「お前を愛することはない!」「お見合いではありません!あなたの恋人の調査報告ですわ」
「俺の想い人はただ一人!いくら反対されようが、あの男爵令嬢を諦めるつもりはない!……身分違いを理由にして、彼女との仲を引き裂こうとしても無駄だ!!お前を愛するつもりはない」
公爵家の御両親の前で、彼はそう叫びました。
現実で耳にしたのはこれが初めてなのですが、こういったセリフは『後はお二人だけで』となってからいうものではなかったでしょうか……。少なくとも物語の中ではそうだった。あまりに痛々しい姿に、そんな馬鹿なことを考えてしまいます。
「あなたの事情は知ってます。本日はお見合いに来たのではありません。あなたのご両親に頼まれていた調査報告に来たのです。うちの家業をお忘れですか?」
我が伯爵家は、諜報に関わるお役目を引き継いでいるのです。王国情報局の長官も当主の父です。後継は兄ですが、妹のわたくしは独立して一般・貴族向けの調査局を立ち上げました。
商談や見合い相手の調査や、浮気調査、迷子のペットの捜索など、転生者なのでこういった需要があることを既に知っていたのです。前世の影響か、娯楽作品の探偵モノや起業への憧れもあったので。
こちらの公爵家の三男坊とは幼馴染。父の仕事関係での繋がりです。
幼少期には季節の花を愛でる茶会や昼食会、ピクニックにもご一緒させて頂きましたね。
公爵閣下は不正に厳しい建設大臣閣下でもあらせられるのです。そのため身内のように親しく付き合えるのは、うちのように中立で信頼の置ける家門に限られてしまいがちで……。
後継者でもスペアでもなく婚約者のいなかった彼にも、最近になって恋人が出来ました。ご両親も甘やかしていたわけではないのですが、どうにも舞い上がってしまって、周りが見えなくなっているようで……。
親兄弟が反対すればするほど、耳を傾けてはくれません。『彼女は相応しくないから、せめて他のお嬢さんを』と言われれば、反発心から余計に向きにもなるのです。
わたくしは『しっかりとしたお嬢さん』としてあなたのお見合い相手に呼ばれたのではありません。身内の言葉よりも、客観的な根拠をと言われまして、こうして件の男爵令嬢の調査報告をお持ちしたのです。
「実際にお読み戴いていかがお思いですか?……ご両親から否定されてきた理由がこれで理解できましたか?」
「う、う嘘だろ……。そんな、まさか彼女が……。俺はなんてことを!!」
大人は分かってくれないのではなく、あなたを不幸にはしたくないだけなのです。
これには『政略結婚はしなくても良い。己の目で選んだ、人生を供に過ごしたいと思える相手ならば反対はしない』とおっしゃっていたご両親でも反対せざるを得ないですよね。
『身分差があるから自分の選んだ相手を許してくれないのだ!』と耳を傾けてくれませんでしたが、あなたのソレは真実の愛などではないのです。ただの魅了の影響なのです。
身内から否定されればされるほど、彼女への中傷だと意固地になっていただけなのです。
「……夢から覚めました。俺はなんて恥ずべき行為を…………、父上、母上、本当にご心配をおかけ致しました。我が公爵家の子息として相応しくない所業の数々、誠に申し訳ありませんでした」
「よかった。ようやく、ようやく分かってくれたか……」
「どんなに愚かな行いをしようと、あなたはわたくしたちの大切な息子。一緒にやり直しましょうっ!」
ご両親に肩を抱かれ泣きじゃくる姿が、胸に響きます。同い年の彼のこんな所は初めて目にしました。このような報告をするのは心苦しかったのですが、息子の目を覚まさせて欲しいと頼まれては致し方ありません。結果的には良かったのでしょう。魅了の魔法薬の怖い所はその副作用にもあります。恋の魔法はこれで解けても、思考力・判断力の低下など様々な影響から脱するまでには、時間が必要。ご両親の支えは重要でしょう。
「今日は来てくれてありがとう……。このまま溺れたままでいたら、取り返しが付かないまでに家名を汚していたことだろう。本当にすまない……。酷い言葉を浴びせた上、みっともない所を見せてしまった」
「いいですわよ。今日の所は許して差し上げますわ」
「誠に申し訳ない……。これでは君にはもう頭が上がらないよ。ところで……、そちらの彼は?」
えぇ、後ろに控えているのは、わたくしの婚約者です。先程も資料を差し出した彼は仕事上のパートナーでもありますの。このような状況で婚約者と伺うのはどうかとも思いましたが……、信頼できる相手との関係を見せて欲しいとも頼まれましたので。経理業務が得意なこちらの子爵家の彼は、経営者のわたくしには、最適なお相手でしたのよ。
昔馴染みのあなたには理解できないでしょうが、これでも起業したことで多くの縁談をいただきましたのよ。上位貴族の御子息や近衛騎士様、麗しい貴公子、その中でわたくしは彼を選びましたの!運動も計算も苦手な本の虫だったのはお互い様ですが、こんなわたくしでも今は良縁に恵まれ幸せですわ。
だから大丈夫ですわよ。乗馬も剣技も克服したあなたの向上心を、わたくしは信じております!!
