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【コミカライズ進行中】ざまぁされる姉をやめようと頑張った結果、なぜか勇者(義弟)に愛されています

作者: risashy

 村一番の馬車が、ガタゴトと音を立てて王都へ向かう。

 

 馬車の中は、私と両親の三人。

 昨夜両親は多くの村人達と盛大に祝杯をあげ、夜遅くまで騒いでいたので、寝不足なはずだ。それでも二人の表情は明るく声は弾んでいる。


「本当にキリアンが魔王を討伐するとはなぁ」

「私たちを祝勝パーティーに招待してくれるなんて、本当に嬉しいわ。ねぇ、レイラ」


 母に水を向けられ、私は言葉に詰まる。それでも何とか努力して笑顔を作り、「そうね」と母に答えた。


 十年前、両親が孤児院から養子に迎えた弟、キリアン。神殿に下った託宣により、彼は勇者となった。

 勇者キリアンは聖女、魔術師、剣士と共に魔王討伐へ出立し、数々の苦難を乗り越えた末、見事魔王を討伐した。


 そして開催される彼らの祝勝パーティーに出席するため、私たちは王都へ向かっているという訳だ。


 できることなら私は行きたくなかった。しかし招待を拒否することはできなかった。


——勇者キリアンの姉、レイラは必ず出席するように。


 招待状と共に届いた手紙。その差出人はなんと国王陛下だった。王様からの命令を無視できるはずがない。


(キリアン……私を断罪するつもりなの?)


 私はずっと、必死であがいてきた。

 全ては私たちに待ち受ける断罪という運命から逃れるために。



◇◇◇



 ざまぁされる登場人物というのは、物語において必要な舞台装置である。

 主人公を虐げ、存分に読者からのヘイトを稼ぎ、そして終盤気持ちよくざまぁされる。読者はその時を楽しみにストレスを我慢していると言ってもいい。彼らがいかに惨めで凄惨な末路を辿ったかを確認することで、この物語を読んで良かったと思えるのだ。


 私は九歳のとき、自分が——両親が、そして村全体が——その立ち位置にいることに気付いてしまった。

 つまり私は、前世で楽しんだ小説の世界に生まれ変わった転生者という存在だった。


 その事実に気付いたのは、両親が彼を引き取ってきた日——父に手を引かれた小さなキリアンを見たときだった。彼はやせ細り、でも天使みたいに綺麗な顔して、小汚いぼろをまとっていた。


(この顔、挿絵で見たことある……!)


 挿絵? この記憶は何?


「レイラ。この子はお前の弟になるキリアンだ」


 村長の娘、レイラ。それは私。

 それって、勇者キリアンをいじめて、いじめ抜いて、最終的にざまぁされるレイラなのでは——?


 あまりの衝撃に、その日私は高熱を出して寝込んでしまった。


 それから思い出したのは、前世でぼろぼろになるまで読んだ小説について。


 キリアンの同い年の姉レイラは、孤児だった義理の弟がとても受け入れられず、徹底的に彼をいじめた。その上、村長の娘という立場を利用して、村の子ども達にも彼をいじめるようにけしかける。次第にキリアンは村で孤立してしまう。

 そんな逆境に立ち向かうように強く成長したキリアン。神殿に勇者の託宣が下されると、彼は勇者として王都から迎えられる。

 仲間と旅に出た彼は、長い旅路の末、ついに魔王を討伐する。

 その後開催された祝勝パーティーで、キリアンは村を糾弾し、断罪をおこなう。

 そして共に魔王を討伐した仲間の一人、聖女と結ばれるのだ。


 勇者キリアンは愛する聖女と共に幸せに暮らしました。めでたしめでたし……じゃない!


 キリアンの断罪によって、両親と私は酷い末路を辿るはずで……。確か荒野みたいなところに置き去りにされ、死ぬしかないみたいなシーンで終わった気がする。


 そんなの、絶対に嫌だ。


 でもキリアンがいじめられなかったら、彼は逆境に立ち向かい、強い心を持つ機会が失われてしまうのでは?

 そのせいで魔王を討伐できなかったら、世界はどうなってしまうのだろう。


 熱にうなされながら、私は決意した。

 小説の通り、私はキリアンをいじめる。でも他の子どもは巻き込まない。

 断罪は断固阻止だ。断罪の理由となるのは、村ぐるみで行った違法植物の栽培などの悪事だった。

 何とか両親が悪事に手を出す前に阻止する。善良に生きていれば、キリアンも断罪なんてしないはず。

 今後の断罪回避のため覚悟を決めた私は、そのまま眠りについた。



 体が回復して、決意した通りにキリアンをいじめようとした私はすぐに大きな問題にぶち当たった。


(主人公が可愛すぎる件……!)


