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人前で話せない陰キャな僕がVチューバーを始めた結果、クラスにいる国民的美少女のアイドルにガチ恋されてた件  作者: 中島健一


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第71話 前へ

~織原朔真視点~


 前と後ろを挟まれた。しかも後ろにいるのは新界さんのチームだ。シロナガックスさんから前方のチームを叩くというオーダーがきて、僕は前後の射線を確認しながら、前方にいるチームに向かって銃弾を放つ。


 列車の車体を盾に攻撃するが、限られた範囲での銃撃は中々に当てるのが難しい。しかも前方にいる敵は徐々に前へ詰めてくる。後ろからも炎と一緒に今大会最強のプレイヤーが迫ってくる。


 そんな時、薙鬼流ひなみの息を飲むような、声にならない声が僕の耳を掠めた。


 僕は心の中で舌打ちをした。


 ──ちっ、ここで……


 薙鬼流は被弾し、セカンドゲームで見せたような発作を起こす。3v3ですら厳しい戦闘にも拘わらず2v3になれば戦況は絶望的だ。案の定、薙鬼流は空虚を放ち動きを止めていた。


 ──ここまでか……


 僕は諦めるように心の中で溢した。諦めがついたのか、僕の集中力が少しだけ緩んだせいで、薙鬼流の苦しそうな息遣いが聞こえてくる。聞いたことのある息遣い。


 そして僕はハッとする。


 この息遣いを僕は知っていた。


 必死に闘っている時の息遣いだ。


 僕は彼女を見た。今度は画面越しのキャラクターではなく、同じホテルの1室にいる彼女自身を。背中を回して後ろを振り向いた。彼女は目を見開き、浅い呼吸を繰り返している。潤んだ瞳から今にも涙が溢れ落ちそうだった。


 そんな彼女と自分の姿が重なった。


 今でも多くの人の視線に当てられると彼女と同じ様な発作を起こす、教室での僕が見えた。中学時代母親が死に、父親に捨てられた僕を見る視線。お前は可哀想な奴なんだと哀れむ視線が僕を更に惨めにさせる。生活環境の変わった高校生活。僕の過去を知らない人達の視線でもまだ発作が続いた。


 それでも学校に通うのは何故か。


 声が出ない程ストレスを抱えた中学生の時の僕も、まだまだ他人の視線に怯える高校生である今の僕も、何故学校に通うのを辞めなかったのか。


 ──それは薙鬼流……君と一緒だ。君はVチューバーを辞めてまた戻ってきた。何故?それは元の生活、あの頃の自分に戻りたかったからだろ? 


 あの時の不完全で完璧な生活に。ようやく気が付いた。だから僕は君にVチューバーを辞めてほしくないんだ。僕の被害妄想的なトラウマと違って薙鬼流は誹謗中傷に直接晒されている。それがどんなに苦しいことか僕には想像もつかない。そんな中、それでも配信活動をしていた君に僕はどれほど勇気を貰ったことか。


 薙鬼流の誹謗中傷には早く辞めろと言った言葉の他に、すぐに逃げる卑怯者なんて言葉もあった。日本人は逃げることに関して神経質な人がたくさんいる。確かに逃げには良くない面もある。逃げて、表舞台から退出する人もいれば、もう一度戦いの準備をして、いざ自分の戦場に再び立とうとする人もいる。だが再び立ったとしても過去の逃げた自分と向き合わなければならない。その自分に再び逃げればまた同じことの繰り返しだ。


 ──だけど…だけどそれは逃げる方向を変えればきっと別の答えに辿り着ける筈だ!!


 僕はほぼ無意識に薙鬼流にむかって叫んだ。


「前だ!ひなみ!!前に逃げろ!!」

 

 痛みや苦しみを感じる暇もないくらい前へ突き進むんだ。


 それは僕の無意識が、僕の意識に投げ掛けているみたいだった。


─────────────────────


~薙鬼流ひなみ視点~


 私は逃げた。ただひたすら──……


『いやいや!部屋広すぎだろ!!バスケできるわ!!』

『ベッドの位置そこか!?寝にくいだろ!!』

『朝からガッツリ食い過ぎだろ!!この子は低血圧なんだからコーヒー1杯で十分だって!!』


 個人Vチューバーの時にしていたゲーム実況配信。人気ゲームだから再生数が稼げると思って配信をしたが、良かれと思ってツッコんだこの言葉と言動がよくなかった。


 その配信アーカイブには低評価がつけられ、コメント欄には批判的な言葉が並べ立てられた。


 〉流石にこれは不快。面白いつもりで突っ込んでるみたいだけど全く笑えない。


 〉ゲームを配信させて貰ってる立場なんだから、もっと言葉を選ぶべき。


 〉声キモすぎ、さっさと辞めろ


 〉ずっと好きで応援していましたが、この配信を見てファンであることを辞めました。


 後に謝罪動画を出したが、批判コメントが止むことはなかった。そして私はVチューバーを辞めてしまった。辞めた後も暫くは批判的な言葉を見聞きするだけで胸が締め付けられる思いをした。


 時が経ち、心の傷も癒えつつあった私は何を思ったか『ブルーナイツ』のオーディションを受けていた。


 何を思ったか……


 それはあの頃の生活に戻りたかったからだ。またVチューバーとなって、配信がしたかった。あの煌めく世界に。元の個人Vチューバーの時の絵を使えば良いのにって思う人もいるかもしれない。確かにそうだ。しかしどうしてもあの子になると動悸が止まらなくなり、配信どころではなくなるのだ。だから私はあの子から逃げたんだ。


 そして薙鬼流ひなみとしてデビューを果たしたがしかし、デビュー間もなく炎上する。


 私は薙鬼流ひなみからも逃げようとしていた。


 〉炎上したからって絵だけ変えて再デビューとか。だから絵畜生って呼ばれるんだよ

 〉他のブルメンに迷惑かけんな

 〉あの配信忘れねぇから


 炎上している私を擁護する声もあった。しかし擁護してくれる声よりも非難する声の方が大きく聞こえる。非難する人が全体の2割でもそれが、7割、8割ぐらいに見えてしまうのだ。しかしこの私の定説はたった今、覆る。


 たとえ非難する人が全体の7割、8割だとしても、たった1人の言葉で私は前を向くこととなるのだ。


『前だ!ひなみ!!前に逃げろ!!』


 私は逃げた。ただひたすら前に逃げた。


 空虚の残り時間は2秒。


 私はモノクロの空虚の世界を真っ直ぐ前に向かって逃げる。言い方を変えれば前方へ特攻してヘイトを買うという意味なのだが、今の私にとって前へ逃げる、が最もピッタリな言葉だろう。


 苦しくても辛くても前へ逃げる、進み続ける。色を失った空虚にいる私の視界がアイテムボックスの影に籠城している私を撃った敵の姿を捉え、その横を通り過ぎ、残る2人がいるコンテナの後ろまで走った。


 するとモノクロの空虚な世界から一変、色彩豊かな煌めく世界に戻る。そして私は叫んだ。


「ヘイトはいつもみたいに私が買うんで!!皆さん今のうちにお願いします!!」


 エド先輩とシロさんが同時に返した。


『笑えないっつうの!!』

『笑えないです!!』


 言い方1つで私の視界が、生き方が開けたような気がした。

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