また立ちあがれますわ。不器用でも努力家のあなたの未来は閉ざされておりませんし、今度はきっと良い方が見つかりますって。本当に大丈夫だから、もうこれ以上泣かないでくださいましな……。
幼馴染として、あなたの幸せを願っておりますわ。
◇◇
「『冷徹計算機』と呼ばれる建設大臣閣下も、息子には弱いのだな……」
「そういった人の弱みに付け込むのが、犯罪者の手口ですわ」
帰りの馬車で我が婚約者と共に、思わずため息をつきます。
今時魅了なんて古典的な手口に引っかかるなんて……というのは簡単です。
隙を見せないことは重要ですが、騙されるほうが悪いとは言いません。
犯罪者と取り締まる者とはイタチゴッコなのです。手口はどんどん巧妙化していくものなのです。
男子の選択科目の剣術の授業の後に、メイド服を着た男爵令嬢がやってきて皆に飲み物とタオルを手渡していたそうです。
王都の貴族学園は男女別学で、専攻科目に関わる教員も同性のみであることが一般的です。ですが教員でもなく、メイド服を着ていたことから、つい屋敷と同じ感覚で受け取ってしまったという箱入り息子は少なくありませんでした。
『見知らぬ者から飲食物を受け取らない』など子供でも知っている常識ですが、まさか学園で……という訳です。
親が再婚し義母に冷遇されているため空き時間に下働きをしていると語る男爵令嬢は『辛い日々の中でも、あなたのようなひた向きな方を見ていると、自分もまだ頑張れると思えるのです』と健気なふりをし囁くのです。魅了の香を振りまいたタオルを手渡しながら。
『あなたのような優しい人に会えてよかった』なんていいつつ、飲み物も差し出します。
この飲み物に盛られるのは、特定の相手のみなのだとか。
尚且つ親しくなってからという点が、彼女の手口の巧妙な所です。
さすがに口にするものには警戒する方も多いですからね。
タオルはあくまで補助で、警戒心を解く程度の弱い魅了。
飲み物を訝しんだものも、一度調べてそちらには何も問題なければ次は口にしてしまいます。
信頼・依存性・強い愛着を覚える効果のある、危険な魅了の魔法薬が混入された飲み物を……。
そうして交流を重ねることで、彼らは皆『健気な彼女を自分だけが救えるのだ!!』なんてのぼせあがってしまったようでして、周りも様子がおかしいとは思っても、ただの恋煩いだと見過ごしていたのです。今回の調査結果はもちろん国へも報告済です。どうか背後にいる者まで辿り着きますように。
魅了の魔法薬を経口摂取した影響が抜ける切るまでは、数カ月はかかるそうです。
その間は謹慎してリハビリの日々を歩むことになります……。
幼馴染を汚したヒロイン気取りの男爵令嬢には、本当に腹が立ちます。
この国には転生者がそれなりにいるのです。彼女もその一人で。自分は『ヒロイン』だと乙女ゲームの話を相手を選ばずしていたことから、ハニートラップ要員に使えると、洗脳再教育をさせられてしまったようなのです。王家や上位貴族の内情や子息の弱みを把握していると匂わせたのですから、それはそうなりますわよね……。現在は既に拘束されているとのこと。
「あの方も元は被害者でも、加害者側に回ったのですから許せません」
「幼馴染の彼は?大きな被害は未然に防げたけれど、あいつだってヒロインに騙されて情報漏洩していた愚か者で加害者じゃないか!」
「意地悪ですわね……致命傷に至る前には何とか間に合いましたし、間に合わせましたのよ!わたくしのえこひいきと言われようと、彼をあまり責めないでやって下さいませ。……やり直して欲しいのです」
