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第9話 ストーカー

~音咲華多莉視点~


◇ ◇ ◇


「やっほー!これから学校に行ってきま~す」


 私はスマートフォンを少し斜めに傾けて、内部カメラを見つめる。歩きながらだとスマホを持つ手が安定しない。ふとカメラから画面に写るコメント欄に目をやると、音が聞こえないといった意味のコメントがたくさん流れてきていた。


「え?音出てない?」


 その時、私の腕は強引に引き寄せられる。腕を強く引いた男性と目があった。赤い瞳にオレンジ色の髪。彼は愛しのエドヴァルド様だった。その瞬間私の乱れた長い黒髪の先端を軽トラックが弾く。


 バランスを崩した私とエドヴァルド様は道路に横たわった。


 私は轢かれそうになったドキドキとエドヴァルド様に救われたドキドキが掛け合わさり心臓が今にも破裂しそうだった。


 ──エドヴァルド様の体温が感じられる。


 私はエドヴァルド様の温もりを全身に記憶した。そして魅力的な唇を見て、次に彼の赤い瞳を見ようとした。キスをしても良いかと目で訴えようとしたのだが、私の目の前にいたのはエドヴァルド様とは似ても似つかない、冴えない陰キャ男子の顔がそこにあった。


 私は驚いて地面に両手をついた。それでも陰キャ男子は私の胸を揉みしだく。


「この変態!!」


◇ ◇ ◇


 目が覚めた。ここはベッドの上。いつもの私の泊まる部屋だ。脱ぎ捨てられた衣服、デスクの上は化粧品と私のお気に入りのお菓子の食べカスで散らかっていた。しかしこんなに汚い部屋でも清掃を頼めば元通りになる。


 私はベッドから起き上がり、はだけたバスローブを着直して洗面台へ向かった。途中まで素晴らしい夢を見ていたのに台無しだった。


 ──どうしてエドヴァルド様があの陰キャに……アイツの名前なんだっけ?まぁ良いか。


 私はがっかりした目覚めを顔を洗ってリセットする。


 おそらく昨日の出来事とその日の夜にエドヴァルド様の配信を観た為にあのような夢を見てしまったのではないかと分析した。


 スマートフォンを手に取り、エドヴァルド様のご尊顔を拝んでから、私は身支度を整える。


 今日はドラマの撮影日。私は今日の予定を整理する。台本を持ってホテルの下に待機しているマネージャーと合流し、マネージャーの運転する車で現場まで移動して、おっと、ホテルのロビーに部屋の清掃を頼んでおかなきゃ。そうしないと部屋が綺麗にならない。


 身支度を整えた私は部屋を出て赤い絨毯の上を音もなく歩き、きらびやかな装飾の施された調度品を眺めながらエレベーターを待った。エレベーターが到着するとそれに乗り、下の階まで降りる。


 広いロビーにはくつろげるラウンジ、朝はグランドピアノの調べが私を優しく撫で付ける。朝日が射し込むホテルの入り口、ロータリーに車を止めて、その前でマネージャーの加賀美英子が腕を組ながら立っている。高身長の加賀美はパンツスーツ姿でいかにもビジネスウーマンのような出で立ちだ。そんな彼女は私に会うなり何か言いたげだった。私はそれを察知すると無視して直ぐにトヨタのヴェルファイヤに乗り込む。


 加賀美は溜め息をついて、運転席に座った。少しだけ乱暴にドアが閉められた気がした。


「昨日の件は──」


「わかってるって、今後は通学中にライブ配信なんてしないから」


「そう……」


 車は音もなく発進する。ホテルから出ようと加賀美はハンドルをきった。私は加賀美のハンドルをきるその音が好きだった。


 何故通学中にライブ配信をしたかと言うと、いつもと違う時間帯でライブ配信をすればもっと多くの人に自分を認知してもらえるのではないか、そう思ったのだ。そして危うく事故を起こしかけた。幸い織原朔真に助けられた。