 金髪碧眼で、人形のような目鼻立ち。頑張って字や計算を覚えようとする姿が尊すぎる。小説のレイラはよくもこんな天使を虐げられたものだ。


 どうしても小説のレイラのような所業ができない私は、苦肉の策として、彼を無視することにした。


「レイラ」

「……」


 彼から話しかけられても、隣にきても、そこに彼が存在しないかのように振る舞った。


(ごめん、キリアン……これも君が立派な勇者になるためなのだ!)


 内心では彼に詫びつつ、その後も私は徹底的に彼を避けた。



 想定外な事も起こった。村の子ども達が勝手にキリアンをいじめ始めたのだ。私は何もしていないのに!

 私はめちゃくちゃ焦った。


(キリアンが村を恨む理由を作るなぁ!)


 私はいじめっ子たちをこっそり連行すると、彼らの目を見て話した。

 キリアンは確かに元孤児だけど、今は村長である父の養子であり、私の弟であること。キリアンを受け入れてくれたら私も嬉しいことなど。

 説得が効いたのか、とりあえずいじめは落ち着いた。


 またこんな事にならないように、私はこっそり手を回すことにした。村で生活する上で必要な技術をキリアンに学んで貰うことにしたのだ。


「キリアンに薬草採集について教えてあげて」

「キリアンに兎の狩り方を教えてあげて」

「キリアンに動物の解体を教えてあげて」


 私が作ったお菓子をエサに子どもたちへ声をかける。お菓子欲しさに子どもたちはキリアンへ手とり足取り教える。キリアンもぐんぐん吸収する。

 孤児院育ちで何も知らないから、子どもたちは彼に反感を持ったらしい。

 でもこれで彼がいじめられる要因は減ったはずだ。



 両親の不正対策も頑張った。

 そもそも父が不正に手を染めるのは、村が貧しいからだ。こんな時こそ前世の知識でチートすべきだろう。


「お父さん、機織りを効率化したらどう? 子どもが小さいお母さんに声をかけて同じ場所で働いてもらうの。子守と機織りで交代して、工程に分けて作業したらきっと今よりたくさん、よそに売れるほど布が織れるわ」

「お父さん、この道を広くしたら? この道が馬車で通れるようになったら街まで物がうんと早く着くわ」

「お父さん、山のふもとにある温泉をきれいに整備したいな。男性向けと女性向けで建屋を作って、脱衣所も作るの。ついでに横に宿を作ったら最高よ」

「お父さん、魔物を狩った冒険者向けの素材買い取りをしたらどう? 道も整備したし、商人を呼び寄せられるわ。冒険者たちがもう少しうちの村で滞在してくれるわよ」


 思いつくままに父に助言していく。

 私が十六になるころには、村は拡大を続け、それなりの大きさになっていた。



 私と同じく十六になったキリアンは、本当に素敵な男の子になっていた。

 元々天使のように整った顔立ちの彼である。近頃はどこか色気まで漂うようになった。しかも村の生活の中でその体は鍛え上げられ、ヒョロヒョロだったあの頃の面影は見当たらない。

 当然キリアンは村の女の子から人気がある。キリアンが女の子から話しかけられている場面を度々見かけるようになった。さすがヒーローだ。


(残念ながらキリアンはいずれ勇者になって聖女様と結ばれるのよ)


