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穏やかに、確実に、時は流れゆく

X(旧Twitter)の「深夜の真剣物書き120分一本勝負」 のお題に挑戦したものです。

使用お題は『③感無量』です。


キャラクターの簡単な設定はシリーズトップをご覧ください。

「所長。これ、頼まれてた資料です」

「お、ありがとー。ちょうどいいからちょっと休憩しようか。ほら、(あずさ)くんも」

「……わかりました。じゃあ、せっかくなんでお茶請け買ってきますよ。もうすぐなくなりそうだったので。いいですよね?」

 彼女がそう言い出すときは「自分が食べたいものがある」という証拠なのだが、突っ込む者はいない。止めても無駄というより、だいたい素晴らしいチョイスをしているからという理由が大きい。

 かすかな鼻歌をこぼしながら扉をくぐって行った梓を見送ると、牛乳だけを混ぜたコーヒーを応接に使うテーブルに置く。待ってましたとばかりに所長が隣に腰掛けた。

「……うん、おいしい~。すっかり僕好みの味になったね」

「そりゃほぼ毎日淹れてますからね」

「仕事もすっかり手慣れて」

「入所して一年以上経ちましたからね。もちろん、まだまだ勉強不足ですけど」

「そっか、もうそんなに経ったんだ。あっという間すぎて実感がないなぁ」

 うんうんと、納得するように首を上下している所長に同意する。ここに来た当初は、まさか所長と恋人同士になる未来なんて想像すらしていなかった。濃ゆい日々すぎる。

「ここの所員としての貫禄はそれなりについてきたけど、変わらないところもあるよね」

「そう、ですか?」

「うん。結構容赦ないツッコミするところとか、ある意味生意気なところとか」

 失礼なことしか言われていない。まあ、仮にも一番偉い人にうっかりストレートを投げつけてしまうのが悪いのは自覚しているが、所長も所長で特に咎めたりしないのがいけないんだ。

 その張本人はなぜか嬉しそうに笑っている。

「でも僕、(のぼる)くんのそういうところ結構好きなんだよね。なんか、裏表なくて微笑ましい」

 今度は乱された。この人のぶっこみ方、いつもタイミングが読めない。

 どう返すべきかと必死に思考を回していると、肩を引き寄せられた。反射的に視線を向けた先には、やっぱり幸せそうな所長の顔が待ち構えていた。

「ちょ、ちょっと。仕事中ですし梓さん帰ったんじゃないですよ、買い出しですよ、そろそろ戻ってきますって」

「大丈夫だって。梓くんは僕たちの関係知ってるし」

 そうだとしても、実際見られたらたまったもんじゃない!  ……訴えたところで言うことを聞いてくれないのも、悲しいかな一年の付き合いで学んだことだった。

「……だ、だったら。せめてこれ、やめてくれません?」

 頭を優しく撫で続けている手のひらを指差すも、可愛くないぶりっこ声で拒否された。

「君がここに来てからの日々を思い返してしみじみしてるんだもの、無理無理」

 声が甘くて柔らかくて、反論したいのにできない。なんだかんだで、こういう時に感情を誤魔化さないでくれるところが自分も好きだったりする。

 梓が戻らないことを祈りつつ、ぎこちない動きで身体を寄せていく。左側から伝わってくる、徐々に馴染みつつある熱が心地いい。

 始めの頃は反発ばかりして、人間としても新人としてもまるで駄目な人間だったのに、よくクビにされなかったどころか恋人関係にまでなるなんて、本当人生はどう転ぶかわからない。

 今でも単なる気まぐれなのでは、と不安になることもあるけれど……不思議と、このひとの隣にいるとネガティブな感情はたちまち消えてしまうのだ。

「あ、昇くんなんだか可愛い顔してる」

 頭を撫でていた手で顎を掬われた。訊き返す暇をもらえなかった原因は、唇を覆う柔らかい感触のせい。 「あー、そんな反応されると止まらなくなっちゃうなぁ。もっとしていい?」

「っだ、だめに決まってるでしょ! このエロ所長いいかげんに……!」


 コンコン。

 ごほんごほんっ。


 犯人、いや、救世主は誰か、言わずもがな。  慌てて隣を突き飛ばし、平謝りしながら救世主を招き入れたのだった。

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