「ごめんっ。たしかに意地悪だったね。うちの身内はたまたま逃げ切れただけなのに、盛られた方を悪く言うなんて……、卑怯だった…………」
幼馴染は乙女ゲームの攻略対象の一人で、父や既に文官として実績のある兄君たちとは違う騎士としての道を志すというキャラクターだったそうです。
家庭に仕事を持ち込まない公爵閣下でも、兄君方の仕事の相談や愚痴には耳を傾けてしまいます。
そういった些細な話にだって、利用価値を見出す者はいるのです。
幸いなことに、公爵家も他の被害者(攻略対象)となった子息たちも、まだ重要な機密は漏らしておりませんでした。どこの家門でも通常は、学生風情が触れられるような情報は限られておりますので。
「あなたの兄君も攻略対象でしたものね……」
「うちの兄が留学していて本当によかったよ。学園にいたら兄だけでなく殿下も危なかったから」
ダークヒーロー枠の兄君は、既に彼の実家の家業に関わっており、通称王家の影と呼ばれる存在です。第二王子殿下の留学に付き添える年齢の者ということで特例で学生ながらに拝命されたそう。見習いの彼が攻略され、殿下の安全が脅かされたらと思うと…………ゾッとしますわね。
「家業に適性がなかったのは、公爵家の彼だけではなくて、俺も一緒だろ。……なのに、あれだけ両親に愛されてて君からも慰められて……、そんな姿に嫉妬したんだ。認める。どーせ俺は運動も出来ないしね」
「あらあら、困った方ね」
「ごめん、本当みっともないよね……何を言ってるんだろう、さっきから。……うわー恥ずかしいっ!!愚か者は俺の方かもしれない!!」
最後の盾を担う家門ゆえ、幼少期から厳しい訓練を課せられてきた彼は、見切りを付けられるのもまた早かったのです。戦闘適正において基準を満たせなかったことで、十二歳になる前に別の仕事を探すよう言いつけられました。
いろいろと思う所もあるようですが、お陰で早くにスカウトさせて頂きましたわ。
命がけのお仕事ですから、もしかしたらそれもご両親なりの愛の形なのかもしれませんけれど。真実は分かりませんし。彼にとっての事実こそが大切です。婚約者だからこそ、安易に踏みこみ、ご両親を庇う言い回しは止めておきましょう。難しい問題ですので、なるべく彼の気持ちに寄り添いましょう。
「愚か者でも、何でもわたくしとお揃いですわ!!運動以外の努力をしたところも含めてお揃いですし、一番のえこひいきをしてさしあげましてよ!!我が民間情報局を共に運営できるのはあなただけですので、頼りにしてますわよ。我が婚約者様」
「うわー、どうしよう、どうしよう……。すっごく嬉しいんだけど。…………欲を言えば、もっと甘く愛をこめて言って欲しいな。我が婚約者様」
「そう思うのならば、そちらからそうして頂けますか?婚約者様」
「了解いたしました。婚約者様のお望みとあらば!!」
諜報のお仕事の関係で耳年増でもあるはずなのに、わたくしたちはどうにも照れ屋で愚か者なのです……。
前世があっても無くっても、二人でいると、いつだって愚か者になってしまうのですわ。
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次作へのモチベ上がりますのでよろしくお願いします。
他の短編も全て名前なしで構成されています。
お時間のある方はお読みいただければ、幸いです。