第136話 ワイドデショー
~音咲華多莉視点~
扉をゆっくりと開けた。丁寧に開けようと心掛けてはいたものの、震える手で開けようとするとこのスピードで限界だった。部屋の灯りと廊下の灯りが混ざり合う。その時、スタッフさんの声がした。
「すみません。誰か来たようなので、本番宜しくお願いします」
話を中断させてしまったか、私は自分にマイナス点を与える。
「はい。宜しくお願いします」
エドヴァルド様の声が聞こえた。
──はぁ、はぁ、はぁ、この扉を開けたらエドヴァルド様がいる。私の憧れの人が……
扉を完全に開けた。
中にはスタッフさん1人と机の上にノートパソコンが置いてあった。
「え?」
私の呆けた声にスタッフさんが反応する。
「お、音咲さん。おはようございます!どうしました?」
狼狽えながら、瞬時に状況を把握した。エドヴァルド様はリモートでの参加で、事前に打ち合わせをチャットでしていたようだ。
私はスタッフさんの質問に答える。
「…あ、あの今日、急遽エドヴァルド様…エドヴァルドさんの出演が決まったと聞いたので、挨拶をしようかと……」
「あ~!すみません!うちのスタッフがリモート出演なのに、エドヴァルドさんの楽屋を用意しちゃったんですよ!」
「あぁ~、そうなんですね…失礼しました……」
一気に力が抜けて、ノソノソと部屋をあとにする私を見てスタッフさんが言った。
「だ、大丈夫ですか?体調が悪いんじゃ……」
後ろを振り返り、誤解を解く。
「いえ、ちょっと力が抜けてしまっただけなので大丈夫です!ご心配かけてすみません」
「いや、そんな……」
スタッフさんは私に触れないよう、それでいて私がもし倒れてもいつでも支えられるように両手を広げながら、私を心配してくれた。私はその気遣いにお礼をして自分の楽屋へと戻った。
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~織原朔真視点~
「はい。宜しくお願いします」
番組事態は10時から始まるようだが、僕の出演するのは11時かららしい。
その間暇ではあるが、通話はその30分前ぐらいから繋いでいてほしいとのことだった。
ていうか、音咲さんもこのワイドデショーに準レギュラーで出ていることを僕は知らなかった。この番組事態は前から知っている。大御所お笑い芸人の2人がメインで出演していて、弁護士や芸能リポーター、元サッカー日本代表選手、そして女子高生等が世代の価値観や専門知識を提示して、ピックアップしたニュースを様々な角度できっていく。
その女子高生が音咲さんなのだ。
──現役女子高生アイドル……
番組がスタートした。
MCを勤めるお笑い芸人の西野さんが椅子に座りながら礼をして、挨拶をした。
『おはようございます。ワイドデショーのお時間でございます』
関西弁混じりの挨拶に被せるように、もう1人のメインキャストのお笑い芸人、勝本正志さんが挨拶した。
『おはようございまぁす』
少しだけダミ声というか、ニュース番組にしてはしまりの悪い挨拶だが、これがこのワイドデショーの持ち味なのだ。ゲストコメンテーターには歌手活動をしている東川さんが勝本さんの隣に座っている。その東川さんの紹介が終わると勝本さんが申し訳なさそうに言った。
『いやぁ~これねぇ、折角ゲストに来てもらってる東川君には申し訳ないんやけどぉ、こう、ニュースに行く前に、少し謝罪をしても良いですか?』
『どうしたんですか?』
『うちの相方が、お騒がせして申し訳ないなぁって』
昨日勝本さんの相方である岸田さんがパパ活不倫を暴露されて話題になっていた。
『いやいやいや!まだ事実確認が出来てないのでぇ──』
『そう!だからなのよ!もうニュースにも出来へんっていうのがスタッフにも悪いし、後輩も気ぃ遣うし、ミスターアンドーナツにも悪いし』
『企業名はダメですよ!いやでも勝本さん?あの岸田さんのネット記事が出てからミスアンのフレンチクルーラーが爆売れしたみたいですよ?』
『CMのオファー待ってます』
『絶対来ませんやん!』
ここでスポンサー企業が画面に表示され、予め録音された女性の声が企業名を読み上げる。それが終わると、西野さんは言った。
『えぇ~連日報道されている強盗事件に新たな動きがありました──』
真面目なニュースに入る。このニュースが終わったら僕の出演だ。
