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第10話・アストと禁断の果実、ダンジョンにて

アーミナー大森林ダンジョン1階ーー




騎士とマスターが話をしている中、アストはダンジョンの中にいた。

気分屋で好奇心旺盛な性格が災いし、話に飽きたアストが隙をついて侵入してしまったからだ。


「おー」


久しぶりに見るダンジョンの内装に、アストは感動の声を上げる。


目の前に広がる草原は、ところどころに木が生えており、真っ赤な果実が揺れている。

上を見上げてみれば見渡す限り雲ひとつない青空が広がっていて、太陽から燦々と降り注ぐ光が、彼女のことを照らしている。


洞窟から続くダンジョンなのにも関わらず目に映るのは、今日のお昼に真っ赤な果実を食べた場所と同じような草原だった。


「果実、また食べたいな」


アストはそう呟くと、ゆらゆらと風に揺られる真っ赤な果実に向かって、一目散に走り出した。

それにしてもこの風は、一体どこから吹いた風なのだろうか。


果実のなる木までたどり着いた彼女は、果実を落とすために魔法の準備をする。



「ダークアロー」


アストがそう呟くと、生み出された闇の矢が放たれて果実に突き刺さる。

その勢いで、果実が木から離れて飛んでいってしまった。

矢が刺さったまま飛んでいく果実を、彼女は見届ける。


「あ」


想像していなかった光景にアストは声を漏らす。

少しの間呆けていた彼女は、すぐに果実を追いかけ始めた。


「ん、あった」


30秒ほど走っていくと、地面に落ちた穴の空いた果実を見つける。

アストはそれをしゃがんで手に取ると、ドレスの袖で「ふきふき」と拭いた。


「いただきます」


彼女は果実を口まで持っていくと、そこままかじりつこうとして目の前の光景に気付く。

目の前には多くの木々が密集して生えており、たくさんの果実を実らせていた。


「……楽園」


せっかく拾い上げた果実を滑り落としたアストは、そんな言葉を無意識に漏らす。

彼女は両手を前に突き出すと、目を閉じてから呟き出した。


「ダークショット、ダークショット、ダークショット、ダークショット、ダークショット、ダークショットーー」


アストは目を瞑ったまま、魔法を唱え続ける。


「……ふぅ」


彼女が息をついた頃には、数多の闇が空中に静止していた。

そのまま深呼吸をしたアストは、ひとこと呟く。


「いけ」


次の瞬間、ダンジョン内に轟音が響き渡った。






「ふふっ」


無表情のまま、嬉しそうな笑い声を漏らすアスト。

そんな彼女の目の前に広がるのは、へし折れたり穴が空いたりしている木の数々。

木々が倒れている地面は、真っ赤な果実で埋め尽くされている。


そしてその奥に広がるのは、体が穴だらけになったゴブリンたちの死体。

密集した木々の先でアストを狙っていたゴブリンたちは、果実を取るための過剰魔法に巻き込まれ、全てが亡骸となっていた。

アストの目にも止まっていない亡骸は、一瞬のうちに灰になって消えていってしまう。


「たくさん、ふふっ」


目の前の惨状を全く気にしていないアストは、ドレスの裾をギュッと掴んで持ち上げる。

そしてドレスをカゴのようにすると、転がっている果実たちをどんどんと放り込んでいった。


「ふぅ、満足」


そう呟くと、彼女は手に持っていた果実を口に運ぶ。

最終的にカゴになったドレスには、何十個もの果実が入っていた。


「ん、やっぱ美味しい」


アストがそう声に出すと、彼女の足元に一瞬で魔術陣が描かれる。


「ん、お呼び出しだ」


次の瞬間、ダンジョンの中からアストは姿を消した。

それと同時に魔術陣も、跡形残さず消滅する。


彼女の手に握られていた食べかけの果実が、静かに地面に落ちて転がった。











「《依代召喚・アスト》


俺がそう唱えると、地面に紫色の魔術陣が描かれる。


(最初からこうしとけば良かった……)


