第11話・どこのお店に行っても、出てくるステーキの焼き加減が、全部『レア』な街。それはいったいどこでしょう!
「もうお嫁にいけません」
羞恥心によるダメージから復活したリナリスは、床から立ち上がるとそう呟いた。
そんな彼女の様子を横から眺めていた隣の受付嬢が、笑いながら呆れた声色でリナリス話しかける。
「なにふざけたこと言ってんのリリ、さっきから彼のこと待たせすぎよ。ほんとごめんねベリル君。あたしのバカ後輩が迷惑かけちゃって」
胸元に『アミラ』と書かれたネームプレートを付けた彼女が、笑ったまま俺に軽く頭を下げる。
うなだれていたリナリスは顔を上げると、目じりに涙を溜めながらアミラに話し始めた。
「でも先輩、冒険者様の実力も把握できてなかった上に、変に説教してしまうなんて……私もう受付嬢失格ですよぉ」
「はぁ、この後輩めんどくさいわね。ほら、早くベリル君の報告を聞きな!」
「わかりました……」
ため息をついたアミラは、リナリスにそう言い放つ。
そして彼女にデコピンを当てると、自分の受付に戻っていった。
「えと、マリア草はいくつ集まりましたか……?」
まだ悲しそうな表情を浮かべるリナリスが、俺にそう問いかけてくる。
アストのお陰で1000枚とかいう異次元な枚数を集めた俺は、そのまま申告するには絶対やめておいた方がいいと察した。
だから俺は今回、事前に申告する採取したマリア草の枚数を決めておいた。
「100枚集めたよ」
俺がそう報告した瞬間、頑張って笑顔を作ろうとしていたリナリスは硬直した。
「……ごめんなさい、もう1度言ってもらってもいいですか?」
「だから、依頼のためにマリア草を100枚採取してきたぞ」
なぜか聞き返してくるリナリスに、俺はもう1度報告する。
次の瞬間、彼女はてくてくと歩き始めると、隣で作業しているアミラの制服を掴んだ。
「先輩、助けてください」
「……え?」
「これは……まじですか」
「本当に100枚……」
唖然としている2人の前にあるのは、受付の上に鎮座している緑色の塊。
俺が《亜空書庫》から取り出した100枚のマリア草だ。
もちろん魔術のことはバレないように、使っていなかった皮袋を用意しておいて、そこから取り出したように見せた。
「さすがに本物かどうか確認しないとだからな……ラギリ草が紛れ込んでる可能性もあるし……」
「諦めましょう先輩。今日は残業ですよ」
2人は顔を見合わせると、コソコソと内緒話を始めた。
もちろん全部聞こえているが。
それにしても確認作業か、その必要があるのを失念していた。
死んだような、信じられていないような表情を浮かべる2人に、酷く申し訳なくなる。
俺がそんなことを考えていると、唐突に横から声をかけられた。
「あら、ベリルじゃない。もしかして依頼帰り……って、すごいわねこれ、全部マリア草じゃない!」
右側を向くとそこに居たのは、奥の通路から出てきていたリーフだった。
彼女の言葉を聞いた瞬間、受付嬢2人の顔色が変わる。
驚いた様子で、リナリスがリーフに問いかける。
「っ、リーフさん、これが全部マリア草って分かるんですか!」
「ええ、精霊が教えてくれたのよ。『これ、全部マリア草だよ! すごい!』ってね」
(この世界、精霊とかいるのか……まあエルフと精霊はセットのイメージあったけど)
「えーとそれじゃあ、100枚なので……1万レーンですね」
そう言うとリナリスは、受付の下から金色のコインのようなものを取り出して、俺に手渡してくる。
コインの表面には男性の肖像画が描かれており、裏面を見てみると剣と麦を交差させたような絵が彫られていた。
(これは、この世界の硬貨か……?)
そう考えながらコインを眺めていると、唐突に耳元でリーフの声が聞こえてくる。
「これは金貨って言って、この国で使われている貨幣の一種よ。また宿で説明するから、今はとりあえず受け取ってちょうだい」
彼女にそう言われて、俺はリナリスから金貨を受け取る。
それにしても、今のは精霊の能力のようなものなのだろうか。
俺が金貨をローブに仕舞うと、アミラが口を開いた。
「それにしても、これだけの数納品したなら、あと討伐依頼を1つくらい達成すればもうランクアップじゃない?」
「それなら、明日にでもランクアップが出来そうだな」
アミラの言葉に俺は反応して返事をした。
すると今度は、突然後ろから声をかけられる。
「あん? リーフとベリルじゃねぇか。もうギルドに着いてたのか」
「2人ともめっちゃ早いじゃん!」
振り向くとそこには、こちらに歩いてくるバルドとジグの姿があった。
次の瞬間、リーフが「あっ!」と声を上げる。
すると彼女は、申し訳なさそうにしながら口を開いた。
「ベリルに伝えるのを忘れてたわ……。実は今夜、みんなで飲み会するって話だったのよ」
「てことでベリル! 今日は飲むぞーーー!」
素早く近寄ってきたジグが、そんなことを叫びながら肩を組んでくる。
人とお酒を飲むのはとても久しぶりだが、この3人となら楽しく飲めそうだ。
俺はそんなことを考えながら、ジグに引っ張られていった。
『かんぱーーーい!』
カチンッと、心地よい音が辺りに響いた。
俺はジョッキを口元に持っていって傾けると、果実酒を喉に流し込んでいく。
