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人前で話せない陰キャな僕がVチューバーを始めた結果、クラスにいる国民的美少女のアイドルにガチ恋されてた件  作者: 中島健一


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第84話 地獄の自画像

~織原朔真視点~


李徴りちょう袁傪えんさんに向かって、あの丘に上ったら、こちらを振りかえって見て貰いたいと言った。それは虎となった姿を今一度見てほしいと言った願いからだった。武威示す為ではなく、醜悪な姿を示し、袁傪に再びここを過ぎて虎となった自分に会いに来ようという気持ちを起こさせない為だ』


 ぎこちないが、僕の、エドヴァルドの声がタブレットのスピーカーから聞こえる。


「こちらで宜しいでしょうか?」


 呼び出されてやって来たホテルの支配人の白州しらすさんが音咲さんに言った。


「ええ、十分よ。ありがとう」


 音咲さんは頬を赤らめ、伏し目がちに照れながら言った。支配人が音咲さんの部屋から出ていく。


 ──あの人、なんでもできる人なんだな……


 支配人の後ろ姿を見送る。ガチャリと扉が閉まり、再び彼女と一対一となったが、こんなので本当に勉強ができるか些か疑問だった僕に、彼女が尋ねる。


「ねぇ、この時の袁傪えんさんってどんな気持ちだったんだろ?」


「え"?」


 僕は読み聞かせ機能を使わずに疑問を呈した。


「だからここ」


 音咲さんは教科書に指差す。



 一匹の虎が草の茂みから道の上に躍り出たのを彼等は見た。虎は、既に白く光を失った月を仰いで、二声三声咆哮したかと思うと、又、元の叢に躍り入って、再びその姿を見なかった。

 


「この時、袁傪は虎になった李徴を見て何を思ったのかな?」


 僕は彼女の疑問に答える。文章を打って、その文をエドヴァルドに読ませた。


『虎の恐ろしさと李徴の後悔……?』


「ムフッ…そ、そう思いますよね……」


 音咲さんはタブレットから聞こえる僕の声に吐息をもらし、自然と敬語になった。


『それ以外に音咲さんは何を思ったの?』


 音咲さんという言葉に彼女は反応を示し、膝を擦り合わせ、上目遣いになりながら僕に向かって言った。


「か、かたりって呼んでください……」


 先程の光線銃のようなお願いビームよりもこっちの方がよっぽど効果があるのではないかと、僕は思いながら文章を作る。


『華多莉は袁傪がこの時、何を思ったと感じたの?』


「あぁぁぁ!!こ、この時はですね。その、虎になった李徴の姿を見て綺麗だと思ったんじゃないかなって感じました。はい……」


 彼女が「あぁぁぁ!」といきなり虎のような咆哮を上げて僕は驚いたが、彼女の言うことに感心した。


『…なるほど。自分の醜さ、弱さを吐露し、人間の持つ動物的本能を晒け出すその仕草には時代を越えてどんな読者にも何かしらの感銘を与えるものなのかもしれないな……』


 李徴はエリートの道を捨て、詩人として生きる決意をする。そこには思い上がりと言った呆れる程稚拙な勝算があったのかもしれない。けれど彼は挑戦したのだ。


 僕は再び指を動かす。


『李徴のようになりたくないと自分を律する読者もいれば、華多莉のように李徴の生き方に憧憬の念を抱く読者もいる。日本の昭和生まれ、平成の初期に生まれた人なんかは李徴を愚か者と評する人が多いかもしれないが、俺達Z世代なんかは李徴に同調する人が多いかもしれないな』


「…すごい……」


 音咲さんは呟いた。僕は首を傾げて何がすごいのか、彼女に先を促す。


「本当にエドヴァルド様とお話してるみたい!!」


 うっ。僕は冷や汗をかいた。いくらAIの音声とはいえ、エドヴァルド本人である僕が文章を作っているのだ、本物と変わらないクオリティである。しかもしっかりとエドヴァルドの一人称が俺であることを僕は当然のようにして打ち込んでいた。少し自重しながら次からは文章を打つことにした。


 冷や汗が額を濡らす。僕の正体がバレやしないかとドキドキさせているのを鎮めようとするが、一向におさまる気配がない。


 それにさっきからなんだか寒気がする。


 現代文に一区切りつけ、次の日本史の内容のテキストをタブレットに打ち込みながら、早くエドヴァルドの授業を受けたいとキャッキャッとはしゃいでいる音咲さんの声が次第に遠退いていくのを感じ始めた。 


