第14話・魔法とマギサとエトセトラ
「あなた、さっきから的確に探し当ててるけど、空に目でもついてるの?」
マギサが地団駄を踏んだ後、ハーブラビットを10匹くらい狩ったところで彼女が問いかけてくる。
「さあ、どうだろうな……《アイスバレット》」
俺はマギサの問いかけを受け流すと、5メートルくらい先を跳ねていたウサギを撃ち抜いた。
発光が消えたのを確認すると、普通の速度で近付いていって死体を収納する。
「ぐへっ!? なんでこんな何もない所で転ばなきゃいけないのよ……って、また死体が消えてるじゃない!?」
俺の後ろを付いてきていたマギサは、突然足を滑らせると地面に倒れ込む。
彼女は文句を言いながら立ち上がると、すでに消えている死体を見てまたまた叫んだ。
「もう、ほんとにどうなってるのよ!」
マギサに引っ付かれながら依頼をこなしてきて、気付いたことがある。
この子、びっくりするほどの不憫属性だ。
何もない所では転ぶし、木の下を通れば落ちてきたフールの実が頭に直撃する。
その結果彼女は、こうして俺が魔術を行使している際に、1度も魔術陣を見ることが出来なかった。
(なんというか……あまりに、哀れだな……)
俺がそんなことを思っている間、マギサは苛立ちからか、先ほど転んだ場所を杖で思いっきり叩いていた。
ハーブラビット狩りを切り上げた俺たちは、その先にある森の方に入っていった。
どうして森を訪れたのかというと、マギサが言い出したからだ。
『もういいわ……あんたの特殊魔法を暴くのは諦めたわ。あっ、諦めたってのは今日だけの話なんだから! それで、まだ昼前だから、森の方にでも行かない?』
特に断る理由もなかったため、俺はマギサの頼みを承諾した。
そんな彼女は俺よりも先にどんどんと森の中を進んでいたが、唐突に後ろを振り向くと俺を指差してくる。
「なんかね! あなたがわたしを見る視線が、さっきからどうにも温かいのよ!」
「別にそんなことないぞ。お前が止まってるなら俺が先に行くが?」
まあ実際、マギサのことは少なからず哀れんでるから、生温かい視線というのはあながち間違いではない。
彼女の言葉に対して俺はそう返すと、止まっている彼女を通り過ぎようとする。
「ダメよ! ここはこのBランク冒険者であるわたしに任せないさい! わたしの凄まじい実力を、あなたに見せつけてやるわ!」
マギサは通り過ぎようとする俺の前に杖を突き出して制止してくると、今度は杖を俺に突きつけてそう声を上げる。
杖を下げた彼女は後ろを振り向くと、どんどんと再び進み始めた。
「そういえば、マギサはどの属性の魔法が使えるんだ?」
「……やっと尋ねてくれたわね。ふっ、聞いて驚きなさい! わたしが使える魔法は、火、水、風、地属性の、なんと4属性よ!」
彼女はそう言い終えると、悪役令嬢のような高笑いをし出した。
それにしても4属性とは、なかなかに珍しい。
GSOで出てきたNPCの中には複数の属性を操る存在もいたが、4属性を操る魔術師はただ1人、賢者のみだったはずだ。
「それは凄いな。ちなみに俺は、氷属性だ」
「ふーん、あんたはレア属性持ちなのね……」
俺がマギサの言葉に返事をすると、彼女はどこか羨ましそうな反応を見せた。
(俺としては、何種類もの魔法を使える方が羨ましいけどな)
GSOでは、プレイヤー1人につき使える魔法は1属性だけだった。
そのため元GSOプレイヤーだった俺からしてみれば、複数の属性を扱えるのはどこか憧れがある。
ちなみにだが、レア属性とは、基本となる6つの属性以外の属性のことを指している。
まずそもそも、基本属性とは、
・火
・水
・風
・地
の4属性と、
・光
・闇
の2属性のことを指す。
そして、レア属性と呼ばれるものは、
・氷
・雷
・時間
・空間
・影
・血液
・神聖
・深淵
・etc……
といった、いくつもの種類が存在している。
その中でも氷属性はメジャーな属性であり、比較的扱っているプレイヤーが多かった覚えがある。
俺がGSOでの魔法事情を思い出していると、前方の茂みがガサガサと揺れたように感じた。
「止まってベリル、何かが近付いてきてるわ。ここはわたしに任せないさい!」
そう言い切った瞬間、マギサの目の前から3体のウルフが飛び出してきた。
「ッ! 《ウィンドカッター》!」
マギサは素早く杖を構えると、すぐさま魔法の詠唱をする。
杖から放たれた風の刃は、さながら音の速さで飛んでいくと、ウルフたちの首を切り落とした。
ウルフたちが地面に落ちて動かなくなるのを見たマギサは、構えていた杖を胸元に戻しながら、ほっと息をつく。
「どうよベリル! これがわたしの実りょ――」
こっちを向いた彼女が話し終える間際、俺は剣を引き抜いて素早く振った。
その瞬間、マギサに後ろから迫ってきていたウルフの胴体が、真ん中で切断される。
「危なかったぞマギサ。注意が散漫になってるんじゃないか?」
「な、な……ふんっ、別に、今のくらいわたしなら対処出来たんだからね! ま、まあ? 感謝くらいはしといてあげるわ!」
地面に倒れた死体を見たマギサは一瞬目を丸くさせるが、すぐに表情を戻すと俺にそう言ってくる。
反応に困った俺は剣を鞘に仕舞うと、数コンマの内に考えた返答を口に出した。