 キリアンと仲良くなったところで、そこで関係は終わりである。

 しかし私には良い感じの男の子なんて全然できないというのに、モテモテのキリアンが少しだけ羨ましい。




「レイラ、この前商人と話していてな、良い養蜂家が村に来てくれそうなんだ」

「やったわ、お父さん。蜂蜜はもちろん、蜜蝋もいろいろ使える!」

「おぉ、楽しみだ!」


 今や裕福で活気あふれる村の村長になった父に、不穏なことをしでかす空気は一切ない。ついでに私も村長の娘の立場を利用して好き放題している。


 蜂蜜を合法的に沢山手にする機会に恵まれそうで、私はわくわくと胸を弾ませた。蜂蜜を手に入れたら、あれもこれも……と自然と顔がほころぶ。


「レイラ」


 最近、キリアンから度々話しかけられるようになった。村の中でばったり会うこともしょっちゅうある。良く分からないが、とりあえず塩対応で通している。

 すでに彼は強く育っているし、私ごときに無視されたところで逆境とは言えないかな、と勘付いてはいるが、今さら愛想よくするのも変だし。

 キリアンから声をかけられたときは、平常心を保つように自分に言い聞かせ、できるだけ冷たい表情を作る。


「何よ」

「次は何を始めるんだ?」

「あんたには関係ないでしょう」

「あるよ。だって俺は次の村長だろ」


 違うわ。あなたは勇者になって王都で幸せに暮らすのよ。


——なんて言えるはずもなく、私はぷいっと顔をそらす。キリアンの顔面はかっこよすぎて、見ているともうツンツンした態度を取れなくなりそうだから。


 私はそのまま彼に背中を向けた。キリアンからはさっさと退散が吉なのだ。




 順調だ。

 十七歳の秋、星祭りの夜。神殿の使いがやってきて、彼は勇者になる。

 彼は良い感じに育っているし、なんなら小説のキリアンよりも逞しくかっこいい仕上がりだ。

 

 しかしそんなある日、キリアンは流行り病に倒れた。



 前世と違って、人はただの風邪で簡単に命を落とす。

 しかも今回の流行り病は質が悪いようだ。機織りに来ている女性の夫も、私が文字を教えている子ども達も何人か死んでしまった。


 でもキリアンは主人公で、勇者なのだから、こんな風邪で死ぬはずがない。


——本当に? 本当に小説の筋書きは絶対なの?


 今お父さんは善良な村長で、ここは小説に出てくるしがない村ではない。村の子供たちはキリアンを疎むどころか憧れている。

 今の状況は小説とは大きく変わっていた。

 行動によって未来が変わるのは私が一番よく知っていることだ。


 だからキリアンがここで死んじゃっても、おかしくないかもしれない。


 そう考えると居ても立っても居られず、私はキリアンの部屋に入る。彼は苦しそうにうなされていた。ずっと何も口にしていない。見て分かる程、彼は衰弱していた。


「どうしよう。キリアンが死んじゃったらどうしよう」


 私は口元にマスク代わりの布を巻き、閉め切られたキリアンの部屋の窓を開け、空気を通した。そして水を飲ませ、体を拭く。


「レイラ……? なに、して……」

「黙って寝てて」


 朝も夜もなく、キリアンの部屋に通った。両親に止められても、私は聞かなかった。

 なかなか彼の熱が下がらない夜、私は涙が出てきた。

 ずっとキリアンに冷たくしてきて、自分のことばかり考えて。傷つけるだけで、勇者になる前にキリアンが死んじゃったらどうしよう。


「死なないで……キリアン、お願い。死なないで……」



 数日すると、しつこい風邪は快癒した。

 私はホッとして、看病をやめた。あんなに狼狽えてしまった自分に、少し呆れてしまう。やっぱりキリアンは主人公で、勇者なのだから、風邪程度で死んじゃう訳がなかった。


「レイラ!」

「……」

「今からどこ行くんだ? ついて行くよ」

「来ないで」


 元気になったキリアンが私に構ってくるようになった。私はこれまで通り彼をあしらう。無視する。




 暑かった夏も終わりに近づき、漂う空気がカラッと乾いてきた。風が冷たくなり、葉の色が段々と色づいてくる。

 秋に開催される村の大きな行事、星祭りでは、実りを感謝し、舞を踊る。夜は大きなかがり火をたいて、その周りで宴会をする。


 この辺りでも魔物は出るが、村に沢山滞在している冒険者たちが毎日魔物を狩ってくれているので私たちは普通に生活できている。でも魔王がいる限り、魔物の数は増え続ける。

 小説では村中が祭りに盛り上がっている中、王都から豪華な馬車がやってきて、キリアンを連れていくのだ。


 その日がもうすぐそこにきていた。



 星祭り当日。村長の娘である私は舞を踊った。

 こう言ってはなんだが、私はわりと美人である。といってもそれは村の中での話であり、大きな街にいけばもっと美人な子がいるのは知っている。それこそ聖女様なんて、女神みたいに綺麗なのだろう。

 それでも村の中で一番美人な私が舞を踊ると、けっこう評判が良い。

 踊り終わると共に大きな喝采を浴び、家に一旦帰ると、なぜかキリアンがいた。

 なんでこんなとこにいるんだ。君は今、かがり火の宴会に参加して、そのまま王都へドナドナされるはずだろうに。


「なにしてるのよ。祭りに戻りなさい」

「レイラ」

「私、今から着替えたり、忙しいの」

「舞、きれいだった」


 不意打ちをくらい、私は目を見開いた。

 本当にびっくりする。この顔でお世辞まで言えるなんて、そりゃ聖女様と結ばれるよね。


「父さんから聞いた。そろそろお前を結婚させるって」

「えぇ」


 私の夫の候補者は沢山いるらしい。中には領主様の息子なんて人もいると聞いて驚いた。

 私は他の村に行くつもりはない。自分が始めた色々な事業にはこれからも関わりたいし、まだまだやりたいこともある。だからお父さんには、結婚するなら村の誰かか、こちらに移り住める人が良いなと言っている。


「レイラと結婚するのは俺だと思ってたんだけど」


 また不意打ちだ。私は声につまり、思わずキリアンの顔をまじまじと見た。


「レイラ。本当に俺のこと嫌いなの?」

「訳の分からないこと言わないで」


 キリアンは突然距離を詰めると、私の両腕を掴んで壁に押し付けた。

 これは俗に言う壁ドンというやつでは?