通話をオンにした。
「あ、あ、あ~。聞こえますか?」
『はい!聴こえます!もう少しで出番なので、通話はこのままにしていてください』
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~音咲華多莉視点~
セットの袖で私はいつでも出ていけるように待機している。基本的には台本通りに進行する為、どこでコメントを求められるかは事前に知っている。しかし生放送である為、突発的にコメントを求められることもある。そのため袖で待機しているのだ。
現在、私と同じような立ち位置の弁護士である猫塚弁護士が組織的強盗事件の見解を語り、西野さんからの質問を受けている最中だ。
「……ということは、これからこういった犯罪を減らすにはどうしたら良いと思われますか?」
「よく言われていることは、教育ですね。しかしいくら教育を施されても人は貧困には勝てません。明日食べる物もないとわかった時、犯罪に手を染めてしまうものです。まずは労働に見合った賃金が必要であり、それと同時にセーフティーネットの拡充が重要かと思われます。そのような人達が今まで間接的に他者を傷付けて欲を満たしていたのが、今度は直接的に他者を傷付けようとする可能性は十分にあり得ることです」
「そう、それを失くすには一体どうしたら……」
「難しいことですが、我々皆が同じ共同体であるという意識が重要です。特権階級や既得権益、考えや価値観の違い、右派や左派、国際問題や人種、ジェンダーによる差別、そう言った沢山の分断を是正しなければ完全に失くなることはないと思います」
「それはもう無理ということですか?」
「そうですね…少なくとも自分の身の周りにいる人達の──」
難しい話をしている。たまにこう言ったニュース番組に出ると話についていけないことがある。それは単純に私の頭が良くないのか、それとも自分の周りの出来事ではないから想像しにくいのかよくわからない。
アイドルの私が、しかもホテル経営をしているお父さんの娘が、こういった事件や出来事に自身の見解を披露すると炎上の対象となる。
〉お前に何がわかる?
〉JKは黙ってろ
〉何も知らない癖に
容易に想像ができる。
私はこのニュースに関わるならなんとコメントをするか、炎上しないように当たり障りないコメントが言えるように訓練しなきゃいけないと思った。
CMとなり、次のニュースに移行する。次がバーチャルユーチューバー、Vチューバーの特集だ。
──エドヴァルド様との、きょ、共演……
私の心臓が皮膚を突き破りそうなくらい強く打ち始めた。こんなに緊張するのはいつぶりだろうか。オーディションの時?初めてのライブの時?そんなことを考えているとあっという間にCMがあける。
スタッフさんの声が聞こえた。そのスタッフさんはカメラの足元に身を屈め、5つある指を1つずつおりながらカウントダウンする。
「CMあけまで5秒前ぇ!4、3……」
2、1は声を発さずに、指の動きだけでそれを知らせる。CMがあけた。映像が先行して電波に乗る。
『バーチャルユーチューバー、通称Vチューバーが話題に』
女性のナレーションが入る。映像には私の知っているVチューバー達の映像が写った。ブルーナイツに所属する加布里ミュンやこの間FMSで共演した天久カミカ。そしてエドヴァルド様が写る。
『若者の間で大流行。大手のVチューバー事務所LIVER・A・LIVEの時価総額はここ富士見テレビを超え、その勢いと人気は上昇し続けております。そしてその勢いは世界にも……』
エドヴァルド様の歌枠をバズらせたザスティン・マーランのツブヤイター画面が写り、男性の声でそのツイートの日本語訳が流れた。
『今日は、そのザスティン・マーランさんも認めたVチューバーのエドヴァルド・ブレインさんをゲストに迎えて、今後のVチューバー業界について話していきます』
映像があけて、カメラがMCである西野さんを写す。
「え~それではゲストのVチューバー、エドヴァルド・ブレインさん、です」
間違えないようにたどたどしく名前が読み上げられた。そして西野さんに向かって左隣に長方形のモニターが設置されており、そこにオレンジ色の髪をしたエドヴァルド様が写る。
──きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!
