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久澄村エルフ奇譚   作者: 小町 翔平
34/39

寛治、叫んで。

精神異常者は、自分の精神が異常だとは

思わないそうです。

だいちゃんのおっ父は、どうでしょうか? 


では、どうぞ。


「カンジ」


 呼ばれて、おらは振り向いた。

 縁側で風を受けながら、兄弟らとカブト虫の大きさ比べをしていたときだった。

 誰もいなかったが、声でりっちゃんだとわかった。

 その声は明らかに緊急事態だと物語っていた。


「カンジ」

「どうしただ?」

 おらは声に出した。

 兄弟らは不思議そうな顔をした。

 そんなことはかまわずに、もう一度言った。

「どうしただ?」

「御神木に来て」

「わかっただ」


 一目散に、おらは神社に向かった。

 兄弟らは「兄ちゃん?」「どうしたの?」と声をかけてきたが、返事もしなかった。

 おらは思った。

 りっちゃんが、あんなに切羽詰まった声を出すなんて、絶対に何かあっただ。

 よくないことが。

 流れる汗もかまわずに、きれる息もかまわずに、おらはばんばん走っただ。




 公民館から神社までは大人の足ならちょっこらだ。

 どんな言葉にも、だいちゃんのおっ父は足を止めなかった。

 こっちにくんでねえと斧を振り回すため、近づくことすらできない。

 村のお巡りさんを呼びに行くにしても往復で三十分はたっぷりかかってしまうし、神経を逆なでするのは避けたい。

 みんな、なす術もなくだいちゃんのおっ父の後についていった。

 階段を駆け上り、お社の前を通って、御神木の前に、斧を持っただいちゃんのおっ父は立った。

 嗤っていた。


「見ててけろ。御神木に斧を入れても、しろへび様は現れねえ。いねえからだ。大助は見殺しにしても寛治君は助ける? そんな依怙贔屓があるか。そんなの神様のすることでねえ。神様はいねえんだ。おらが今からそれを証明してみせる」


 みんな口々に止めた。

 神様に斧を入れるなどという罰当たりなことが許されるはずがない。

 どんな恐ろしい天罰が下るかわからない。

 神様に逆らって牙をむいて無事で済むはずがない。

 でも、斧を振り回す相手に、いくら数的に有利だからといって、立ち向かうことはそう簡単にはできない。


 だいちゃんのおっ父は斧を振りかざした。おらが御神木に着いたのはちょうどそのときだ。

 おらは叫んでいた。


「やめろ」


 でも、だいちゃんのおっ父は、斧を振り下ろした。


 鈍い音がして、斧が御神木に食い込んだ。

 悲鳴が上がった。

 膝をついて念仏を唱える者もいた。


「ほら、死なねえ。天罰なんて下らねえ。神様なんていねえからだ」


 そう言って、五度、六度と斧を食いこませた。

 声を上げて嗤っていた。

 誰も動けず、止められなかった。

 いや、ひとりだけ、止めに走った。

 豊兄ちゃんだ。


「おっ父、やめでけれ」


 腕を引っ張り斧を取り上げようとした。

 でも豊兄ちゃんは子どもで、相手は大人だ。

 力比べで勝てるはずがない。

 だいちゃんのおっ父が振り払うと、豊兄ちゃんは吹っ飛ばされた。

 だいちゃんのおっ父は化け物のような形相で怒鳴った。


「豊、お前、俺に逆らうのか」

「やめでけれ、おっ父」

「うるさい。親不孝者が。親に逆らうとどういう目に遭うか、教えてやる」


 そう言うと、だいちゃんのおっ父は豊兄ちゃんに馬乗りになって殴りだした。

 堅く握った拳で、顔を何度も殴ったのだ。

 正気の沙汰ではない。周りを囲む十数人の大人たちの誰もが思った。


「やめでけれ、おっ父」

 涙声だった。

「まだ言うか」


 息を荒くしただいちゃんのおっ父は、立ち上がって懐に手を入れた。


「やめでやれ。もう十分でねえか」

 村長さんが言った。

「何が十分なもんか。こいつには狐が憑いてんだ。見ててみろ」


 懐に入れた手に握られていたのは、子どもの草履を縦に並べたくらいの長さの木製の棒だった。

 先端に目玉の彫刻があった。

 そんな物をいつも持ち歩いていたのかと、背筋に冷たいものを感じた。


 だいちゃんのおっ父は、その棒を天高くかざして叫んだ。


「化け物め。正体を現せ」


神社とか重要文化財とかに

落書きされたってニュースが時々あります。

ほぼ確実に私とは関係がないのですが、心が痛みます。

それが千年以上前からある村の御神木だったら。

落書きなんかじゃなく斧で斬りつける、だったら。


すべてに優しくありたいですね。

では、また。

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