寛治、首をひねって。
何回か前に「もうすぐ梅雨」だなんて書いたと思いますが、
もう梅雨明け間近、なんてところもあるらしいですね。
いやいや、お恥ずかしい。
寛治はどうなるのか?
では、どうぞ。
御神木の前まで歩いていってりっちゃんを探したけど、やっぱりいなかった。
早過ぎたのだと待つ姿勢になったのだけど、手を合わせていると、耳元で声がした。
「おはよう」
また背後にいるのかと振り返っても、木の枝にいるのかと目を凝らしても、姿は見えなかった。
「風の精霊にお願いして、声だけ、耳元に届けているのよ」
そんな不思議なことができるのかと、感心した。
セイレイってのは聞きなじみがなかったのだけど、たぶん魔法みたいなものなのだろうと、ひとり納得した。
「おらの声は、聞こえるのげ?」
小声で言ってみた。
すぐに返事が来た。
「うん。聞こえるわ。このまま会話しましょう。とりあえず、こないだ話した辺りまで来て。それでいい?」
おらは肯いて、言われた通り、記憶をたどって森の中を歩いた。
こないだとは景色が違っているので自信はなかったが、ずんずんと歩いた。
だいたいこの辺だろうと当たりをつけて立ち止まると、また声がした。
「あたしはこっちの世界にいるの、今。御神木の扉の向こう側ね。それで、魔法ってわかる? それでこうやって会話してるの。約束したのに、やぶる形になってごめんなさい。事情があって、今、そっちに行くことはできないの。この穴埋めはちゃんとするわ」
「いや、気にしなくていいだ」
おらは泡を食った。
「おらもなんだか今日は人に見られそうな、いやな予感がしてただ。だからこういう会話がちょうどいいだ」
「ありがとう」
周囲に目を配りながら、おらは喋った。
小声でも通じるとわかったから、つぶやくように。
山菜を取るふりでもしたほうがいいのだろうかとも思ったが、道具を何も持ってきていないのでやめた。
じっとしているのも変かもしれないと、木の幹に手を当てて、ゆっくり、ゆっくり、歩いた。
「おら、はねっくらで、いっつもびりっけつから数えたほうが早かったのに、三番に、八人中三番になっただ」
おらは、すごいじゃない、なんて誉めてもらえると思っただ。
でも、返事には間があって、誉め言葉でもなかった。
「……こないだは木登りが上手くなったって言ってたよね」
「うん。言っただ」
「かけっこも速くなったの?」
「うんだ」
「そのほかに、なんか変わったこと、なかった?」
「変わったこと?」おらは首をひねった。
逆に訊いた。
「変わったことって、たとえばどんな?」
「神通力じゃないかって思えるような、不思議なこととか」
おらはしばらく考えた。それはなかったと言おうとして、脳裏をよぎるものがあった。
「あった! あっただ」
「それはどんな?」
「おらの妹の雪が熱を出して咳が出てしんどそうだったから、背中をさすってやっただ。そしたら、だんだんと咳が止まって、熱も一晩寝たら引いてただ。あった、あった」
おらはいいことだと疑わなかった。
家族が病気で苦しむのを助けた。
それのどこが悪いというのだ。
でも、それを聞いたりっちゃんは、しばらく沈黙していただ。
脇汗をかく、沈黙だった。
「ねえ、今、近くに花か草か、ない? あったらそれに、花が開くように、草が伸びるようにって願いながら、触ってみて」
「わかっただ。ちょっと待ってけろ」
りっちゃんの声色は努めて軽くしようとしていて、つまりはその裏にある、何かはわからないが重大な意味を異変を感じたおらは、言われるがままに花や草を探した。
雪の下にあるのだから、雪を掘って。
花があった。
開いてくんろ、とおらは元気のない花に手を触れた。
なんにも起こらなかった。
もう一度、開けと念を込めて花びらや茎に触れた。
同じだ。
なにも起こらない。
「どう?」
「なんにも起こらないだよ」
おらの大きな疑問符は、向こう側にいるりっちゃんの空気が軽くなったことで外れた。
「そう。よかった。でも何がよかったのかは、訊かないでね」
「うん。わかっただ」
「待って。今、そっちに行く」
御神木のほうから、りっちゃんは枝の上を飛ぶようにやってきた。
そして、まさに舞い降りた。
今話でもなかなか顔を合わせられない寛治でした。
でも、それでも、嬉しいんです。
続きを楽しみにしていただけたら嬉しいです。
では、また。




