第162話 文化祭
~音咲華多莉視点~
◇ ◇ ◇
私は今歌を歌っている。見慣れた体育館の舞台上だ。返しのエレクトロボイスのスピーカーが足元に2つ置かれ、その奥、舞台の淵には私を下から照らす安っぽい照明がある。昨日の名古屋公演と同じ衣装を着て、待ちに待ったゲリラLIVEをしている。
昨日のLIVEは絶好調だった。自分のやりたかった表現をできた気がした。振り付けの先生やボイスコーチからも評判がよかった。
しかし、何故か今声が上手く出ない。音程も外れ気味だ。いつも歌ってる曲がスローに聴こえる。そのせいで振りを間違えた。私を観に来ている学校の生徒達の反応が露骨に冷めているのが見える。
──違う!私はこんなんじゃない!!これは私じゃない……
私は歌うのを止めてしまった。視線の先にはお父さんがいる。お父さんは私に背を向けて体育館から出ていこうとしていた。
「待って!!」
私は手を伸ばす。すると舞台上と客席を別つように地割れが起きた。客席と私のいる舞台上は引き離されていく。私は舞台上から落ちないよう気を付けながら淵まで寄って、手を伸ばしたが客席はもう見えないところまで離れていってしまった。
──誰でも良い!私のことを見て!!
すると今度は京極さんが現れた。私は京極さんに手を伸ばした。
◇ ◇ ◇
そこで目が覚めた。LIVEが終ると直ぐに名古屋からとんぼ返りで東京に戻ってきた。LIVEと移動の疲れで私はいつものホテルの部屋でぐっすりと眠ったのだ。
寝汗をかいていて、起きてすぐに水分を欲する。ペットボトルのミネラルウォーターを冷蔵庫から出してコップに移す。京極さんのせいでペットボトルから直接飲み物を飲むことができなくなったのだ。
コップで水を一気に飲み干す。ブハッと息をついて、私は暫く沈黙した。
「……」
嫌な夢だった。せっかくの名古屋でのLIVEが成功したのに台無しな気分だった。今日これから新しいドラマの撮影を終えてから、文化祭でゲリラLIVEを行う。お父さんに私のLIVEを見て貰える。認めてくれるのかはわからない。認めてくれなくても良い。私をぶつけられればそれで良い。そうすることで私は前へ進める気がした。
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~織原朔真視点~
文化祭当日。皆がこれから始まるこの文化祭を楽しみに浮き足立つのがわかった。装飾を施されたいつもと違う校門を潜って、これまた目が痛いくらい装飾の施された廊下や教室を通り、自分の教室へと到着する。
みんなが同じクラスTシャツに身を包み、これから出す模擬店の品物の点検と調理器具が正常に動くかどうかを確認した。
みんなどこか楽しげで緊張気味だった。
既に校門にはたくさんの生徒達の知り合いが押し寄せている。
そして校内放送が流れた。
『これより、青葉高校の文化祭を開催致します。事故等が──』
別に楽しみにしていたわけではない。しかし文化祭の実行委員になって文化祭を成功させたいという気持ちが芽生えた。みんな協力的で、実行委員の僕に相談をしてくる人もいた。皆、この文化祭を成功させようとしている。だから僕もそうしたい。
こんなことを思ったのは初めてだった。その為にも、トラブルや事故は起きないようにする。一番、事故が起きそうなイベントはやはり音咲さんのゲリラLIVEだろう。熱狂した生徒達やその友達が押し寄せないようにしなければならない。それと音咲さんがお父さんである鏡三さんにその実力を遺憾なく発揮できたら尚良い。昨日のLIVEの無料パートだけでも、音咲さんがこのゲリラLIVEにどれだけ心血を注いでいたのかがわかる。だが結果はどうなるかわからない。鏡三さんが音咲さんの歌や演技を見るのがもしかしたらこれで最後になるのかもしれない。だからこそ悔いの残らないように全力を出してほしい。
──あとは、これだ……
僕はポケットからスマホを取り出した。メッセージを読む。
『着いたら連絡するね♪』
天久カミカさんと伊角恋さんが文化祭にやってくる。
──彼女達の正体と僕の正体がバレなきゃ良いのだが……
ちなみに妹の萌は体調がよくないらしい。そんなに重症ではないようなので、午後から行くと言っていた。僕は無理して来なくても良いと言ったんだが、行きたいと言ってきかなかった。
文化祭が始まって早々、僕らの模擬店、タピ焼きには列が出来始めた。音咲さんがSNSで紹介していたのをチェックしていた学校の生徒達がこぞって並び出したようだ。
松本さんが言う。
「このままだと生クリームすぐなくなっちゃうから、手の空いてる男子は消毒してから作って!!」
僕らは氷水に浸かったボールに生クリームとグラニュー糖を指定された量入れて、泡立て器でかき回す。
これがなかなか大変で、野球部やバスケ部の男子達と一緒に約8分ほどかき回した。その間に、調理担当はたこ焼き器で生地を焼いて、タピオカを入れる。それと平行してチュロスを温めてカリカリにして、プラスチックのコップ型の容器の内側に生クリームを塗りたくる。焼きあがったたこ焼き型の生地を生クリームの入った容器にトングで幾つか入れて、プリンを乗っけ、更に生クリームで蓋をするように入れた。最後の仕上げに黒蜜かチョコレート、ブルーベリーのソースを斑にかけ、チュロスと爪楊枝をぶっ指して出来上がる。なるほど、おいしそうではある。
商品を受け取り、カメラを向けるお客さんを見て僕はなんだか嬉しくなった。すると松本さんと音咲さんといつも一緒にいる小坂茉優さんが僕に言った。
「ねぇ!レジちょっと手伝って!!」
生クリームを作り終えた僕は頷いて、お客さんをさばいていく。
お金を受け取って、商品とお釣りを差し出す。列は減らない。生地が焼きあがるまで時間が少しかかると、僕は生クリームをかき回した。生地が焼きあがるとまたレジに走る。
まだ1時間程しか経っていないが、だんだんと疲れ始め、集中力が切れ始めるとお客さんの声が聞こえてきた。
「おい、まだか?」
僕はハッとして、目の前にある出来たばかりのタピ焼きをお客さんに手渡した。その時そのお客さんと目があった。
どこかで見たことのある男の人が2人。
──新界さんとルブタンさんだ……