アストを探しに森に入った俺だったが、1時間ほど闇雲に探してから諦めた。

そもそも、こんな無限に広がる森の中でヒントも無しに、どう見つけろというのか。


探し続けてへとへとになった俺は、木陰で途方に暮れている時に気が付いた。

『あ、魔術で呼び出せばいいじゃん』と。


ほんの少し前のことを思い返していると、魔術陣から人影が浮かび上がってきた。


夜の闇で染め上げたような長い黒髪。

怪しげに輝く、ヴァイオレットサファイアをはめ込んだような瞳。


俺と目が合った彼女は片手でドレスの裾持ち上げながら、ペコリと礼をする。

なぜかドレスをカゴにして、その中に大量のフールの実を溜め込みながら。


「……アスト、契約者(マスター)の召喚で、参上」


「いやその大量の果実なに!?」


いつも通りのテンションで喋るアストに、俺は思わずツッコんでしまう。

どうやらアストは、果実を集めて回っていたようだ。


彼女は空いている右手でカゴから果実を取り出すと、俺の手に握らせてくる。

俺は無表情のままこちらを凝視するアストを横目に、果実をひとくちかじる。


「うん、まあ美味しいけど」


俺がもう1度彼女の方を見ると、アストは堂々と果実を頬張っていた。


「……《亜空書庫》」


ため息混じりにそう唱えると、ドレスの上にあった果実が全部回収される。

アストは、果実の重さが無くなってドレスの裾を手離した。


「これで毎日、果実食べれる」


果実を食べ切ったアストは、そう言って両手で握り拳を作る。

俺は呆れながらも、そんな彼女を微笑ましく思いながら頭を撫でた。






俺たちは冒険者ギルドに戻ろうと、暗くなり始めている森の中を進んでいく。

今はもう夕暮れ、少々急がないと夜になってしまうだろう。


「止まれアスト。前方に何かいるぞ」


ガサガサと茂みが揺れ動く音が微かに聞こえる。

俺は右腕を横に出してそう伝えると、剣に手を伸ばした。


少しして、茂みの中からひとつの影が飛び出してくる。

俺が剣を抜いて斬りかかろうとすると、アストが小さく呟いた。


「《ダークアロー》」


次の瞬間、闇の矢らしき魔法が俺の横を飛んでいった。

闇属性の魔法は黒く、暗い場所ではとても見辛い。


そのせいもあってか魔法に反応出来なかった相手は、そのまま頭を撃ち抜かれた。

近付いて見てみると、そこにあったのは体毛の黒いオオカミの死体。


どうやら、ウルフやホーンウルフとは別の魔物のようだ。


「夜が近くなってきたからか、現れる魔物が変化しているな。この世界でも、昼より夜の方が危険そうだ」


俺は魔物の死体を見ながらそう考えると、死体を収納する。


「マスター、それじゃあ、帰ろ?」


「いや、まだいるな……《アイシクルエッジ》」


足元から冷気が溢れ出すと、俺は地面から生えた氷柱を後ろ側に素早く伸ばした。

それと同時に、オオカミのものらしき悲鳴が背中側からいくつか聞こえてくる。


俺は振り向くとそこには、氷柱に串刺しになった3体の黒いオオカミがいた。

オオカミたちは苦痛に唸り声を上げながら、地面から伸びる氷柱から抜け出そうと身をよじる。

しかし、抵抗虚しくオオカミたちは静かに生き絶えていった。


「よし、これで狙ってきていたオオカミは全部のようだな」


氷柱が粒子となって消滅すると、オオカミたちの死体が地面に転がる。

俺はそれも《亜空書庫》に収納すると、横でボーッとしているアストに声をかける。


「そういえば、アストはわざわざギルドまで着いてこなくていいのか」


彼女の方を見ると、俺の言葉にコクコクと頷いていた。


「今日はありがとなアスト。《送還》」


魔術陣がアストの足元に現れると、彼女の姿が目の前から消える。


「もう夜になるし、早く帰らないと」


俺はそう呟くと、ギルドまでの帰り道を急ぎ始めた。






街にたどり着いた頃には、完全に日が沈んでしまっていた。


俺が冒険者ギルドの中に入ると、憂鬱げな表情をしたリナリスさんと目が合う。

その瞬間、彼女は完全に動きを止めると、何度か瞬きしてから声を上げた。


「べべべ、ベリルさん! 無事だったんですか!?」


「えっと……? ただ少し遅くなっただけで、怪我とかは特に」


受付にたどり着いた俺は、複雑な表情で話しかけてくるリナリスさんに困惑しながら

口を開く。

俺の返事を聞いた彼女は口元をもごもごとすると、呆れた様子でため息をついた。


「ベリルさん、依頼はマリア草の採取だけでしたよね? どうしてこんなに帰りが遅いんですか……」


そう尋ねてくる彼女に対して俺は、何て返答しようかと頭を悩ませる。

まさか、全て正直に話すわけにはいかない。


アストの存在を上手く誤魔化そうとしながら、俺は今日のことを説明した。

俺が最後まで話し終えると、俯いて黙りこくっていた彼女は肩を震わせ始める。


「森の中に入った、ですって……? それにダンジョンがある中層まで……?」


次の瞬間、リナリスが『バンッ!』と受付を両手で叩いた。


「あのですね、まだベリルさんはFランクなんですよ!? そんな危険なとこに行くなんて、自殺行為も良いところです! 中層に1人で行くなら、せめてCランクほどの実力は……ないと、その……ダメなんです、よ……」


俺の肩を掴んだ彼女は、強い口調で説教を始める。

しかしなぜか途中で言葉を詰まらせると、リナリスは何かを思い出したような表序を浮かべた。

彼女はそのまま話を続けようとするが、口調は弱く、しどろもどろになってしまう。


おそらくだが、昨日Bランク冒険者と決闘して、俺が勝利したことを思い出したのだろう。


「ま、まあ、とってもお強いベリルさんには、その、不必要な話でしたね……!?」


「もう遅いですよリナリスさん」


俺がそう返事をすると、彼女は膝から崩れ落ちた。

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