「いや、遠慮しときます」
「なんでなのよ!」
マギサが杖を地面に叩きつけた。
「……まだ来てるぞ。マギサ、早く杖を拾え」
ウルフの血の匂いのせいか、遠くの方から何かが走ってきているのを感じ取った。
おそらくだが、数体のゴブリンの群れだろう。
俺の指示を聞いたマギサは、すぐに杖を拾うと俺と同じ方を向いてそのまま構える。
次の瞬間、茂みから現れたのは、剣を持ったゴブリンと杖を持ったゴブリンの群れだった。
『グギャギャ! グギャグギャ!』
「な! ゴブリンソードマンにゴブリンメイジ……!? ふんっ、まあいいわ。ベリル、ここはわたしに任せてちょうだい」
「1人でやるのか?」
「ええ、このBランク冒険者であるマギサに任せなさい!」
彼女はそう言うと、ゴブリンの群れに杖を向ける。
そんなマギサの様子を見ていたゴブリンが、彼女に向かって襲いかかってくるが、マギサは気にせず目をつぶった。
「見せてやるわよ、わたしの実力……! 喰らいなさい、複合魔法……《フレイムストーム》!」
マギサが目を開いた瞬間、視界が真っ赤に染まり上がった。
杖から勢いよく放たれ続ける炎が螺旋を描いて広がっていくと、そのままゴブリンどもを飲み込みこんでしまう。
「おぉ……これは、圧巻だな」
止まることを知らず、燦々と溢れ出す炎を見ながら、俺はそう呟く。
ふとマギサの方を向いてみると、彼女は誇らしげに炎を見つめていた。
少しの時間が経つと、杖から放たれていた炎も静かに息を潜めた。
先ほどまでゴブリンどもがいた場所をみれば、そこには灰すら残っていない。
そして上を見上げてみれば……
「なあマギサ」
「なによベリル。もしかして、今の魔法を見てわたしのことを敬いたくなったのかしら?」
「……燃えてるけど、森。これ、大丈夫か?」
俺がそう伝えた瞬間、自信満々な彼女の表情がどんどんと青ざめていく。
ついには杖を取り落とすと、マギサは俺に迫ってきた。
「どどど、どうしよう! これわたし、なんらかの罪に問われるのかしら!?」
「………………はぁ」
どうしてマギサは格好良さが長続きしないのだろうか。
俺は彼女に呆れながら、ため息をついた。
「《アイスコフィン》」
そう呟いた瞬間、俺たちの周囲は、一瞬で氷に閉ざされた。
木々が素早く凍っていく様子を見たマギサは、呆然とした表情を浮かべている。
「マギサ? おーい大丈ーー」
「い、いい、今の魔法……上級魔法じゃないの! どういうことよ! なんであなたがそんな高度な魔法を使えるのよ!」
俺が声をかけた瞬間、彼女は声を荒げながら俺の肩を掴んできた。
「あっ……その悪かったわね、大きな声を出しちゃって。あなたが想像以上の実力の持ち主だったから………………その、もう帰ろうか」
次の瞬間、マギサは我に帰ったのか俺にそう言ってくると、肩を離してから今来た道を戻り出した。
(上級魔法……あいつの中で何かがあるのか?)
俺に勢いよく話しかけてきた時のマギサの表情には、どこか焦燥感が隠れ見えたような気がした。
ずっと黙って俺の前を歩いていたマギサがやっと口を開いたのは、街に戻ってから少し経った時のことだった。
「……それにしてもあなた、杖は使わないのね」
「ん? ああ、俺は魔剣士だからな。杖を装備してたら剣が触れなくなるから、使わないようにしたんだ」
「ふーん……魔剣士って、強欲に剣と魔法のどっちもを選んで、結局はどっちとも中途半端になっちゃうイメージがあったけど……あなたを見て、そのイメージが塗り替えられたわ」
そう言うとマギサは、俺の顔を見ながら微笑んだ。
しかし実際、彼女の言う通りに、魔剣士として大成したプレイヤーはリリースから3年経った今でもごく僅かだった。
「……ほんと、不思議な人。その不可思議な特殊魔法も、上級魔法まで使えることも、恐ろしいほどの魔力を秘めた魔剣のことも……全部ね」
どこか遠い先を見つめたような表情で、マギサはそう言葉にする。
しかし次の瞬間、彼女は再び笑顔に戻ると、普通のトーンで言葉を続けた。
「ほら、お腹が空いたわ。せっかくだし何か奢りなさい」
「いやなんでそうなるんだよ。理由を言え理由を、俺が奢らなきゃいけない理由を」
「あら? そんなの必要あるかしら?」
「逆になんで必要ないと思った?」
俺がそう返事をすると、マギサはくすくすと笑い出す。
そんなことを話しながら俺たちは、いつのまにか冒険者ギルドに着いたのだった。
「あ! ベリルさんお帰りなさい……って、ベリルさんほんとマギサさんと一緒に依頼を受けたんですね」
ギルドの入ると、俺たちを見つけたリナリスが手を振ってくる。
しかし、彼女はマギサを視界の捉えると、信じられないような顔をしながらそう言ってきた。
「それでベリルさん。今日は何体のハーブラビットを討伐してきたんですか?」
「ああ、安心してくれ。昨日と違って今日はしっかりと自重したからな。今日は全部でーー」
「誰かっ、助けてくれっ! まだパーティーメンバーが――」
リナリスに討伐数を報告しようとした瞬間、入り口の方から泣き叫ぶような声が聞こえてくる。
後ろを振り向くとそこにいたのは、全身ボロボロの状態の男の姿だった。
「――ゴブリンロードが出たんだ!!!」
第1章・異世界転移は突然にーー完結