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人前で話せない陰キャな僕がVチューバーを始めた結果、クラスにいる国民的美少女のアイドルにガチ恋されてた件  作者: 中島健一


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第94話 心を広く

~織原朔真視点~


 僕はパワーポイントで作られた一ノ瀬さん自作の資料をパラパラと捲った。そこにはeスポーツの魅力と市場、競技人口等の推移とこれからの予測図が載っていた。一ノ瀬さんの出るという全国高校eスポーツ選手権大会に関することも記載されている。


「これ知ってる。新界さんやルブタンさん、あと音咲さんがコメンテーターで出るヤツだ」


 僕は音咲さんの名前だけ少し小声で言った。それは何故かって?僕にもよくわからない。


「そう、この前新界さん達とコラボしてた時に話してたよね?華多莉ちゃんも新界さんの配信にコメントしてたやつ」


「そうそう、音咲さんの名前が出た時吹き出しそうになったんだよな~」


 僕はそう言って、一ノ瀬さんの作った資料を置いた。すると彼女が真面目なトーンで言った。


「私ね、小さい頃から勉強ばかりしてきて、ゲームっていうモノに触れてこなかったの。そこにはお母さんの影響が強くあって、勉強以外はする必要なんてないって教えられてきた。その反動もあってか、私は勉強とは真逆のゲームに興味を抱くようになったの」


 僕は黙って彼女の言葉に耳を傾けた。


「なんて言うのかな、禁忌に触れてみたくなるっていうか、押すなって言われたら押してみたくなることってあるでしょ?勉強も嫌いではなかったからそう言う経験も勉強したくなったっていう感じで初めはゲーム実況動画なんかを見てたんだけど、見ていくうちにどんどんとのめり込んで…次第に自分でやってみたいって思うようになって……」


 一ノ瀬さんは肩をすくませながら呆れるように言った。


「で、今はこんな感じ。この大会に出たいって思ったのは優勝したらCZカップに出られるから」


 CZカップとは、プロゲーミングチームCrazy Zealot──意味はいかれた熱狂者──が主催する賞金等も出る国際的にも有名な大会のことだ。


「CZカップに出て優秀な成績を残せばプロゲーマーとなる最短の道のりを歩むことができる。だけどそうなるとお母さんに隠れながらじゃ無理だと思った。いや、何回もお母さんに黙ってプロになる妄想をするんだけど、私じゃ抱えきれない」


 僕は訊いた。


「お母さんに言ったの?」


 一ノ瀬さんは頷いて答えた。


「三者面談の時にね……私、ゲームには挑戦しようと思ったのに、お母さんに挑戦しようとは思わなかったんだ。でもね織原君や薙鬼流さんと一緒にアペの大会に出て、私も決心したの。前に進みたいって」


 一ノ瀬さんはドリンクバーからとってきた野菜ジュースを飲むと、自嘲気味に続けた。


「でもまぁ、こんな格好つけて言ってるけど、あの三者面談は酷い言い合いになっちゃって、結局鐘巻先生が上手くまとめてくれたんだ」


「そっか……」


「でね、その時私、勢いでこの大会に優勝できなかったら諦めて医者になるって言っちゃったの」


 僕はブフっと先ほどまで口にしていたウーロン茶を吐く。


「そ、それでいいの!?」


「ん~ダメかな?」


「でも一ノ瀬さんの実力なら日本の高校生の大会なんて簡単な気がするんだけど……」


「ん~……プロレベルの腕前の人も結構出るみたいだから難しいと思うんだぁ……そ、それと私、シロナガックスの名前では出ないから……」


 この大会で彼女がシロナガックスとバレればきっと大変な騒ぎになるし、僕らが林間学校を抜け出して田中カナタ杯に出たことが明るみとなるかもしれない。そうなれば僕は音咲さんに再度エドヴァルドであると疑われてしまう。


