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久澄村エルフ奇譚   作者: 小町 翔平
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寛治、満天の星空の下で。

私がこれを書いている今は「おはようございます」

なのですが、あなたがこれを読んでいるときは、

「こんにちは」ですか? 「こんばんは」ですか?


雨模様ですが、お互い頑張っていきましょう!

 おらが寝ている間に時間が昼から夜になっていた。

 満天の星空とでっかいお月様を見ることができた。

 今よりも小さい頃におっ父から教わったから、月の位置から判断して、今はまだ夜になって浅い時間だとわかった。

 おらが月を見上げたからか、女の子も夜空を見上げていた。


「綺麗だ」

 

 思わずつぶやいてしまって、おらは慌てただ。

 だけどその女の子は、


「そうね。星も月も、とても綺麗ね」


 とやっぱり夜空を見上げながら答えた。

 おら、ばれていなくてよかった、と胸をなでおろしただ。

 胸をなでおろして、まだ夜空を見上げている女の子を見て、はっと気がついた。


 運んだって、その腕で?


 おら思っただ。

 だってよく見ればその女の子はおらと同じくらいの背格好で、おらも男のくせに華奢だけど、そのおらよりもほっそいほっそい腕をしていて、おらを崖下からここまで運ぶのは天狗か妖怪の類じゃなきゃ無理だ。

 そしてこの女の子は天狗だとか妖怪だとかと言うには、美しすぎる。


 あ、膝小僧、見えてる。


 おらは反射的に目を逸らしただ。

 そんなおらの気も知らずに、女の子は夜空を見上げ続けていた。

 だからおらも、その女の子と向かい合わせに座りながら、夜空を見た。

 星も月ももちろん綺麗だ。

 でも、星や月を見てこんなにも綺麗だと思ったのは、初めてか、指を折って数えるくらいしかなかったんじゃないかとおらは気がついて、なんだかうれしくなった。


「ねえ、足、痛くない?」


 そう言われてはっとした。

 そうだ、おらの足、脛から骨が飛び出してたんだ。


「痛くない」


 気を失うまえに、おらは確認しただ。

 間違いのはずはないだ。

 その証拠と言える大量の血痕が、着物の足の部分にべったりと染みついていただ。


「なんで? おら、確かに見ただ。骨が見えてたの。見間違いなんかじゃないだ」

「うん。恩着せがましくなっちゃけど、治したの。あたしが」

「治したって……。でも全然痛くないだ」


 そう言って立ち上がって、地面をどしんと踏みしめて痛みがないか確認すると、急に立ち上がったからか、眩暈がして膝から崩れてしまった。


「気をつけて。怪我は治したけど、あんなに出血してたのよ。すぐには体力は戻らないわよ」

「うん。なんだかいろいろ、わけがわからないだ」


 おらの頭は本当に混乱していて、だからか、女の子が何者なのかも、見たことのない、異人とも違う服装であることも、どうやって怪我を治したのかも、こんな山の中で、もう夜なのに、どうしてひとりでおらを看ていてくれたのかも、質問として口から出ることはなかっただ。

 ただ、その女の子を見ていると、恐怖とか、警戒心だとかは心のどこにも湧いてはこなかった。

 不思議だけど、女の子を見ていると、昔話に出てくる心の清らかなお姫様に抱くような、信頼感とでもいうのか、おらの心の壁を取り除かせる安心感とでもいうのか、それが最初にあって、だからおらはその女の子を怪しく思うことはなかった。


 まあ、おらはみんなから、そこまでいくとお人好しを通り越して馬鹿だ、なんて言われるくらいだから、その女の子の外見とケガを治してくれた恩人であることで、もう疑ったり身構えたりする理由もなくなってはいたのだけど。


「ねえ、名前、なんていうのか、教えてもらってもいい?」

 と女の子が訊いてきた。

 その声は人の警戒心を解く、柔らかい、優しい声色をしていただ。

「あ、おら、まだ名乗りもしていなかっただな。おら、寛治。真田寛治っていうだ」

「サナダカンジ。難しい名前ね」

「そうか?」

「うん。あたしはリーファ。リーファ・ルード・エルメラルダ」

「そっちのほうがよっぽど難しいべ」おら笑っただ。「リ、リーファ……、なんだっけ?」

「リーファだけ覚えてくれればそれでもいいわ」

「そう? じゃあ、りっちゃんだ。おらは寛治。みんなおらのこと寛治って呼ぶから、気にしないで呼び捨てにしてくれていいだ」

「カンジ」

「うん」


 なんだか、へへへ、ふふふと、笑いあっただ。

 と、ふと疑問がよぎった。

 訊いたらいけないのかもと思ったけど、失礼のないように注意を払って訊いた。


「なあ、りっちゃん。りっちゃんは人間ではねえよな。天女様か? それとも女神様なのか? それとも異人さんで、異人さんはみんなりっちゃんみてえなのか? その、たとえば髪の色とか、肌の色とか」

「あたし、人間じゃないわ。エルフっていうの。でも天狗だなんて言わないでね。どっちかって言ったら、妖精とか、そっちのほうに近いのよ」

「エルフ。妖精」

 漏れる程度の声で、おらは繰り返しただ。

「うん」

 またにっこりと笑ったりっちゃんは、続けた。

「神社にあるでしょ。立派な樹。あれが、まあ、言わばドアになってるのね」

「ドア?」

「うん。扉って意味。あの樹がこっちの世界とあたしたちの世界をつないでいるの。あたしはそこを通ってきたのよ」

「あの樹は樹齢千五百年とも二千年とも言われているだ。村の自慢だ」

「うん。とてもいい気を持った樹ね。森が栄えるのはいい国の条件のひとつよ。ああいう樹は大切にしないといけないわ」

「うん。御神木っていって、村のみんなで大切にしてるだ」

 おらは自分が褒められたみたいな気になって、いい気分になっただ。

「りっちゃんは、神社に住んでるのか? だったらやっぱり女神様でねえか」

「違う、違う。あの神社に祭られてるのはしろへび様でしょ。あたしがへびに見える?」

「うんにゃあ」

「でしょ」


 おらはりっちゃんに訊きたいことが他にももっといろいろとあっただ。

 でもそれを訊く前に、りっちゃんの耳がピクリと動いただ。

 りっちゃんの耳は人間のそれより長くとがっていて、エルフであるというりっちゃんの言い分を、妖精に近いというりっちゃんの言い分を、おらは信じずにはいられなかった。

「嫌な匂いがする」

 りっちゃんが言ったのだけど、小声だったのでおらはよく聞き取れなかった。

「え?」


最後まで読んでくださってありがとうございます。

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