──────────────────────


~音咲華多莉視点~


 この調子で勉強していけば、期末テストは問題なさそうだ。日本史が終わったら織原には英語の授業を作成してもらおう。


 ──それよりも私ったらどうして織原にエドヴァルド様のことを知っているのか尋ねたのだろうか?なんだか今日は気分が良い。勉強が上手くいってるから?でも勉強の前に織原にエドヴァルド様のことを尋ねて……


 そっか、織原があの後輩の女の子と付き合ってないのがわかったからだ。


 ──愛美ちゃんの恋が成就するかもしれない。だから私は嬉しくなって……


 日本史の内容をエドヴァルド様の声で解説していく。


『関ヶ原の戦いでは西軍石田三成側についていた筈の小早川秀秋が東軍徳川家康側についたことにより、戦況は東軍に一気に傾いた』


 自分が演じたことのある時代や歴史上の人物以外は全く頭に入ってこなかった日本史の内容が、こんなにも入ってくるなんて思いもしなかった。


 エドヴァルド様の声で授業が受けられる夢のような時間。私は目を瞑り、エドヴァルド様の声に身を委ね、関ヶ原の戦いを想像する。


『石田三成は伊吹山へ、西軍は散り散りとなり西軍の島津軍は戦場のど真ん中で孤立してしまう。この時島津軍がとった作戦──』


 急にエドヴァルド様の声が途切れた。


 ──ちょっと、何やってんのよ……


 私は想像していた島津軍の敗走を中断して目を開けると、それと同時にドサリと織原が椅子から床に滑り落ちる瞬間を目撃した。


「ちょっ!!大丈夫!!?」


 崩れ落ちた織原は土下座のようなポーズでうつ伏せになると、呼吸をあらげる。私は椅子から立ち上がり織原の傍に寄った。彼の丸まった背中に手を当てると、その熱さに私は反射的に手を離す。


「つっ!!」


 凄い熱だ。私はどうしようかと意味もなく部屋を見渡す。そして看護学校に通う学生の役をした時のことを思い出した。肩を叩いて、反応があるかを確かめる。


「わかりますかぁ!」


 織原は呼吸をあらげながら反応を示す。脳卒中や急性心筋梗塞の症状はみられない。


 朝から体調が良くなっかた織原は無理をして学校と清掃のバイトをしていたのだ。それに気付かないで私は織原に更なる無理を強いてしまった。


 私は罪悪感に苛まれながら先程来てもらったホテルの支配人に再び連絡をする。


 連絡を入れてまもなく、扉を静かにノックする音が聞こえた。入室を許可する。支配人は織原を抱え上げた。織原の手がブラリと支配人の腕から溢れる。部屋から出ようとする支配人に私は言った。


「ここのベッドを使って」


 支配人は言った。


「宜しいのですか?」


「うん。私のせいだもの……」


 支配人は私の言葉に少しだけ思案を巡らせるような間を取ったが、私のベッドに織原を寝かせる選択をとった。


 支配人は懐から拳銃のような体温計を取り出し、織原の額に向けてトリガーを引いた。織原のおでこに十字の赤い光が当たり、拳銃でいうところの撃鉄部分に織原の体温が記される。


「38.7度……」


─────────────────────


~織原朔真視点~


◇ ◇ ◇ ◇


 誰もいない狭い家。配信をするためのパソコンやGTRACINGのゲーミングチェアもない。まだ家族揃って住んでいた頃の景色だ。今見ればとても狭く感じる家だが、当時の僕にとってはそれでも完璧な家だった。


 部屋の何処にいても母さんがいる。父さんがいる。妹がいる。この家は完璧だった。しかし母さんが亡くなり、父さんが蒸発したこの家は、酷く空っぽで簡素で、狭い筈なのに広い感じがした。 


 ──母さん。父さん。どうして僕はこの世に生を受けたの?2人ともいなくなるんだもの。僕を生み落とさなければ僕がこんなにも辛い想いをしないですんだのに……


 今まで何度も思った。


 母さんに似たのか病気がちの萌の泣く声が聞こえる。僕は耳を塞いだ。しかし耳を塞いで内に逃げ込もうとすると僕の中がより空っぽとなって、このまま消えてなくなる恐ろしさが沸き起こってくる。


 生というものを受ければ死を恐れる。生物というのは厄介な宿命を背負わされている。

 

 何度も死のうと思った。だけど僕には死ぬ勇気がなかった。自殺した人のニュースをよく見るけど彼等は凄いと感心する。


 心では死にたいと思っていてもお腹は空く。僕の精神と相反して肉体は生きたいと渇望していた。僕の精神は肉体に負けて、食べ物を食べた。悔しさで涙が出てくる。涙を流したせいで今度は肉体が水分を欲した。僕は水を飲んだ。