すると、対面に座っていたバルドが、『ドンッ!』と空になったジョッキを勢いよくテーブルに置いた。
「……嬢ちゃん、エールのお代わりを頼む!」
「もう飲み干したの!?」
店員に向かってそう叫ぶバルドに対して、俺はあまりの飲みっぷりにツッコんでしまった。
対角線上に席に座っているジグを見てみると、まだジョッキの3割くらいしか飲んでないのに既に顔が赤みを帯びている。
(なんというか、お酒に関しては正反対だな……)
2人の様子を見てそんなことを考えながら、俺は最初に運ばれてきた焼き鳥に手を伸ばす。
そうして手に取った焼き鳥は、俺が1番好きなもも肉の塩味だった。
「ん……うまっ」
俺は焼き鳥をひとくち食べると、そんな言葉が漏れてしまう。
ギルドに備わっている酒場だからと少し舐めていたが、地球でもこのレベルがそこらのお店で出てこくることはないだろう。
『海の洞窟』の日本食もそうだが、異世界の食事は意外にも質が高い。
「んぐ、ん、ん……ふぅ」
俺は焼き鳥の塩味を味わうと、果実酒を流し込んでその甘味も堪能する。
これはもはや、永久機関の完成である。
もう酔ってるかもな、俺………………
「お待たせしましたー! エールをおひとつと、あとは鶏の唐揚げを4人前。そして牛丼を4つお持ちしましたー! それではごゆっくりどうぞー!」
そんなふざけたことを考えていると、店員がお酒のお代わりと料理を持ってきた。
店員の少女は持ってきたものを全てテーブルに並べると、こちらに一礼してから颯爽と戻っていった。
(なんというか、プロだなぁ……)
「おーし! それじゃあ、唐揚げにレモンかけちゃボハッ!?」
席から立ち上がったジグが、意気揚々とレモンを手に取る。
その瞬間、空気が揺れ動いたかと思うと、ジグが顔面をぶん殴られたかのように後ろにぶっ倒れた。
その様子を見ていたバルドが大爆笑しながら、唐揚げを素手で掴んで口に放り込む。
俺はギョッとして横を見ると、リーフは何事もなかったかのように果実酒を飲んでいた。
「ふぅ……唐揚げにレモンかけるやつなんて、精霊に殴られて吹っ飛んじゃえばいいのに」
「いやそれ絶対自白だよな!?」
やっぱりジグぶっ飛び事件の犯人はリーフ、というかリーフの精霊のようだ。
しかし彼女は俺の言葉に一切反応せず、いつも通りの様子でフォークを唐揚げに刺す。
顔色は全く変わってないが、リーフもだいぶ酔っていそうだな。
(……とりあえず俺も唐揚げ食うか)
俺はフォークを掴むと、唐揚げを取ろうと手を伸ばす。
するとその時、いつのまにか復活していたジグが喋り出した。
「ここでお前たちにクイズだ! どこのお店に行っても、出てくるステーキの焼き加減が、全部『レア』な街。それはいったいどこでしょう!」
「あーーー、レスタだレスタ!」
「いやレスタは鶏肉で有名な街でしょ。チキンステーキが生焼けだったら大事件じゃないの」
唐突に始まったクイズに、バルドが真剣に答えようとする。
しかし、あまりにも的外れな答えだったのかリーフにツッコまれてしまっていた。
「うん、俺絶対わからないやつじゃん」
「いやーーー? ベリルにもわかるぞベリルーーー!」
「あっはっはっ!」と笑い声を上げながら、ジグはジョッキを傾ける。
お前もう顔真っ赤だからやめとけってまじで。
「じゃあ答えはなんだよジグ」
「ふっふっふっ、聞いて驚けよ? 出てくるステーキの焼き加減が、全部『レア』な街。そう……なんとレア、なんとレア、なんとレア……そう答えはナートレあ゙っ゙!?」
(あ、また吹っ飛んでった。うーん、天罰が下ったな)
またもや顔面を殴られたかのように後ろにぶっ倒れたジグを見ていた俺は、そんなことを考える。
クイズとしてはなかなかに酷いものだったが、どこか某宇宙海賊を彷彿とさせる答えだった。
それにしても、この冷え切った空気をどうすればいいのだろうか。
横を見てみれば、リーフは床にぶっ倒れるジグを一切気にせずに牛丼を頬張っている。
バルドの方に視線をやると、テーブルに伏せながら肩を震わしている姿が目に映った。
どうしてただの飲み会だったはずなのに、こんなに混沌としてるのだろうか。
(はぁ……やけ酒しよ。もう俺には収拾つけられん)
「店員さん、果実酒のお代わりを!」
完全に諦めた俺は店員にそう頼むと、自分のジョッキに残った果実酒を一気に飲み干した。
「……ふぅ」
俺は飲み切ったジョッキをテーブルに置くと、近くのテーブルから今さっき座ったばかりだろう冒険者らの話し声が聞こえてきた。
「そういえば知ってるかお前」
「あ? なにをだよ」
「なんでも、あの小さき賢者がこの街に来てるらしいぜ」
「まじで!? 最年少でBランクにまでなったあの!?」
リトルウィッチ――そんな二つ名を持った有名な冒険者がいるのか。
「なあリーフ。リトルウィッチって知って……いや寝てるし!」
俺がその冒険者のことを尋ねようとリーフの方を向くと、彼女はジョッキを握ったまま穏やかな寝息を立てていた。
「もう帰っていいかな、俺………………」
「お待たせしましたー! 果実酒をおひとつですね。それではごゆっくりどうぞー!」
そう呟いた瞬間、店員がお代わりを持ってくる。
俺は目の前に新しく置かれたジョッキを持ち上げると、そのまま全て一気に飲み干した。