 ──あ、名前思い出した。織原朔真だ。


 助けられる瞬間を思い出したその時、私の胸がドキリと跳ねた気がする。きっと今朝見た夢が関係しているのだろう。そんな時、運転中の加賀美が声をかけてくる。


「昨日、助けてくれた人にちゃんとお礼したの?」


 うっ、と私は溢す。


 ──してない。


 私の呻き声を聞き取った加賀美はハンドルから片手を離し、顔を覆うようにうなだれる。


「やっぱり……」


 私は言い訳を口にする。


「だ、だってアイツ私の胸を触ったのよ!?」


「…それは、故意に触ってきたってこと?」


「たぶん…ちがう……」


 私はわかっていた。あの時は気が動転していて、同じ制服を着た男子生徒に自分の失態を見られたのが恥ずかしかったのだ。


 ──故意じゃない……


「だったらちゃんとお礼を言わなきゃダメじゃない」


「…そうだけど……」


「だけどじゃないでしょ?」 


 私がエドヴァルド様にサブアカでラブツイートをしていたのを織原に見られたかもしれない、そう思って体育館裏で問い質したのだが、アイツは本当に何も見ていない様子だった。


 ──サブアカのララ。

 

 ララは、私のもう1人の人格みたいなものだ。今まで多くの役を演じてきた。アイドル、ドラマでの探偵役に男勝りの姫の役、看護学校の学生の役、デスゲームに参加した女の子役、陸上部のエースの役、どれも魅力的な役ではあったが、ララになると私は安心できた。


 エドヴァルド様を知り、敬愛する。彼を応援したい、そして応援している自分が好き、それがララだった。


 様々な私を演じて疲れきっている時でも、エドヴァルド様の配信を見て、ララとして彼を応援していると全てを忘れられた。誰かを応援している時、それは普段の自分から抜け出せる唯一の瞬間なのかもしれない。


 現実逃避とはまた少し違うような、応援の対象であるエドヴァルド様に恥じぬ自分でいよう、そう思えるのだ。


 だからこそララは私の理想であり、安らぎでもある。そして何か嫌なことがあるとララのアカウントに入っては、投稿してしまう。


『好き好き♡本当に大好き♡♡♡♡今日はどんな姿で現れてくれるの?今から待ちきれない♡♡♡♡♡』


 こんなことを言うとエドヴァルド様を道具のように扱っていると思う人もいるかもしれない。自分を安心させるために彼を利用しているのだから。しかし私にとっては嫌なことが起きると大切な人のことを思い出してモチベーションを上げるみたいなもので、その大切な人を思い出す準備段階でララになっておきたいのだ。


 人によっては嫌なことが起きるとSNSに愚痴を溢したりしてストレスを発散させたりするだろうが、それが私にとってはエドヴァルド様を思い出して愛を伝えることに変換される。


 愚痴を溢すよりも愛で満たしていたい。


 それが私の考えなのだ。しかし、私は外に出れば常にアイドルとしての自分でいなければならない。


 それなのに、私はララとなってSNSに投稿したのをクラスの男子、それも私の胸を揉みしだいた男子にそれを見られた可能性があった。


 投稿内容が愛を伝える内容なだけに、私に付き合っている男性がいるのではないかと誤解されかねない。


 普通の女の子なら恥ずかしいとかその程度で終るかもしれないが私の場合はスキャンダルを狙うリポーターが周囲にうようよといる。しかもそれが事実でもなく噂程度でも仕事がキャンセルになったりと多くの人に迷惑をかける可能性があるのだ。


 だから私のスマホを覗いた織原朔真には話を聞かなきゃいけない。しかし体育館裏に行った時、いや初めて彼と会った時から、私は織原朔真の前ではアイドルとしての音咲華多莉ではいられなかった。


 車に轢かれかけたせいで戸惑っていたからだと今となっては思う。その戸惑いの最中、胸を触られ、演じなければならないアイドルとしての振る舞いを完全に忘れていた。


 あれが本来の私なのかもしれない。クラスメイトの前で出すアイドルとしての私ではなく、恥ずかしくなって暴力を振るう女。美優や茉優と一緒にいる時とはまた違う私。ララとは正反対な自分。一度そんな私を見せてしまったら後戻りなんてできなかった。