 思わぬ展開に私はうろたえてしまう。


「質問に答えて。俺を見ろよ。何で俺を無視する? 何で俺には笑わない?」

「きっ……嫌いだからよ」

「じゃあ何であんなに泣きながら看病したんだ」


 あぁ、本当に失敗した。

 彼は高熱にうなされていたから、忘れてくれるかと期待したけど。全部覚えているみたい。

 私は彼の手をほどこうと頑張った。でも彼の力には到底かなわない。


「俺は、お前が好きだ」


 キリアンは私の顔をじっと見て、端正な顔を近付けてきた……


「キリアン! キリアン、いるか!? すぐに来い!!」


 ドンドンドン、と激しく扉を叩く音と、大きな声に彼はピタリと止まった。お父さんの声だ。

 互いの唇が触れてしまいそうなほど近くに、キリアンの顔がある。一体何が起きているのだろう。頭がおかしくなりそうだ。


「呼ばれているわよ」

「……くそっ!」


 ようやく私を解放し、キリアンは離れた。私の心臓はうるさいぐらい早鐘を打っている。

 きっと神殿の迎えが来た。勇者の託宣が下りたのだ。


「レイラ。後で話そう」


 そう言い残し、彼は家を出る。力の抜けた私はずるずると床に座り込んだ。


(後、なんてない)


 これからキリアンは勇者となり、魔王討伐の旅に出る。こんな田舎の村は彼にとって感傷に浸るだけの対象になるだろう。


——もう二度と会えないかも。


 私はのろのろと立ち上がり、家を出る。かがり火の場所まで走った。

 村の大通りに、豪華で立派で、場違いな馬車が止まっている。神官らしき人たちが数人、両親とキリアンの前に立っていた。

 そこにいる村人たちは騒然として、事態を見守っている。


「ふざけんなよ、俺は行かない!」

「勇者様。これは神の御意思なのです」


 小説ではキリアンがこんなに抵抗することはなかった。埒が明かないと思ったのか、神官たちが魔法らしき力を使い、キリアンを拘束した。

 神官たちは抵抗をやめないキリアンを無理やり馬車に乗せていく。


「やめろ、やめろっ……! レイラ!!」


 馬車が閉まる直前、突然呼ばれた自分の名に、私はびくりと震えた。

 そのまま馬車は走り去り、残された村人たちはしばし呆然としていたのだった。




 勇者キリアンが魔王討伐の旅に出たという知らせを受けとったのは、それからしばらく経ってからだった。

 ここは勇者を輩出した村になり、村は喜びに沸いた。元々増えていた村の人口はますます増えた。

 新住民への対応に私たちはすっかり追われるようになった。

 私の結婚はとりあえず保留になった。忙しくなったし、両親も「悪いけどしばらく待ってくれるか?」と言ったから。別に結婚願望が強い訳じゃないから、素直にうなずいた。



 たまにあの夜を思い返す。

 あの時、キリアンは私を好きだと言った。


(嘘でしょ。好かれるような態度取ってないわ)


 きっと彼は混乱していたのだ。だってずっと私は彼を傷つけてきた。

 私はキリアンのことは嫌いじゃない。彼が勇者になって強くなるために、必要だと思ったから冷たく接した。


(キリアンが魔王を討伐して、小説の終わりがきて。その後に会う機会があったら……その時は普通に話したいな)


 でもそんな日は来ない。

 キリアンは聖女様と結ばれて、そのまま貴族になって。村のことなんて全部忘れて、王都で幸せに暮らすのだ。

 血の繋がりもなく冷たい姉のことなんて、きっと一時の気の迷いだったと忘れるだろう。




 キリアンが勇者になってから二年が経った。

 勇者の活躍はこんな辺鄙な村でも新聞で確認できる。魔人を討伐したとか、竜を封じたとか、物語のような冒険譚に国中が夢中だ。

 勇者キリアンと聖女様が良い仲らしいという記事もあった。小説と同じように、魔王を討伐したら二人は結ばれるのだろう。


 村で始めた養蜂は上手くいって、目論見通り蜂蜜が沢山でき始めた。そのまま売ったり、お菓子にしたりと、村の女性達と一緒に売り出し方を考えている。蜜蝋もロウソクや化粧品なんかにできるはずだ。商人に相談しつつ、こちらも上手く商品化できるように進めている。

