第1話・グリモワール・サーガ・オンライン
グリモワール・サーガ・オンライン――
VRゲーム黎明期の終盤に登場した、次世代のVRMMO。
このゲームでは、プレイヤーは72柱いる悪魔のうち1柱と契約し、禁魔書と呼ばれる魔術本を手に入れて育てていくこととなる。
そして、禁魔書と共に広い世界を駆け巡り、数多の敵と戦っていくのだ。
その斬新なアイデアによる話題性や、魔法・魔術などの種類の多さや自由さから、このゲームは発表されてから一気に注目を集め、発売当初から大人気となった。
今月でリリースから3年が経つが、未だその人気は衰えていない。
「ここがボスエリアか? 長い道のりだったけど、やっと着いたな」
真っ黒なレンガで構築された遺跡の最奥で、俺――猫石 金斗はそう呟いた。
ここは静嘆の黒砦、GSOの難関ボスの1体、静嘆の亡剣士がいるダンジョンだ。
この先にある広い場所に入ると、ボス戦がスタートする。
「《召喚・禁魔書》」
そう言うと、俺の手のひらの上に黒色の魔術陣が描かれ、そこから1冊の本が現れた。
黒色の皮で作られた本の表紙で、嵌め込まれたヴァイオレットサファイアがギラリと輝く。
また、裏表紙には、悪魔・アスタロトとの契約紋が彫られている。
ふわふわと浮かぶ禁魔書をチラッと見ると、腰にかけた鞘に収まる剣に手を伸ばした。
鞘から抜くと、シンプルなデザインの剣身と、柄に嵌め込まれた紅い結晶が鈍く輝く。
俺は剣を1振りだけすると、周りで浮遊する禁魔書を引き連れ、そのまま歩き始めた。
ボスエリアに侵入すると、中央から1体の魔物が姿を現した。
刃が捻れた剣を手に持ち、半透明の黒い布を纏い浮遊した灰色の骸骨の姿をしている。
こいつこそがこの砦のボス、静嘆の亡剣士だ。
「ふぅ……来い!」
俺のことを認識した亡剣士は、ゆっくりと剣を構えた。
次の瞬間、こちらに向かって勢いよく飛んでくる。
切り掛かってくる亡剣士に対して、俺も剣を振り抜いた。
鋭い金属音が辺りに響き、反動によってお互いに退く。
「《アイスバレット・バースト》!」
俺が左手を前に出すと、そこから3発の氷弾が素早く発射された。
それらが連続して頭蓋骨に命中したことにより、亡剣士は大きく仰け反る。
「っし! 全弾ヒット。次の手はどうしようか」
そう考えながら攻勢に出ようとすると、視界から亡剣士がフッと消えた。
(消えた? いったいどこッ!?)
まばたきをしている一瞬の間に、亡剣士が目の前に現れていた。
腕を引いて構えを取った亡剣士が、勢いよく剣を突き出してくる。
咄嗟に防御しようとするが間に合わず、捻れた剣が腹部に突き刺さった。
「転移してくるのかよ! くそ、思いっきり喰らっちまった」
刺された箇所から、赤色をしたポリゴンのエフェクトが飛び散る。
HPが大きく減るのを感じながら、俺は剣を振って亡剣士の腕を切り落とそうとした。
「ちっ、さすがに斬れないか。カルシウム取りすぎだろこの骨!」
しかしながら、俺の剣は腕の骨とぶつかった瞬間、ガキンッと音を立てて弾かれてしまう。
俺は腹に刺さった剣をなんとかしようと、力を込めて言い放つ。
「この骸骨が。思いっきり《爆ぜろ!》」
言い放つと同時に、亡剣士の目の前に赤色の魔術陣が出現する。
そして次の瞬間、頭蓋骨目掛けて大爆発が起きた。
俺の腹から剣が抜けて、亡剣士と一緒に後方に吹き飛んでいく。
(これでだいぶダメージは与えられたかな)
今の魔術は、爆発。
魔力を込める量で威力が変わる、爆発を起こすシンプルな攻撃魔術だ。
「今がチャンスだ。全力でぶった斬る!」
俺は亡剣士の方に走って距離を詰め、剣を勢いよく薙ぎ払う。
「紅月流……紅波!」
剣の柄に嵌まった紅い結晶から鮮血が滲み出し、剣身に纏う。
真っ赤に染まった刃が亡剣士の肋骨を捉え、そのまま骨を砕き斬った。
次の瞬間、手応えが感じられなくなるのと同時に、亡剣士が再び視界から消える。
「また転移か。次はどこか――」
グオォォォォォォォォォォォオオオン!!!
突如として、静寂な砦に号哭が響き渡った。
(来たか、第2フェーズ!)