 そしてお礼を言おうと意気込んだが、伝えられなかった。


『それよりも……それよりも……』


 あの時の自分の意気地無さに嫌気がさしそうだったので私は話題を変えた。


「わかったからもうその話はおわり。これからドラマの撮影なんだから。このイタコ探偵は絶対成功させなきゃいけないし……」


 私は鞄から台本を取り出した。今回撮るシーンは私が演じるイタコ探偵が犯人を追い詰めるシーンだ。イタコとは亡くなった人の霊を自分に乗り移らせ、その言葉を語る人のこと。殺人事件や幽霊騒動等に巻き込まれる主人公を私が演じる。第1話では、死んだ催眠術師の霊を取り込んで、5円玉に糸を取り付けて振り子のようにして事件の目撃者に催眠をかけるシーンをやった。そしてこれから撮る第2話は、幽霊騒動と思いきや依頼女性と親しくしていた男性が実はストーカーで、その人が犯人というオチの話だ。


 私は台本をめくり、スマートフォンを探す。しかしスマートフォンはどこにもなかった。


「スマホ忘れた!」


 おそらくホテルの部屋の中だ。


「スマホがなくても撮影はできるでしょ?」


 マネージャーの加賀美が言い返す。


「ダメ!!監督さんに指摘されたメモがスマホに入ってるの!!」


 それにあのスマホにはロザリオがついている。あれを握っているとエドヴァルド様を感じられた。


「え!?なんでスマホに?台本に直接書き込めば──」


「ペン持ってなかったからスマホにいれておいたの!!」


 はぁ、と溜め息をつく加賀美は急ハンドルをきって来た道を戻る。遠心力によって私は盛大に傾いた。


 一瞬でホテルに戻るとロビーに忘れ物をしたと告げる。急いでいたせいか今朝聴こえてきたピアノの旋律は聴こえてこない。


「そのお部屋でしたら只今清掃中でして──」


「良いからカードキーをちょうだい!」


「清掃の者に確認を……」


 フロントスタッフがもたついていると、背後から支配人がやってきた。良いタイミングだ。その支配人がもたつくフロントスタッフに告げる。


「カードキーを彼女に渡してください」


 フロントスタッフはしぶしぶ鍵を渡してきたが、その表情は最後まで抵抗の意思を示していた。鍵を受け取った私は、エレベーターホールへと向かう。その途中、私の背後で支配人が私の正体を明かしたのか、フロントスタッフの驚きの声が聞こえてきた。


 私はそれに構わず、先程まで宿泊していた部屋へと急いだ。目的の階につき、ゆっくりと上品に開くエレベーターの扉をこじ開けるようにしてくぐる。


 目的の階に着くと、私の宿泊していた部屋の前には清掃道具が一式積まれているカートが止まっていた。私はカードキーをかざして扉を開ける。


 中には清掃スタッフ、ハウスキーパーの男性がいた。ここのホテルの制服に身を包み、私の部屋を綺麗にしてくれている。


 しかし私はこの男性を見て違和感を抱く。


 ──制服を着ているというよりは着させられているような……私とさして年齢が変わらない?


 そしてハウスキーパーの彼の手には私のスマートフォンが握られている。私は目当てのモノが見つかった安堵により声を出す。


「あ、それ私の──」


 彼に近づいた瞬間、私が今まで抱いていた違和感の正体に気がついた。ハウスキーパーの顔を見ると彼は私の隣の席にいる男子、織原朔真だった。


 そして私は悟る。


 何故昨日通学路ではない道に彼がいたのか。何故私を助けることができたのか。何故私のスマートフォンを覗き込んでいたのか。何故今私の泊まっていた部屋にいて私のスマートフォンを握っているのか。イタコ探偵よろしく、私は答えを導き出した。


「あなた、私のストーカーだったのね!!」

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