 農家の人も沢山移住してくれているので、ミツバチを貸し出して果物を作って貰っている。甘い果物を食べるべく品種改良するのが今の目標だ。


 温泉も順調だし、いくつか商会の支店も村へ出店し始めた。

 もはやここは村とはいえない規模になってきた。


 キリアンは今頃どうしているだろう。確か小説では三年か四年ぐらいかけて魔王を討伐していた。怪我していないかな。まぁ怪我しても、きっと聖女様が治すんだよね。

 そんな風に考えていたある日、王都から知らせが届いた。


「もう魔王を討伐した……?」

「確かに最近、魔物の数は減っていたもんなぁ。いやぁ凄い」


 早すぎる。驚愕する私をよそに、上機嫌の両親は朗らかに笑っている。


「レイラもドレスを仕立てなければね」

「え、何で?」

「キリアンが王都の祝勝パーティーに私たちを招待してくれているのよ」


 お母さんの言葉に、私はサーっと血の気が引くのが分かった。

 王都の祝勝パーティー。それは、断罪の場だ。


「わ、私……行かない。お父さんたちも忙しいから、やめておかない?」

「何を言っているんだ。絶対駄目だ。家族として行くべきだろう。何より、お前は必ず出席するようにと王命がある」


 そう言って父が出したのは、王都から届いたという書状だった。


——勇者キリアンの姉、レイラは必ず出席するように。


 小説の断罪シーンが脳裏をよぎる。


(何で? やっぱり破滅するしかないの?)


 魔王討伐の旅の間に、彼の心境は変わったのだろうか。やっぱり断罪すべきだと。

 両親が話す声が遠くなる。私はぼんやりと、これからのことを考えていた。



◇◇◇



 パーティーでは、お母さんが張り切って仕立ててくれたドレスを着て出席した。

 会場にはたくさんの美しい食べ物や綺麗な飲み物があるが、何も喉に通らない。表情を取り繕うのがやっとだ。


 しばらくすると会場の扉が開き、そこから勇者一行が入ってきた。

 勇者、聖女、魔術師、剣士。

 拍手喝采の中、彼らは堂々と歩いている。


 短くなった金髪に、鎧の上からでも分かる程大きな筋肉。顔つきが大人びて、勇者キリアンは私の知るキリアンとはまるで別人のようだ。きっと私なんかには想像もつかないような努力をしたのだろう。

 聖女様は小説の挿絵で見た通りの美しいヒロインで、並んだ二人は絵画のようにお似合いだ。


 周囲にならい、私も拍手をしながらキリアン達を称える。彼は私たちの前を通ったとき、射貫くように私を見た。心臓が跳ねる。


(びっくりした……)


 勇者一行が壇上の上に立つ。次に国王が前に出て彼らに労いの言葉をかけた。そして褒賞を与え、各自の望みを叶えると言った。


 聖女には大聖女の称号を。彼女は孤児院の設立を望んだ。

 魔術師には子爵へ陞爵を。彼は魔法学園の設立を望んだ。

 剣士には剣聖の称号を。彼は報奨金を望んだ。


「さて、勇者キリアンよ。貴殿へは伯爵位を授けよう。そして何を望む」


 国王の言葉に、貴族たちは顔を見合わせている。キリアンは勇者とはいえ、平民である上に、孤児だった。それが一足飛びに伯爵とは、破格の待遇だ。


 私の手は小刻みに震えていた。小説では、この時に断罪が始まった。そして村は破滅したのだ。

 キリアンが顔を上げた。


「爵位も何もいらない。俺が望むのは村に戻り、そして義理の姉レイラを妻とすることだ」


 ざわっと会場が揺れる。

 国王は苦笑し、顔を傾けた。


「そなたほどの功績をあげた者に、国から何もやらん訳にはいかんのだ。面倒でも爵位は貰ってくれ。村に戻ることが望みであればそれで構わん。では勇者キリアンには伯爵位と報奨金をやろう」

「……承知した」

「姉君はそなたが自分で口説くがいい」


 ハッハッハッと国王は笑い、そのまま椅子に座ってしまった。


 これで、終わり?

 私がずっと恐れていた断罪の場が終わった?

