第92話 キャッチャー・イン・ザ・ライ
~Rain視点~
「What's!!!!???」
麦畑のような金色に光る金髪の友達マイケルが肩をいからせながら叫んだ。
「どうしたの?」
僕は背後を振り返って、後ろの席にもズラリと横並びに並んでいるPCディスプレイの間で、信じられないといった表情を浮かべているマイケルに訊いた。
「シロナガックスに殺られた。まるで災害みたいだったよ」
最近、フォートトゥナイト上で暴れまわっている日本在住の謎のストリーマーだ。
「彼はRain、君と同じジャパン出身なんだろ?」
僕はマイケルや他の友人からはアカウント名で呼ばれている。克也という名前は海外の人達には発音しにくいようだ。僕はマイケルの質問に、そうだと返事をする。
シロナガックス。留学先のここアメリカでも話題になっている。世界のトッププレイヤー並みの強さなのだが、正体不明。そのミステリーさも相まって、話題にことかかない。
「Rainは一旦この夏日本に帰るんだよね?」
高校生を対象とした全国大会が日本で開催されることになっている。僕はその大会で優勝がしたいのだ。
何故なら優勝すれば、賞金だけでなく日本のプロチームを経営している会社が主催する大会にも出られるからだ。その大会は日本で最も有名であり、また世界でも注目されている大会の1つである。名だたるプロゲーマーが参加するその大会に出られれば、自分の箔が高校生の時につけることができる。それは大きなアドヴァンテージだ。更にそこで良い成績を残せば、プロにスカウトされるかもしれない。
「うん。ちょっとした大会に出るつもりだよ」
「へぇ~、秋葉原には行く?」
「たぶん行くけど……」
「Vチューバーのフィギュア買ってきてよ?」
「え?誰のフィギュア?」
「天久カミカちゃん!!」
「だれ?」
「オーマイガー!知らないの!?チャンネル登録者150万人のラバラブ1期生だよ!!ほら、見て!今も配信してる!!」
マイケルはそう言って僕にスマホを掲げてきた。画面にはアイドル衣装に身を包んだ天久カミカという女性Vチューバーが画面を占領しながら話をしている。
『なんと!地上波で放送される歌の祭典に私、天久カミカが出演しま~す!!』
「なんて言ってるんだい!?」
マイケルが聞いてきた。
「なんか日本のテレビ番組でこの天久カミカって人が出るみたいだよ?」
「え~!!日本のTV programに!?じゃ、じゃあこっちでは見れないのかな!?配信はしないのかな!?」
興奮気味に喋るマイケルを制して僕は言った。
「たぶんリアルタイムでは見れないかもね。てか後でどんなフィギュアが欲しいか画像かなんか送っといてよ、それよりも僕はシロナガックスについて日本で少し調べてみようと思うんだ」
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~織原朔真視点~
夏休みに入った。駅構内を歩いて、階段を上り、地上に出た。蒸し暑い空気が僕を包む。多くの人は階段下か駅と付随するように建てられたデパートの出入り口付近で室内から漏れ出た冷えた空気にあやかろうとしている。僕は階段上の日陰になっているところに立っていた。
黒いパンツと少し大きめの半袖の白いTシャツに黒いキャップを被った出で立ちで一ノ瀬さんを待っていた。
あの大会が終わり、チーム3人でゆっくりと祝賀会配信して以来、彼女とはコラボしていない。それは薙鬼流にも当て嵌まる。
今日まで色々なVチューバーやストリーマーとコラボをしてきた。僕のチャンネル登録者数ももう少しで25万人に届きそうだ。
今日は珍しく一ノ瀬さんからラミンで誘いを受けて僕はこうして滅多に出ない街に繰り出している。
妹の萌は僕がリスナーさんからもらった服を着始めたので、どうしたのかと尋ねてきた程だ。僕は一ノ瀬さんに誘われたから出掛けると言った。
妹のポカンとした表情を見て、僕は何かおかしいことでもあるのかと首を傾げたが萌の一言で急に緊張感を与えられる。
