子供たちにとっては「魔法の髪」でも、本人にとっては「整わない、結べない、お姉ちゃんになれない」悩みの種。
帰宅後、結菜は玄関で帽子を脱ぎ捨て、再び爆発した頭でママに訴えました。
「ママ。明日、美容院いこう? 結菜、お姉ちゃんみたいに、お背中まで『シュッ』ってしたいの」
ママは困り果てました。
「結菜、美容院に行っても、あなたの髪を『シュッ』とするには、とっても強いお薬と、長い時間が必要なのよ。4歳の結菜にはまだ早いわ」
その夜、パパは寝ている結菜の頭をそっと撫でました。
指に絡みつく、強烈なカール。
「いいじゃないか、結菜。パパは、この髪型で笑ってる結菜が、世界で一番好きなんだよ。いつか、自分で自分の髪を『宝物』だと思える日が来るまで、パパが全力で褒めちぎってやるからな」
【第四章:パパの「身代わり」大作戦】
結菜の天パ嫌いを少しでも和らげるため、パパはある作戦を思いつきました。
「そうだ。パパが天パを嫌って剃っているから、結菜も嫌いになるんだ。パパが自分の髪を愛する姿を見せればいいんだ!」
……といっても、パパの頭はすでにツルツル。生えるのを待つには時間がかかります。
そこでパパは、休日の朝、子供たちの前で**「くるくるカツラ」**を被って登場しました。
「見てくれ、結菜! パパも結菜とお揃いになったぞ! くるくるパパだ!」
アフロヘアのような巨大なカツラを被り、踊り狂う38歳の父。
長女・陽葵は冷めた目で「……パパ、何やってんの?」と一言。
次女・澪は「あはは! パパ、でっかいトイプードルみたい!」と大爆笑。
結菜はといえば……。
「……パパ、それ、変だよ。ゆいなの『ぴょんぴょん』は、そんなに大きくないもん。パパのは、ただのゴミ捨て場のモジャモジャだよ」
作戦は、無残にも失敗に終わりました。
4歳児の審美眼は、パパの空回りした努力を見事に切り捨てたのでした。
【第五章:雨の日の「大爆発」】
そして、一番の難敵がやってきました。「湿気」です。
ある雨の日。幼稚園から帰ってきた結菜の頭は、もはや「パイナップル」を超えて「雷様」のようになっていました。
水分を吸収した髪が、全方向に膨張し、ボリュームが2倍にアップ。
「重い……お髪が重いよぉ……」
結菜はついに泣き出してしまいました。
「雨、きらい! ぴょんぴょん、もっとぴょんぴょんになっちゃった! 結菜、もう幼稚園行かない!」
ママが懸命にドライヤーで乾かしますが、乾けば乾くほど、髪はさらに複雑な迷宮を形成していきます。
そこへ、長男の颯太(2歳)が、結菜の髪に自分のおもちゃの「小さな飛行機」を突っ込みました。
「ぶーん! ちゃくりくー!」
「わーん! 颯太くんが結菜の頭を飛行場にしたー!!」
結菜の髪は密度が高いため、一度入ったおもちゃは容易には出てきません。パパが必死に飛行機を救出し、結菜を抱きしめます。
「いいか、結菜。飛行機が着陸したくなるくらい、結菜の髪は『柔らかくて暖かい場所』なんだ。それは、とっても素敵なことなんだぞ」
「……パパ、うるさい」
パパの渾身のフォローも、雨の日の不快感には勝てませんでした。
【第六章:お姉ちゃんたちの優しさ】
そんな結菜を見て、長女の陽葵と次女の澪が動き出しました。
「ねえ、結菜。お姉ちゃんたちが、結菜の髪を可愛くデコレーションしてあげるよ」
二人は自分たちの宝物である、キラキラしたヘアピンやカラフルなゴムを山ほど持ってきました。
「天パだからこそ、ピンがいっぱい止まるんだよ。お姉ちゃんたちの髪はサラサラすぎて、すぐ落ちちゃうんだから」
陽葵が結菜の暴れる髪を一つずつ丁寧にピンで留めていきます。
「ここは、お星様のピン。ここは、お花のピン」
澪も手伝い、結菜の頭はみるみるうちに「キラキラの宝箱」のようになっていきました。
「できたよ、結菜! 見て!」
鏡を覗き込んだ結菜。
そこには、四方八方に散らかる髪を逆手に取った、世界に一つだけの「ジュエル・パイナップル」が完成していました。
「……あ。可愛いかも」
結菜の顔に、ようやく笑顔が戻りました。
「ねえパパ! 結菜、お星様がいっぱいだよ!」
「本当だ! 宇宙一可愛いよ、結菜!」
パパは涙をこらえながら、その姿をスマホのカメラに収めました。
天パを嫌う三女と、それを必死に肯定するパパ。そして、それを優しく包み込むお姉ちゃんたち。
【エピローグ:パパの決意】
その夜、パパは洗面所で自分の頭を撫でました。
ジョリジョリとした、潔い感触。
(いつか、結菜が自分の髪を本当に嫌いじゃなくなった時……。その時、俺ももう一度、髪を伸ばしてみようかな)
そんなことを思いながら、パパは結菜が脱ぎ散らかした「お星様のピン」を一つ拾い上げました。
三女・結菜の天然パーマは、明日もまた、朝の光と共に自由にうねり、パパの心をキュンキュンさせ、ママを困らせ、家族を笑顔にするのでしょう。
「パパ、明日は『スイカ』にして!」
「……え、スイカ? 結菜、それはパパにもママにも難易度が高すぎるよ……」
パイナップルの次はスイカ。
結菜のヘアセット大戦争は、まだまだ終わる気配がありません。