 断罪はなかった。なかったけれども、一体目の前で何が起きているのか私はまったく理解ができなかった。


 キリアンが真っすぐこちらに歩いてくる。出席者たちはさっと脇へよけ、私へ続く道を開ける。

 彼は私の目の前に立つと、何も言わずに私を横抱きにして会場から連れだしてしまった。




 ずんずんと迷いなく進み、キリアンは噴水がある池がある広場のような場所で止まった。彼は私を下ろし、目の前で跪いた。


「何してるの!」


 キリアンの美しい金髪がさらりと揺れる。私はもうキャパオーバーだ。


「レイラ。有無を言わせないようなやり方をとって、卑怯者だと罵られても仕方がない。それでも俺は、お前が欲しい」

「いっ……意味分かんない! あんた、聖女様と結婚するんじゃないの」

「聖女? 何の話だ。なんであいつが出てくる」

「新聞で見たわ。勇者と聖女は魔王を討伐した暁に婚姻するだろうって」

「……何だよそれ。嘘だ。俺はレイラだけだ。レイラ以外どうでもいい」


 キリアンの眉はしかめられ、信じられないほど不機嫌な声になった。


「俺、旅にでて再確認した。レイラ以上に良い女はいないし、俺はレイラ以外に反応しない」

「な、な、何言って……!」


 私は前世含めて碌に男性経験がない。どう返せばいいのか分からずにただ赤面してしまう。


「あの日の続きをさせてくれ」


 突然、私たちの周囲に色とりどりの光が出現し、辺りを照らし出した。あまりにも幻想的で思わず見惚れる。これはキリアンが出した魔法らしい。


「旅の途中で魔法も習ったんだ。本当は花束を渡すべきなんだけど、ごめんな。レイラが望むなら毎日だって花を贈る。報奨金だってお前がやりたいことに使っていい。俺の全部をお前にやる。レイラ。俺はお前が好きだ」


 そのまま彼はじっと私の顔を見た。


「俺のことを男として見られなくても、それでもいいよ。だから俺と結婚して」


 きらきらと、光に反射する金髪が、青い瞳がなんて美しいんだろう。

 彼が世界を救ってくれた今、もう冷たい態度をとる必要はないのだ。私はその事実に思い当たり、ずっと彼に言うべきだと思っていたことを伝えることにした。


「キリアン。今まで無視したり、冷たくして、ごめん」

「レイラ……」

「私……本当は、キリアンのこと嫌いなんて思ったことない。あなたから嫌われて当然だと思ってたから、何て言うか、驚いてて、戸惑ってる。聖女様みたいに綺麗な人がどうでも良いって、そんなことあるのかって」

「あるよ」


 むきになったように言うキリアンがなぜか可愛く思えて、私は思わず笑った。彼はなぜか泣きそうな顔をして、そんな私を見ていた。


「いいよ。どう考えても私はキリアンに不釣り合いだと思うけど。キリアンの気持ち、素直に嬉しいと思う」


 正直、何でキリアンが私を好きなのかもよく分からない。でも嬉しいと思う気持ちは本当だった。


「キリアン。魔王を討伐してくれて本当にありがとう。私なんかで良かったら、これからもよろしくね」


 私が手を差し出すと、彼はその手をグイっと引き寄せた。私は気が付くと彼の腕の中にいた。力強い腕に抱きとめられ、思わずときめいてしまう。

 この分では、彼に陥落する日も随分早そうだな、と思うのだった。



◇◇◇



 キリアンがさっさとレイラさんを会場から連れ出したのを横目で見て、私は隣の剣士と魔術師と目を合わせた。とても大事にレイラさんを抱き上げる様は、私たちへの雑な対応とは全く違う。