 ──たぶんなんだけど、いくら名前が変わっていたとしても一ノ瀬さんのそのプレイで皆に気付かれると思うんだけどな……


 僕はその旨を伝えると、一ノ瀬さんは言い辛そうに言った。


「予選含めて10試合ちょっとしかないから、たぶん気付かれないと思うんだけど…予選は少し力を抜いて挑むつもりだし……でも万が一って場合もあるよね……」


 なるほど、だから僕を今日誘ったのか。僕の表情で察した一ノ瀬さんは言う。


「散々挑戦とか言っておいて、ズルいよね。でも織原君が出ないでほしいって言うならわたしッ──」


「出てよ」


 僕は彼女の言葉を待たずに即答する。一ノ瀬さんは僕の言葉に狼狽うろたえていた。そんなフリーズ状態の一ノ瀬さんに僕は続けて言う。


「一ノ瀬さんの挑戦に比べたら、俺の正体がバレるなんて些細なことだよ」


 僕は一人称が俺になっていることに気が付かなかった。


「で、でも──!」


「同じキアロスクーロの仲間が、そんなすごい舞台に出るところ、見てみたい。だから俺のことは気にしないで思いっきりやってよ。応援するから!」 


 一ノ瀬さんの決心とその挑戦を僕は邪魔するつもりはなかった。仮に音咲さんに疑われることがあったとしても、僕は一ノ瀬さんを応援する。そう心に決めた。


「…あ、ありがとぅ……」


 なんだか一ノ瀬さんとの今生こんじょうの別れをしているみたいだった。いや、もしかしたらこれを機に彼女はシロナガックスではなくなるのかもしれない。 


「……」

「……」


 僕らの間に沈黙が流れる。夏休みのファミレスのガヤガヤとした声が僕らを包んだ。僕が先にその沈黙を破る。


「そ、そんなことより、お母さんとは大丈夫なの?」


「…実は三者面談からずっと話せないでいるんだ……でも何だかお母さんと初めて本音で喋って凄いスッキリしたの。それと同時にお母さんの愛情というかそういうのも理解できたというか……」


 母の愛情か。僕にも遠い記憶にある。忌々しい父親の愛情だって記憶にある。僕は一ノ瀬さんに悟られないように、ストローを咥えてウーロン茶を補充するように飲んだ。


「どうして勉強をするのか、どうして挑戦すべきなのか、織原君は誰かにそう問われたらなんて答える?」


 唐突な質問に僕は答えるのに少し時間を要した。


「……自分の成長に繋がるから?」


「そうだね。覚えたって直ぐ忘れるような公式の暗記や、上手くいかないとわかっているような挑戦でも、どうしてするべきなのか?それはその経験によって、成長できて、更には心を広く持てるようになるのかもしれないよね……」


「…僕にはまだ難しくてよくわからないけど、やってみたいとか、やっても良いかなって思って実際にこの活動をしていると、日々が満たされる以外に自分の予想の範囲外の事が常に起こって…あぁ、そっか、自分の脳内に及ばない出来事と直面する度にその範囲を広げていく……心を広く持つっていうのはそういうことなのかな?」


 サッカーが好きだから、ゲームが好きだから、漫画が好きだから、好きだからやる。やってみる。やり続ける。そしたらいつか嫌いになるんだろうか?勿論嫌なことも出てくる。でもその好きの為なら嫌いなことだって、心の範囲を広げてやがて好きになっていくのだろう。


「そんな気がするの。織原君や薙鬼流さんは日々挑戦を繰り返しては、別人のように変わっていくのがヒシヒシと伝わってきた。だから今度は私も頑張ってみたい!!」


 挑戦することで打ち砕かれることもある。トラウマを植え付けられる者だっている。生きているだけでも、生きることに挑戦していると表現できるだろう。しかし生きていれば、生きようとすれば眼前に恐怖が迫ることもある。引きこもる者だってたくさんいる。それを自力で解決できる人もいるが、僕の場合はそれを支えてくれる人や共に立ち上がろうとする人がいなければ難しいことであった。萌や配信初期からのリスナーである音咲さんや一ノ瀬さん。薙鬼流、そしてもう一人の僕であるエドヴァルドだって僕を支えてくれている。だから今の僕がある。


「うん。頑張って!応援してる」


 一ノ瀬さんは今まで僕に見せたことのないような笑顔で言った。もう既に彼女は変わり始めている。


「今日はありがとう!織原君に許可を取るために誘ったって思われてるかもしれないけど……」


「けど?」


「2人っきりで会えるのも楽しみにしてたんだ♪︎」


「え?」


 僕は一ノ瀬さんに疑問を呈すると、彼女は伝票をとってレジの方向を見る。


「そろそろ出よっか?」


 僕は勢いに飲まれて彼女の問いかけに了承してしまい、その真意を探ることができなかった。

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