第17話 トレンド
~織原朔真視点~
学校も終わり、下校している最中に考えた。
結局音咲さんからホテルの件については何も言われなかった。それよりもむしろ車にひかれそうになったところを助けた件について感謝をされた。
──人から面と向かって感謝をされるのはいつぶりだろうか……
それにやはり音咲さんはララさんなのであると実感する。変態となじり、勘違いとはいえストーカーだと疑った相手に感謝を告げるには中々の勇気がいることだ。それなのに彼女はそれを実行した。それだけでなく、火遊びという文字通り炎上しそうなことを前にして、躊躇なく僕の代わりに先生の前へ出て犠牲となった。
結局音咲さんが良い具合に先生を丸め込んでくれたのだ。僕のVチューバー活動を助けてくれたララさんと同じように音咲さんは現実の僕をも助けてくれた。彼女に感謝をしながら、同時に僕は自分を卑下した。
彼女にいつまでも守られてばかりではいられない。
スマホからララさんのコメントをスクショした画像を見る。いつもお守りのように彼女のコメントを見るこのルーティーンも見直さなければならないのだろうか。
そんなことを考えていた僕だが、もう一つ解決しなければならない問題を思い出す。それはあの時、樹の裏で聞いた声だ。
──どこかで聞いたことのある声……
駅のホームで帰りの電車を待っていると、声が聞こえた。今回の声はあの時の声ではない。ただの駅の構内アナウンスだ。
『○○駅で起きました人身事故により、電車が遅れております。お客様には大変ご迷惑をおかけしております。申し訳ございません』
ホームには多くの人が電車を待っていた。
──こりゃ朝の通勤ラッシュと同じくらいの人混みになりそうだな……
僕はホームで電車を待つ間に、背後に注意しながらスマホを起動させた。学校では色々とあったためスマホのチェックができなかったのだ。
SNSアカウントのたまった通知を覗く。DMの数も物凄い量が来ていた。
「ん?」
まずはDMをチェックすると、
『大丈夫ですか?』
『煽られてんぞ?』
『シロナガックスに迷惑かけるな下手くそ』
『本人からDMきてないんですか?』
僕は何が起きているのかいまいちわからなかった。そして昨日の配信を終えてからの感想ツイートのリプライに送り付けられたショート動画を開く。
そのショート動画のタイトルはこうだ。
『シロナガックス、若手Vチューバーを煽り散らす』
2分程に編集された動画は、僕の配信した動画画面を上手く切り抜いて、問題のシーンを写し出す。
ダウンした僕のキャラクターの上で激しく屈伸運動するシロナガックスさんのキャラクターがいる。それを何度もスローにしながら、そして画面の色合いを白黒にしながら、面白おかしく演出している。
──あぁ、あれ煽られてたのか?
僕はあの時、10時間以上の配信とシロナガックスさんと突発的コラボができたことでテンションがおかしくなっていたのだ。今、冷静にこの動画を見て煽られていたことを知った。
しかし、だからと言ってシロナガックスさんに対して怒りは湧かなかった。プレイが下手な自分に落ち度があるし、それでも一緒にプレイができて楽しかった。
僕はその切り抜き動画のコメント欄を見る。
〉あの温厚なシロナガックスが煽る貴重映像
〉このVの人がそれに気付いてないのが不幸中の幸い
〉良い声だな
〉流石に下手すぎだろ
この『流石に下手すぎだろ』というコメントには更なるリプライがついており、僕を擁護するような返事がなされていた。
〉切り抜きだけじゃなくて元動画見ろ。お前がバカにしたVもそこそこ活躍してる。
そのコメントには元動画、つまりは僕のチャンネルへと誘うURLが貼られていた。
また、この切り抜き動画は既に10.2万回再生されておりSNS上で軽く炎上していた。
僕はすぐにシロナガックスさんのSNSアカウントを覗くと、例の切り抜き動画に対しての呟き、シロナガックスさんからの声明文があった。
『煽りの意図は全くありません。元々エドヴァルドさんの配信が好きでよく拝見させて頂いておりました。そんな彼とマッチングしたことによって少々舞い上がってしまいこのような行為に及んでしまいました。エドヴァルドさん含め、この動画を見て不快になられた方、大変申し訳ありませんでした』
僕はすぐに、いや遅すぎるリプライを送る。
『動画を見てもわかるように煽られてるなんて1㎜も思ってませんし、不快になんてなってません!それよりもシロナガックスさんが自分のようなVチューバーを見てくれていることに驚いております!一緒にプレイして頂いて本当にありがとうございました!』
そう送ると直ぐに返信とフォローの通知が来た。
『エドヴァルドさん!今度またアペでも何でも良いのでコラボしましょう!』
僕は直ぐ様その返信にいいねを押して、シロナガックスさんをフォロバする。そして返信した。
『是非!!!!!!』
僕の心は踊る。有名なゲーマーとネットを通して会話したことに満たされた。ふと、僕の前で軽快なステップを踏んだ一ノ瀬さんのことを思い出す。今の僕の心を身体で表すなら、彼女のようなステップを踏むのだろう。
そうこうしていると、電車が到着した。中には既に人で溢れている。しかし今の満たされた僕にとってそんな人混み等なんとも思わない。人と人の隙間におさまるように僕は電車内に入った。
人の熱気と仕事や学校を終えた人達の疲れが充満している。そんな中、僕は舞い上がる気分でSNS上でトレンドになっていることをチェックした。
・無敵の人
・電車内
・放火事件
・薙鬼流ひなみ
・大谷さん
・ブルーナイツ
・七期生
・無差別殺傷事件
物騒なトレンドワードが多い。僕は咄嗟に画面から目を逸らす。しかしその逸らした視線の先には僕と同じ学校の制服を着た女子高生がスーツ姿のおっさんに痴漢をされている光景が目に写った。