「しっかしあいつ、どんだけ我慢がきかないんだよ。待てもできない駄犬か」

「今頃念願を叶えているんじゃないか?」

「本当にうるさかったものねぇ……」


 勇者キリアン。歴代最短で魔王を討伐した英雄。

 二年間共に旅をした私たちから見た彼は、どこまでも姉に執着するヤバい男だ。



 私は聖女としての力を発現してから、教会で暮らしてきた。教会暮らしは性に合っている。神に尽くし、祈りを捧げる日々は私にとって自然なものだ。

 魔王討伐を達成すれば、何でも褒美を願えると聞く。私は自分の孤児院を設立するために魔王討伐に志願した。


 キリアンと引き会わされた日は忘れられない。

 彫刻のように整った顔に、煌めく金髪。平民とは思えないオーラを纏い、周囲を睨みつけている。

 勇者——魔王が出現したとき、同時期に必ず産まれる存在。魔王を討伐できるのは、勇者だけ。彼は世界を救う唯一の存在というわけだ。


「俺はさっさと魔王を討伐して村に帰りたい」


 そんな彼が私たちに言い放った第一声はそれだった。


「あのな。勇者さんよ。魔王を討伐するだけじゃ駄目なんだ。各地を回って、魔王出現により困ったことになっている街も救わなければならない」

「そんなの知るか」


 一言で一蹴され、剣士はピクリと青筋を立てる。


「各地に赴き、より偉勲を重ね、魔王を討伐した暁には、爵位授与も夢ではないのだぞ。平民である貴殿も……」

「爵位とかいらねぇ」


 食い気味の返答に、魔術師も笑顔のまま冷気が漂い始める。


「……なぜそんなに早く村に帰りたいの?」

「好きな女がいる。早く帰らないと他の男に取られちまう」


 単純な私の疑問に答えたとき、彼の青い瞳が少し和らいだ。その女性を思い出しているのだろう。猛獣のような男の意外な返答に、私は目を丸くした。



 なんとキリアンは国王陛下にレイラさんの婚姻を阻止するように頼んだという。さもなくば魔王を討伐には出ない、と言い放ったとか。

 その場にいた宰相や騎士団長、側近たちは陛下に対するあまりにも不遜な態度に驚き、勇者といえど不敬だと声を出す者もいたらしい。

 そんな中、陛下は彼を不快に思うどころか大笑いしていたという。



 彼の願いを受け、陛下はレイラさんの父へ“彼女の縁談を進めないように”と命じた。

 これで妙齢の女性であるレイラさんの婚期は強制的に遠のいたことになる。私は内心キリアンに引いた。



 四人で旅に出た後も、事あるごとにキリアンと私たち三人は衝突した。先を急ぐ彼と、立ち寄った街の困りごとを解決してあげたい私たち。いつも平行線だ。

 話し合いの末、魔王討伐の手がかりになりそうな件には関わっていくことで決着がついた。

 旅は順調に進んだ。聖剣を手にして、聖鎧を手にして。そして魔王を倒す魔法が書かれた魔導書を手に入れる。

 魔王を倒す道筋が見えた頃には、すでに二年近くが経っていた。



「レイラは冷たい態度しかとらない癖に、実は優しいんだよな……」


 酒を飲んだからか、少し饒舌になったキリアンがぼんやりと炎を見詰めながらつぶやいた。

 また始まった、と思わず半目になる。旅の道中、耳にタコができる位レイラさんの話を聞かされて、もう私たちは身内並に彼女の情報を把握していた。


 基本的に無視する割に、キリアンがいじめられるとこっそり助ける。

 キリアンが村で生きていくためのスキルを身に付けられるように手を回す。

 とんでもない才女で、辺鄙な村を街レベルに発展させる。

 キリアンが寝込んだら泣きながら看病してくれる。


 美人で、スタイルも良くて、健康で、料理も上手くて……。キリアンの口からは彼女を称える言葉が絶え間なく紡がれていく。彼は一目見たときから、レイラさんに惹かれていたという。


「天然だろうけど、俺の想いを募らせるような行動ばっかりしてくるんだよな。優しかったり冷たかったり。かと思えば死なないでって泣きながら看病したり……」

「そんな良い女が何で売れ残ってんだ」

「レイラに近付く男を俺が放っておくと思う?」


 したり顔で答えるキリアンに、ヒューッと剣士が口笛を吹いた。この男はレイラさんに近付く男を裏で排除していたらしい。


「とにかく顔が俺の好みど真ん中なんだ。ちょっとかすれた声も好き。手とか鎖骨とかも綺麗で、なんかエロいし……」


 聞くに堪えない方向に話が向かっていく。彼はここに女がいることをお忘れだろうか。私はゴホンと咳払いをした。


「顔が好みなの? じゃあレイラさんの中身が全然違っても好きになってた?」

「どうだろうな。そんなの考えた事ない。まぁ顔と声がど真ん中なのは変わらないから、性格が悪くても好きになったかも。うん、レイラなら、いじめられてもアリだな。しかも性格が悪いならどう思われてもいいし、手段を選ばずに手に入れたかも」