そしてエドヴァルド様が挨拶をした。
『おはようございます。エドヴァルド・ブレインです。宜しくお願いします』
──あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!
「宜しくお願い致します。え~勝本さんはどうですか?ご存知でしたか?Vチューバーは?」
「えぇ、知ってはいたんですけど、世界的に流行しているとは知りませんでしたねぇ」
次に西野さんは東川さんに話を振る。
「東川さんはどうでしょうか?」
「はい。勿論知ってましたし、エドヴァルドさんの歌も聴かせてもらいました。めちゃくちゃ上手かったですよ」
すると、エドヴァルド様が照れ臭そうに言った。
『ありがとうございます』
西野さんが目の前の机にある台本を捲りながら質問を始めた。
「え~、エドヴァルドさんは普段はどう言った活動をしてはるんですか?」
『それがですね。歌を歌った配信はあのバズったやつだけで、普段は雑談配信だったりゲーム実況が主ですね』
「っはぁ~!じゃあ初めて歌を歌う配信で、たまたまザスティンさんに聴いてもらったってことですか?」
『そうなんですよ!だからめちゃくちゃ運が良かったです』
喋ってる。エドヴァルド様が喋ってる。私の出るテレビ番組にエドヴァルド様が出てる。多くの人に注目を浴びて、有名になっていく。少しじれったいというか、寂しい気持ちもあるけれど、エドヴァルド様がどんどんと上に昇っていくのを見て、私は高揚している。
勝本さんが言った。
「その、Vチューバーさんだけじゃなくて最近、後輩の芸人達もゲーム実況っていうのをやってるんやけど、どうして皆ゲーム実況するんかね?」
『それはぁ……、これを言ったら炎上するかもしれませんが、これから言うことはあくまで僕の意見なんですけど、ゲーム実況って楽なんですよ』
ほぉ、と相槌を打つ勝本さんは、エドヴァルド様に先を促した。
『例えば、映像ネタを使うお笑い芸人の陣之内さんっていらっしゃるじゃないですか?その映像を使って陣之内さん以外の芸人さんがツッコミをする感じで、初めてそのネタを見る視聴者は単純に楽しめますし、その映像ネタを知ってる人はこの人はどうやってツッコミを入れるんだろうっていう目線で楽しめる。そんなコンテンツがゲーム実況だと僕は思っていて、陣之内さんの映像はお笑いに特化したものじゃないですか?それがゲームだと感動に特化したモノとかホラーに特化したモノとか色々とジャンルがあって、それを0から作り出すのをゲーム会社に委ねて自分はそれにツッコミを入れるだけで成り立つ娯楽って感じですかね?』
「ん~なるほどぉ……」
勝本さんは唸るように感心した。西野さんがVチューバーの捕捉説明を入れた。そろそろ私の出番だ。
「えぇ~、これまでにもですね。Vチューバーのおかげで、低迷していたテーマパークの売り上げが25倍にまで羽上がったとか、Vチューバーとコラボした酒造メーカーに注文が殺到したりだとか経済的にも多大な貢献をしているとのことです。もぉホントに我々おじさん達にはなかなかわからない世界なんですけども、ここで現役女子高生の意見も聞いてみたいと思います。かたり~ん!」
西野さんは斜め後ろを振り返り、私の立ち位置となる場所を見つめた。私はセットの袖から出る。