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第160話 ビューティフルドリーマー

~織原朔真視点~


 いよいよ明日に迫った文化祭の準備に取り掛かる。この日は土曜日だが、部活動等は禁じられ皆明日の文化祭の装飾やステージを使ったパフォーマンスのリハーサルが行われている。


 例年ならばこの土曜日と日曜日の2日間に渡って開催されるのだが、流行り病の影響により1日だけとなっている。


 学校はいつもとは違う音で満たされていた。


 段ボールをカッターで切る音、筆を走らせる音。机を運んだり、並べたりする音。体育館のステージで演奏をするのだろうか、楽器を軽くかき鳴らす音。そうかと思えば友達と喋る声も聞こえた。


 僕は実行委員の1人の為、装飾用の段ボールや厚紙等を美術室から取りに行ったり、出来上がった模擬店のシフト表を掲載したり、買い出しに行ったりと割りと忙しかった。


 そして体育館のステージを使う1日の進行表を取りに行った際に、一ノ瀬さんに声をかけられる。


「お、織原君。明日のこの時間って誰かと回る予定ある?」


 17時~17時30分。音咲さんのゲリラLIVEが16時30分からである。LIVEは17時までなのでその後の時間帯となる。


「いや、特にな──」


 特にないと言いかけた僕は思った。妹とカミカさん、伊角恋いすみれんさんが文化祭に来る。カミカさん達を萌に任せっきりというのも良くないし。彼女らがいつ帰るのかもわからない。


 カミカさん達を置いて、僕は一ノ瀬さんと一緒に回るのはなんか違う気がした。


「ご、ごめん。もしかしたら知り合いがその時間までいるかもしれなくて、そうなったらその人達をほったらかしにできないじゃん?」


 一ノ瀬さんは少し寂しそうな表情になった。下を向いたかと思うと僕に目を合わせて質問してくる。


「し、知り合いって誰!?」


「そ、それは……」


 ──カミカさんが来ると言っても良いのだろうか?いやそれはよくない。


 僕は言った。


「い、妹とか……」


「とか!?」


 一ノ瀬さんは食い付いて訊いてくる。僕が答えあぐねていると、一ノ瀬さんは提案をしてきた。


「じゃあ、その人達が先に帰ったら私と回れるってことだよね!?」


「ま、まぁ…そうなるね……」


 一ノ瀬さんはヨシと頷いて、自分の仕事に戻っていった。廊下を曲がるその瞬間、僕の方を振り返って手を振る。


「約束だからねぇ!!」


 一ノ瀬さんは角を曲がって姿を消した。僕は思う。


 ──もし、カミカさんと歩いているところを見られたらなんて説明しようか?遠い親戚とでも言ってみる?いやそれは無理な気がする。


 僕は教室に戻った。既に段ボールとトラスのように組まれた机によって客席と厨房のような作りが出来上がっている。


 同じ実行委員である松本さんを中心に順調に装飾が出来上がっている。


 僕はその様子に感心しながらステージの進行表を教室の黒板に掲載すると、何人かのクラスメイトが集まり、この時間のこれに出るとか、見に行こう等という会話が生まれた。ちなみに16時30分から行われる音咲さんのゲリラLIVEにはスペシャルLIVEとしか掲載されていない。


 すると校内放送が流れ、2年A組の材料が届いたとの連絡が入る。松本さんが僕に目を合わせてきて一緒に荷物を取りに行くこととなった。


 教室を出て、一階にある事務室まで一緒に歩く。楽しそうにはしゃぐ生徒達とスレ違うなか、僕と松本さんには会話がない。


 今さらこれといって気になるような沈黙ではないが、最近の松本さんはどこか様子がおかしい気がする。


 僕が松本さんに喋りかけようとすると、彼女は立ち止まり、僕に質問する。


「…明日の17時~って誰かと回る予定ある?」


 一ノ瀬さんにも同じような時間帯を尋ねられた。きっと2人とも文化祭の運営で暇になるのがその時間しかないのだろう。僕はというと、16時30分からやる音咲さんのゲリラLIVEの手伝いをするまでは自分のクラスの模擬店の手伝いとカミカさん達の相手をしている予定だ。一ノ瀬さんと同じような断り文句で松本さんに伝える。