 炎に照らされた端正な顔が少し残忍な色になる。

 怖い男だ。この男に執着されてしまうなんて、本当にレイラさんは気の毒だと私は思った。



 魔王を討伐した。

 剣士の腕が飛んだり(治した)、魔術師の魂が抜けかけたり(呼び戻した)、色々とあったが、激闘の末、からくも討伐できた。

 魔王を、世界の脅威を、私たちが取り除いたのだ。

 大きな達成感に、ぼろぼろの私たちは涙を流して喜びあう。


「今日は宴会だ!」

「なに言ってんだ。今から帰るぞ」

「は? どこに」

「王都だよ。俺はその後村に帰る」


 キリアンは最近、転移の魔法を習得した。彼は今すぐ、魔王城から王都に転移すると言っているのだ。


「ちょっと待ちなさいよ! せめて湯あみをして着替えて……」

「待てるか!」


 キリアンはそう言うと、魔法を発動させ……次の瞬間には私たちは王宮に立っていた。

 陛下と側近の方々が目を丸くしてこちらを見ている。私たちは泥と汗まみれの酷い有様。あまりの事態に、私は「こいつ馬鹿か!」と心の中で叫んだ。


「魔王を倒した。レイラは!」

「見事魔王を討伐した第一声がそれか。そなた、ぶれないな。安心せい。レイラ嬢はまだ独身だ」


 呆れた様子で陛下が答えている。


(こんな男、ごめんだわ。取引を持ちかけようと思っていたけど無理ね)


 私は男に興味がない。しかし既婚者の肩書が欲しかった。

 私に欠片も興味がないキリアンなら契約結婚の相手として最適と思っていた。彼がこれから押し付けられるだろう爵位を持て余すことは明らかだし、貴族絡みの面倒なことは私や実家が代行できる。それに彼がレイラさんを囲っても私としては全く問題ない。

 これはお互いにとって利がある話だろうと思ったのだ。

 しかしこんな男、仮であっても夫婦にはなれない。この男は駄目だ。私は別の男を探すことに決めた。



◇◇◇



 あれよあれよという間に、私とキリアンは夫婦になった。

 国王陛下から「頑張れよ」と直々にお言葉を頂戴したり、勇者パーティーの皆さまからはなぜか憐憫としか思えないような目線を向けられたり……不思議なこともあったが、最後まで断罪は起こらなかった。


 新聞では、「王都で得られる栄光より、故郷を選んだ勇者」というような書かれ方をしていて、概ね好意的に受け止められているようだ。


 伯爵位を貰ったキリアンは、村周辺を統治する領主様よりも身分が高くなってしまった。

 しかしこの村を離れる気がない私と、私から離れる気がないキリアン。そもそも押し付けられた爵位で、貴族として生きていくつもりもない。


 話し合いの結果、領主様が代官でキリアンが領主という形をとることになった。

 定期的にキリアンは領主館に判子を押しに行く。ついでにうちの村でやっていることを他の村で試したりしているらしい。



 そんな勇者キリアンは今、私を後ろから抱きしめながら、私が作った菓子を食べている。


「幸せ。俺、レイラのお菓子がずっと欲しかった」

「食べていたじゃない」

「レイラが直接渡してくれたことはなかっただろ」


 確かに直接手渡ししたことはなかった。でも彼にだけ菓子をあげないのは心苦しかったので、いつも母を通じて「余った分だから勝手に食べていい」と伝言していた。本当に感じの悪い姉だ。


「ごめんね」

「今こうしているからいい」


 彼はそう言って私の首筋に顔を埋めた。

 さすがに伝わってくる。キリアンは私のことがものすごく好き、らしい。

 勇者で、主人公で。今は伯爵。そんなハイスペックな彼が好きなのがなぜ私なのかは永遠の謎である。


「キリアン」

「ん?」

「好きだよ」


 率直な気持ちを告げる。少し恥ずかしくて、思わずはにかんでしまう。


「やば。めっちゃ可愛い。……嬉しい」


 彼は私に唇を寄せ、何度もキスをする。二人でじゃれ合って、私はいつの間にか眠ってしまう。


「振り向いてくれなかったら俺、何してたか分かんねぇな。レイラの全部を奪って俺だけの世界に閉じ込めたかも。そんな事しなくて良かった」


 キリアンが呟いた言葉は、深い眠りに入った私には届かなかった。





最後までお読み頂きありがとうございました!

勢いで書き上げた短編でした。


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― 新着の感想 ―
キリアンの愛が番のようでたまらない! ニヤけが止まりませんでした
なんなんですか?!素晴らしすぎる‼️‼️‼️もはや褒め称えたくとも語彙力が足らず、この感動を表現しつくせないことが歯痒すぎる!いつも読む物語の悪役とされた者たちの苦悩とそこ知れぬ努力に呆然。それでも果…
[一言] うわーーー 小説ではあれですね、まさに『性格が悪いならどう思われてもいいし、手段を選ばずに手に入れた』んですね。 聖女様とは契約結婚で、置き去りにして絶望したところを助けてレイラを囲ったのか…
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