真冬のミステリーツアー パパ暴走 娘の我慢の伝え方
38歳のパパが、暴走しました。行き先を決めない「無計画ドライブ」という名のギャンブル。
楽しい1日の始まりだ
【AM 9:00:パパ、野生の直感で発進】
日曜日の朝。昨夜の肉まんのカロリーが、パパ(38歳)の中で謎のエネルギーに変換されたのでしょうか。パパは突然、リビングの真ん中でキーを掲げました。
「全員集合! 今からドライブだ! 準備は10分以内!」
ママ(33歳)は洗濯機を回したばかりの手を止め、「は? どこに行くのよ」と呆れ顔。しかし、パパの目は「秘密のダイエット」で研ぎ澄まされた(と本人は思っている)野生の眼光を放っています。
「行き先は、走ってから決める! これが男の浪漫だ!」
半強制的に車に詰め込まれた6人家族。オムツのストック、おしりふき、着替えの予備、そしてなぜか2歳の颯太が離さない「虫かご」。
パパの運転するミニバンは、とりあえず近くのインターチェンジから高速道路へと滑り込みました。
【AM 10:00:地獄の「どこ行くの?」クイズ】
走り出して1時間。最初のうちは「わーい、お出かけだ!」と喜んでいた子供たちでしたが、風景が変わらないことにしびれを切らし始めました。
「ねえパパ、どこ行くの?」と長女・陽葵(9歳)。
「パパ、どこ行くの?」と次女・澪(7歳)。
「どこ行くのー?」と三女・結菜(4歳)。
「どこいくのぉぉぉ!」と長男・颯太(2歳)。
最初は「秘密だよ」と余裕を見せていたパパでしたが、4方向からの波状攻撃に、次第に精神を削られていきます。
「どこ行くの?」「秘密だ」「どこ行くの?」「楽しいところだ」「どこ行くの?」「教えない」「どこ行くの?」「パパにも分からない!」
ついにパパが本音を漏らしたところで、車内の空気が一変しました。
【AM 11:00:次女・澪、作詞の神降臨】
目的地が決まっていない不安をかき消そうとしたのか、突然、次女の澪が歌い出しました。
「あるこう〜あるこう〜私は元気〜♪」
お馴染み、ジブリの『さんぽ』です。それに陽葵と結菜がハモり、颯太が手拍子(ミニカーを窓に打ち付ける音)で応戦。車内はさながら「ジブリ合唱団」と化しました。
しかし、2時間ほど走り続けた頃、澪の歌声が不穏なメロディに変わりました。彼女は天才的な替歌の才能を発揮し始めたのです。
「♪まだかー まだかー おしっこでるよー」
「♪そろそろ でちゃうよー お腹も減ったぁよー!!」
澪の『さんぽ〜失禁への序曲バージョン〜』。
「おしっこ! おしっこ出る!」と結菜が便乗して叫び、颯太も意味が分からず「しっこー!」と拳を突き上げます。
「パパ! 早く、早くパーキングエリア(PA)に入って!」
ママの悲鳴に近い指示を受け、パパは慌てて一番近いPAへと車を滑り込ませました。
【PM 12:00:迷走の作戦会議と、パパの「冬の常夏」】
PAのフードコート。うどんを啜る子供たちを横に、パパとママは地図を広げていました。
「……で、パパ。現在地はここだけど、どうするの? 軽井沢まで行く? それとも沼津?」
ママの問いに、パパは腕を組みました。
「軽井沢は山だろ。寒いじゃないか。沼津か伊豆……。いや、この辺りだとまだ実家に行くのと変わらない。俺は今、猛烈に『海』が見たいんだ」
「海って、あんたその格好で?」
ママが指差したのは、パパの今日の服装でした。
上着: 薄手のオレンジのパーカー(しかもチャック全開)に黒のタンクトップ
ズボン: なぜか季節外れの「八分丈」スエット
足元: 裸足にビーチサンダル
一方、ママや子供たちは、冬の外出を想定して、しっかりと防寒ダウンやマフラーを装備しています。
「いいんだよ、俺は常にヒートテックという名のミートテック(脂肪の鎧)を纏っているんだ」
謎の自信を見せるパパ。
「よし! だいぶ戻ることになるが、熱海に行こう!」
「戻るの!?」というママの絶叫をBGMに、パパは意気揚々とUターン。海を目指してアクセルを踏み込みました。
【PM 1:30:熱海到着、そして視線】
ついに熱海の海岸に到着。
車を一歩出た瞬間、パパの頬を「真冬の海風」という名の冷たいビンタが襲いました。
「おぉ……風、そこそこ強いな……」
ガタガタと震えそうになる膝を、八分丈のスエットで必死に隠すパパ。周りを見渡すと、観光客たちは厚手のウールコートに身を包み、「寒いね」と言い合いながら歩いています。
そんな中、ビーチサンダルで砂浜を歩くパパ。
観光客たちの視線がパパに突き刺さります。
(え、あのおじさん、季節間違えてない?)