「ご、ごめん……もしかしたら知り合いがその時間までいるかもしれないから……」


「知り合いって誰!!?男、それとも女!?」


「妹とかだから女だけど……」


「とか!?」


 一ノ瀬さんと同じ食い付きかただ。


「い、妹の友達だから女だと思うけど……」


「そ、そっかぁ……でももしかしたら妹ちゃんはその友達と一緒に回りたいかもしれないよね……も、もしだよ!?もしその時間に妹ちゃん達が帰ってたら私と回れる?」


「ぁ…もしそうなったら一ノ瀬さんと約束しちゃってて……」


 松本さんは俯きフルフルと震え始めたかと思えば、それがピタリと止まり、僕を悲しそうに睨み付けてから口を開き、走り去る。


「……お、織原のバカヤロー!!!」


 彼女の目が少しだけ潤んでいたように見えた。


 とり残された僕は、1人荷物を取りに学校の1階にある事務室へと向かった。


 中に材料が入っている段ボールが4箱あるが4ついっぺんに持っていくのは無理だ。僕は2回に分けて教室まで運ぶことにする。


 大きいサイズの段ボールだ。二つ重ねて持ち運ぶと前方がギリギリ見えるぐらいの高さになる。それと結構重い。僕は両腕を震わせながら慎重に廊下を歩いた。


 すると声が聞こえる。


「せんぱ~い!!」


 薙鬼流ひなみだ。僕の無防備な背中をラグビー選手のタックルのようにして、体当たりしてきた。


「どわっ!!」


 持っている段ボールは廊下に音を立てて転がり、僕は前のめりに倒れた。倒れても尚、僕の背中からお腹にかけて回した薙鬼流の腕は離れない。ガッチリとホールドされている。僕の背中に頬擦りしながら薙鬼流は言った。


「先輩、先輩?明日の17時~って誰かと回る予定ありますか?」


「まずこの腕を離せ」


 薙鬼流の腕は名残惜しそうにゆっくりと僕の体幹から離れていった。僕は起き上がる。兎の耳のようなリボンカチューシャをしている薙鬼流は廊下にアヒル座りをしながら僕を見つめてきた。僕はそれを無視して廊下に転がった段ボールを集めながら言う。


「さっきからその時間帯に誘われるんだけど、何かあんのか?」


「ほぉ~…モテモテですね……誰に誘われました?」


 僕の質問に答えようとしないので僕は薙鬼流の質問には答えなかった。


「おおよそ検討はつきます。愛美先輩と弁当マウントギャルですよね?」


 正解をつかれて僕は尻込む。


「それで?先輩はどっちと回るんですか?」


 答えたくなかったが、ここまでわかっているのなら一ノ瀬さんと松本さんに言った口上で誤魔化すことにした。


「2人とは回らないよ。知り合いが来るから、その時間はその人と回るつもり」


「ぼっちの先輩に知り合いが!?」


「失礼だな!!」


「誰ですか?私の知ってる人ですか!?」


「こ、答えたくない……」


「もしかしてライバーですか?」


「うっ……」


「ライバーなんですね!?」


 その時、声が聞こえた。


「おい、大丈夫かぁ~?」


 担任の鐘巻先生だ。薙鬼流は僕から鐘巻先生に視線を反らしたその隙に、僕は段ボールを急いで積み上げて逃げるようにしてこの場を去った。


 やっとの思いで教室に戻ると、皆がスマホを眺めていた。僕はそれに構わず材料の入った段ボールを置くと、クラスメイトの1人がスマホを見ながら叫んだ。


「キタキタキター!!!」


 それに呼応するように、他のクラスメイト達も声をあげる。


「やばー!!」

「うわぁーー!!」

「やっぱりアイドルなんだよなぁ」


 アイドルという言葉が聞こえてきて僕は悟った。


 ──音咲さんの、椎名町45のLIVEか……


 最近ではこのようにして、LIVEの一部分を動画投稿サイトで無料で公式が生配信しているケースがある。


 僕は近くにいる男子生徒のスマホ画面を覗き込んだ。

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