視線をボスエリアの中央に向けると、眼窩から青色の火が燃え出ている亡剣士の姿があった。
こちらを向いた亡剣士と目が合うと、ギロリと睨まれたような感覚を覚える。
俺は剣を握り直すと、地面を蹴って走り出した。
亡剣士が視界から消えた瞬間、勢いよく剣を振るう。
目の前に現れた亡剣士の剣と俺の剣がぶつかり合って、金属音を響かせる。
弾かれるのと同時にもう一度剣を振り、さらに剣同士が衝突する。
俺は亡剣士から少し離れると、一瞬で刺突の構えを取る。
「紅月流、紅炎!」
鮮血を纏った剣身が波打ち、素早く火が燃え出ている眼窩の片方に突き刺さった。
しかし、亡剣士はそれをものともせずに剣を振ってくる。
「ぐっ!」
相手の剣に、横から胸部を斬られてダメージを受けてしまった。
俺は剣を引き抜くとその反動を利用し、回転して勢いをつけて剣で薙ぎ払おうとする。
しかしながら、斬撃は剣を構えた亡剣士に防御されてしまった。
お互いに譲らない状況の中、さらに力を込めた亡剣士によって俺の剣が弾き返されてしまう。
その隙に、亡剣士が首を狙って剣を振ってくる。
俺はそれに対応して、すぐに剣を構えて相手の攻撃を受け流した。
ガクンッと亡剣士が体勢を崩したのを見た俺は、好機と思い魔法を放とうとする。
「《アイシクルエッジ》!」
そう唱えると、俺の足元から冷気が出てくる。
次の瞬間、地面から生えてきた何本もの氷柱が、無防備になっていた亡剣士の体を貫いた。
いくつかの氷柱は骨を砕きながら、他の氷柱は骨と骨の間をすり抜けながら貫いたことで、亡剣士の動きを封じることに成功した。
(相手が動けない今がチャンスだ。これで確実に仕留める!)
俺はそう考えると、剣を一瞬で鞘に戻し、浮遊する禁魔書を掴んで目の前に持ってくる。
「喰らえよ喰らえ、惰食の竜よ。全てを貪り、無に帰せよ……」
詠唱を始めると、体内の魔力が俺の体から禁魔書に吸われていくのを感じ取った。
亡剣士と俺の頭上に、直径5メートル程の黒色の魔術陣が浮かび上がる。
「第4階魔術……《空虚なる竜頭》」
魔術陣から現れたそれは、まさに黒き竜。
竜は亡剣士に近付くと、大きく口を開き……
バクンッ!!!
と、ただ喰らった。
次の瞬間、魔術陣が音を立てながら割れていき、それと共に竜の頭も霧散する。
そこに残されたのは、上半身を失った亡剣士の姿。
それもすぐにポリゴンの粒子となって消えてしまう。
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静嘆の黒砦エリアボス・静嘆の亡剣士の討伐に成功しました
経験値2895を獲得しました
レベルが1上昇しました 91→92
ドロップアイテム
・魔結晶(静嘆の亡剣士)×1
・砕けた骨×16
・灰被りの大骨×2
・静嘆の遺灰×3
25620ゴールドを獲得しました
称号《静嘆の葬送者》を獲得しました
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「ふぅ……倒せたーーー!!!」
嬉しさのあまり叫んだ俺は、思いっきりガッツポーズを取った。
「亡剣士も倒しちゃったし、次は何をしようかなぁ」
ドロップアイテムなどを確認し終えた俺は、そんなことを考えながらダンジョンの最深部にある、転送用の魔術陣に飛び乗った。
気が付けばそこは荒廃した都市のような場所……このダンジョンがあるエリアである。
「うーん、とりあえずキリがいいし、今日はもう終わろうかな。《送還》っと」
禁魔書を仕舞いながら歩いていると、唐突に右足が泥沼に踏み入れたかのように沈んでしまう。
驚いて右足に目を向けると、そこには完全に地面を無視して沈んでいく右足の姿があった。
「は? なにこれ……って抜けない!? ちょ、どうなって、抜けないんだけど!?」
慌てて右足を掴んで引っ張るが、びくともしないどころか右足はさらに沈んでいってしまう。
見たことも聞いたこともないバグに呆然としながらも、俺は必死に対応を考え出した。
しかしながら、気が付けば右足は何もできないまま膝上まで沈んでしまっており、いつのまにか左足も地面にめり込んでいた。
「ダメだ、俺にはもう手に負えん。めんどくさいけどGMコールしよう」
自分での対処に諦めをつけた俺は、このバグをGMに通報して助けてもらおうと決意した。
GSOの運営は、なかなかに厳格なことで有名だ。
バグを報告すれば数十分、下手すれば数時間は拘束されることになり、プレイヤーに危害を加えれば、それはそれは恐ろしい制裁が待っている。
だからこそ俺は、限界になるまで渋っていたのだが……GMコールをしようとして、俺は絶句した。
「……は? メニューが、開けない?」
何度も操作をくりかえすが、メニュー画面が開くことはなかった。
つまり俺は、GMコールはおろか、ログアウトすらも出来ない状況にいる、ということだ。
無駄な足掻きをしているうちに、俺の腰あたりまで地面に沈んでしまっていた。
「はぁ……もういいや。別に死んだとしてもリスポーンするだけだし」
そうぼやいて、俺は抵抗するのをやめる。
首のあたりまで地面に沈んだ瞬間、俺の意識は暗転した。