 それでも僕は満たされない。食べても飲んでも渇きは癒えない。身体がなんだか熱い。気が付けば僕のいた家が燃えている。息を吸い込めば喉にひりつくような熱さが押し寄せ、僕は激しく咳き込んだ。


 苦しさのせいでまたもや涙が出てくる。ぼやけた視界、燃え盛る炎。そこに1人の男が立っていた。僕は彼を知っている。オレンジ色の髪にくっきりと二重に開いた目だが、その目に感情はなかった。いつもとは違う印象のエドヴァルドだ。違う要素は他にもある。普段ならYシャツに緩く結ばれたネクタイと黒いジャケットを合わせているはずが、そこに立っているエドヴァルドは裸だった。


 彼は炎の中から僕を見つめている。黒い煙が翼のように彼の背中から生えている。


 僕は彼の瞳に吸い込まれるように近寄った。僕が近付くと彼は手を差し伸べてきた。


 僕はその手をとろうと、片腕を伸ばすがしかし、もう片方の腕を引っ張られ、僕の手を握る者が現れた。 


◇ ◇ ◇ ◇


 僕は目を覚ました。見知らぬ天井に、猛烈に熱い身体を包む毛布。どうやら僕はベッドの上で横になっているらしい。そしてそのかたわらに僕の手を両手で包み込むように握る音咲さんの姿があった。彼女は防毒マスクのようなモノをその小さな顔を覆うように装着して寝ていた。


 色々と何が起きたのか類推したが、僕はまず今何時かを知りたかった。片手は音咲さんにとられている為、もう片方の手でスマホの感触がしているポケットからスマホを取り出した。


 02:11


 ラミンの通知が35件もあった。全て妹の萌からだった。僕は早く萌に自分の状況を説明しなくてはと思い既読をつける。萌から来ていたメッセージは、初めは僕の帰りが遅いことに対する心配が主だったが、やがて苛立ちに変化していた。しかし一番最近に送られたメッセージの内容は僕が熱で倒れたことを心配する内容だった。


『何回も連絡してゴメン。お兄ちゃんの勤め先の人から聞いたー。私は1人で大丈夫だからゆっくり休んで』


 僕はホッとした。そしてメッセージを送る。


『今起きた。まだ熱はありそうだけど、今は大分マシ。心配かけてごめん』


 そう送ると直ぐに電話が掛かってきた。僕は咄嗟に応答した。


『お兄ちゃん!!本当に大丈夫なの!?』


 深夜にもかかわらずハキハキとしゃべる萌に僕は返した。


「うん。心配かけてごめん。起きてたのか?」


 少し間があった後に萌は言った。


『…寝てたよ……』


「そうか、起こしちゃってごめんな」 


『ううん。謝らなくて良いの…あのさ……』


「ん?」


 何かを訊きづらそうにしている萌に僕はどうしたのかと先を促した。


『お兄ちゃん…あの時のこと──』


「ゴホッ、ゴホッ。ごめん。よく聞こえなかった」


『ううん。何でもない……もう遅いから寝よ?』


 萌は一体何を言いたかったのか。僕はこのことを追求する余裕が熱のせいでなかった。


「そうだな。おやすみ」


『おやすみ』


 通話を閉じるコミカルな音が僕の鼓膜に響いた。スマホを片耳から引き離し、その手を胴体に沿わせると、ベッドの傍らにいる音咲さんが声を出した。


「エドヴァルドさま……」


 僕は油断していた。熱のせいでぼーっとしている頭でも僕は失態を犯したのだとわかった。今日は一日中がらがら声であったが、今では少し回復している。この声であれば音咲さんに身バレしてもおかしくはない。


 僕は恐る恐る傍らにいる音咲さんの方を見た。彼女と目が合う、と思ったが彼女の目は瞑ったままだ。そして防毒マスクのように頑丈なマスク越しにスー、スーと寝息を立てているのがわかる。


 寝言で僕の名前を呼んだのだろうと、胸を撫で下ろした僕だが、もう一つ重要なことに気が付いた。いや、気が付いていたのだがよく考えれば凄い状況だ。


 僕の手を音咲さんが握っているのだ。


 音咲さんの手を握るのは初めてではないが、こんなにも長時間握ったことはない。僕はこの状況に戸惑うがしかし、僕の熱すぎる手が、かつて憎んだ肉体が彼女の確かな体温と優しさを感じ取っている。


 そして僕は思った。


 ──エドヴァルドとして配信をしていた当初、音咲さんが視てくれていなかったらきっと僕は今のような活動などできていない……


 感謝の言葉が、気が付いたら口から出ていた。


「ありがとう…音咲さん……」

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