『それってデートじゃない?』
ネットリとした夏の暑さとは別に、僕の体温が上昇してくるのがわかる。
──萌が余計なこと言うから……
変に意識してしまった。スマホを取り出して暗い画面に反射して写る自分の身だしなみを整える。多少額に汗をかいていたのでキャップを脱いで腕で額を拭う。
ふぅ、と一息つくと肩を叩かれた。
「お待たせ!織原君」
僕は振り返った。
清楚な白いワンピースに頭頂部が真っ平なカンカン帽を被った一ノ瀬さんがいた。誰もが振り返るほど可愛い女の子と二人っきり。
『それってデートじゃない?』
またしても萌の言葉が過る。
「え、えぇっと、ど、どうする?」
「ちょっと歩こうか?」
一ノ瀬さんは笑顔で僕の手をとって夏の陽射しに向かって歩き出す。
大きなロータリーを横切り、家電量販店と老舗のパーラーを通りすぎ、カラオケ店、ファーストフード店等を通りすぎた。僕らに会話はない。
たくさんの人が行き交う通りを歩く。ファストファッション、アミューズメントパーク、ゲームセンター。すると一ノ瀬さんはゲームセンターにあるクレーンゲームを指差して言った。
「あ、あれほしい!」
クレーンゲームの中には恐竜のぬいぐるみがあった。どこかで見たことのある恐竜だった。
「あ!これアーペックスのマップにいるヤツ!!」
「そう!ねぇ、やってみようよ」
僕らは入り口が常に開け放たれているゲームセンターに入った。このフロアはクレーンゲームだけがところせましと置かれている。
他のクレーンゲームの中には色々なアニメやゲームに出てくるキャラクターのぬいぐるみやフィギュアが景品としてあった。
僕はまたしても自分の見知ったキャラクターを発見する。
「あ!鷲見さんだ!!」
鷲見さんが描かれたクッションが景品のクレーンゲームを指差すと、一ノ瀬さんが言った。
「ふ~ん、この前コラボしてたもんねぇ……」
何故か不機嫌になる彼女は、鷲見さんを見つけてはしゃぐ僕を無視して、当初の目的であるアペの恐竜を獲ろうと、100円を入れた。
その瞬間、可愛らしい一ノ瀬愛美の表情がシロナガックスのそれとなる。
「うっ……」
僕は彼女の集中力に圧倒され、その場から動けずにいた。彼女はクレーンが横移動するボタンを押して、離す。クレーンを止めると今度は奥に移動するボタンを押して、離す。
クレーンのアームが開き、下降していく。恐竜を抱えるようにしてアームが閉じると再び元の位置に戻ろうと上昇した。アームは恐竜を持ち上げるが、クレーンが移動すると同時に恐竜はアームの脇をスルリと抜けて落下する。元あった場所よりもほんの少し、景品出口に近付くだけにとどまった。
「アーム弱っ!!」
僕がそう言うと、一ノ瀬さんが顎に手を当てて呟く。
「ざっと600円ってとこか……」
「え?」
「このまま持ち上げて落とすを繰り返して景品を手にするまでの金額……」
「じゃあ500円で良いんじゃない?」
僕はそう言って500円玉を入れた。
「え!?」
「だって500円で6回プレイできるじゃん」
「ち、違うの、織原くんに出させちゃって…その……」
「良いから!それよりもこれが獲れるところを見てみたい」
一ノ瀬さんは僕に礼を言うと宣言通り、見事6回のプレイで恐竜のぬいぐるみを手にした。
「やったー!!!」
景品出口から、ぬいぐるみを取り出して僕にそれを見せつける。満面の笑みを浮かべる彼女だが、そのぬいぐるみを僕に渡そうとしてきた。
「え?」
「織原くんのお金で獲ったんだから」
「いやいいよ、これ欲しかったんでしょ?」
「い、良いの!?」
僕は頷くと彼女はぬいぐるみを抱き締めながら言った。
「ありがとう!一生大切にするね」
何故、一ノ瀬さんが僕を呼び出してこのようなことになっているのかわからないが、彼女が喜んでいるのならそれで良いだろう。
──てかこのぬいぐるみは一ノ瀬さんが取ったんだけどな……
と僕が思っていると、彼女は続けて言った。
「ちょっとどこか入らない?」