(見て、短パンに近いズボンにビーサンだよ。何かの罰ゲームかな?)
「パパ、あっちの人たちがパパを見て笑ってるよ」と澪。
「いいんだ。あれは、パパのワイルドさに畏敬の念を抱いているんだよ」
パパは強がりましたが、実際は足の指先から感覚が消え始めていました。
【PM 2:00:砂浜のデッドヒートと、ママの神捕獲】
「おーい! 鬼ごっこするぞー!」
パパは体温を上げるため、全力で砂浜を走り出しました。
「待てー!」
陽葵、澪、結菜がパジャマ……ではなく、冬服で砂まみれになりながら追いかけます。子供たちは転んでも砂まみれになってもお構いなし。冬の海は、彼女たちにとって巨大な砂場でした。
その時です。
2歳の颯太が、波打ち際を見て「おみじゅ!(お水!)」と覚醒。
凄まじいスピードで、真冬の紺碧の海へと猛ダッシュを開始しました。
「ああっ! 颯太! 止まれ!!」
砂に足を取られ、ビーチサンダルが脱げて転倒するパパ。
颯太の足が海水に浸かるまで、あと1メートル。
その瞬間、後ろから防寒ダウンをなびかせたママが、ラグビーのタックル並みのスピードで颯太を横から抱え上げました。
「確保ぉぉ!!」
波がザザーッと、ママの靴先を濡らしましたが、颯太は完全防御。
「……ママ、ナイスキャッチ」
砂だらけのパパが地面から親指を立てました。
【PM 3:00:お砂バイバイ、必要なし】
1時間の激闘を終え、一行は車に戻ることに。
陽葵、澪、結菜は、髪の毛から靴の中まで砂だらけ。
「ほら、靴脱いで! 外で砂を落として!」
ママが一人ずつ靴を叩き、「お砂にバイバイ」をさせます。
颯太も全身砂の衣を纏ったコロッケのようになっていましたが、パパだけは違いました。
「……パパは、バイバイの必要なし」
パパはビーチサンダルを脱ぎ、足を二回振るだけで完了。
「ビーサンはな、メンテナンス性が高いんだよ。冬の海に最適だな」
震えながら言うパパに、陽葵が冷静に返しました。
「パパ、足の指が紫色になってるよ」
【PM 4:00:帰路、そして誰もいない後部座席】
熱海を出発し、帰路につくミニバン。
後部座席では、遊び疲れた4人の子供たちが、まるで重なり合うトカゲたち(ラッキーやいちごちゃん)のように、折り重なって爆睡していました。
「……パパ。結局、今日何がしたかったの?」
助手席でママが、ようやく一息ついて聞きました。
「いや……10キロ痩せたからな。体のキレを確認したかったんだ」
「ふーん。で、その結果、足がしもやけになったわけね」
パパは赤くなった足の指をヒーターの風に当てながら、密かに満足していました。
目的地を決めず、2時間かけて行って2時間かけて戻り、砂浜で鬼ごっこをして、観光客に笑われる。
そんな非効率で無駄な一日。でも、車内のバックミラーに映る、砂だらけで眠る子供たちの寝顔は、どんな緻密な計画よりも完璧な「日曜日の成果」に見えました。
「次は、ちゃんと靴を履いて来ような」
パパの言葉に、ママがクスッと笑いました。
「そうね。でもその前に、家に着いたら、また全員分のお風呂と、砂だらけの服の洗濯が待ってるわよ。パパ、わかってるわね?」
「……はい。そっちは任せて、ちゃちゃっと夕飯作らしていただきます」
熱海の風に吹かれたパパの八分丈のスエットは、帰りの車内、ヒーターの熱で少しだけ潮の香りを漂わせながら、夜の道を家へと急ぐのでした。
帰宅後、ママの怒声と服のポッケから出るわ出るわの熱海の砂
パパは、6人分のオムライスをせっせと作り
楽しい1日が幕を閉じました。
例のごとく、車で爆睡をした子ども達は、目をギラギラ輝かせ無駄に元気な夜を過ごし1日が終わりました。




