第132話 不確かな未来に
~積飛獏視点~
今の勝ちはデカイ。エドを潰す為の資金も集まった。次も手札次第では勝負に出ても良い。
次のゲームが始まった。
パウラ・クレイ
→18550
霧声麻未
→3650
D天久カミカ
→4850
SBエドヴァルド
→12750
BB積飛獏
→18000
俺の手札はこれだ。
♣️8
♥️2
──これはフォールドだな。エドの動き次第で撹乱しても良いが……
パウラが『フォールド』、麻未さんも『フォールド』、カミカさんが珍しく『レイズ』を仕掛けてきた。
天久カミカ4850→3250
→1600
ブラフの可能性もあるが、十中八九強い手札だろう。そのカミカさんの『レイズ』宣言にエドも『フォールド』した。
──俺もここは『フォールド』を選択しよう……
そう思って画面のフォールドにカーソルを合わせようとすると、カミカさんが言った。
「あぁ、これからメン限でしか言わないような話をしようと思うんですけどどう思いますか?」
俺は手を止めて、カミカさんに言った。
「どうしたんすか急に?」
「いやぁ、なんかこういうギャンブルの場に身を置くといつもとは違う自分が出てくるんですよぉ。だからメン限でしか言わないような話をしようかと……」
「どうぞ、俺のチャンネルにそんなレアな話をしてくれるならありがたい限りですけど」
メン限とは、メンバーシップ限定の、という意味だ。チャンネル登録は無料でできるがこのメンバーシップというのは月に500円ほど視聴者が支払う。その代わりに限定スタンプを入手できたり限定の配信を視聴できるようになる。俺はフォールドをクリックしようとするとカミカさんが言った。
「この回でしか喋りたくないんですよねぇ」
ピクリと俺は反応し、『フォールド』を押すのを躊躇った。
「つまり…どういうことですか?」
嫌な予感がする。
「この回、つまり積飛さんがレイズかコールしてくれなければこの話はなかったことになるってことです」
──野郎……
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~田中カナタ視点~
「カミカさんの手ぇ、強いですねぇ。さっきからキングスとかエーシーズとかAブロック熱すぎません?」
「そうっすよねぇ~」
天久カミカ
♥️K
♣️K
「しかし今までカミカさんはレイズを宣言したことがありませんでした。なのでカミカさんの次のエド君は勝負を降りましたね。彼もそこそこ良い手でしたけど、キングスには敵いません。これは次の獏もフォールドを選択するでしょう。カミカさんは運がなかった。みんなの手札が弱すぎましたね」
1人だけが強い手札というのは逆に皆がフォールドしてしまうため、勝負にはならない。
「あれ?でもなんか獏、フォールドしてなくない?手が止まってね?」
〉悪魔の囁き……
〉獏が試されてる
〉カミカ節炸裂!!
〉これぞ天久カミカ!!
「ん?コメントが……」
詩音がコメントを拾って解説した。
「カミカさんが獏を誘ってるみたいですね。レイズかコールをすればメン限でしか言わないようなことを話すって言ってます」
「ハハハ!!ちょっともう少し向こうの卓の音量上げるか!!」
獏の苦しむ声が聞こえる。
『ぅっ……くっ……』
「揺れてんなぁ!彼の中のギャンブラーとしての誇りと配信者としての誇りが今ぶつかり合っている!!」
『ぅ…おおぉぉぉぉぉぉ!!!』
雄叫びと共に『コール』が選択された。
BB積飛獏18000→17200
→800+800=1600
「配信者としての撮れ高を取ったぁぁ!!!」
3枚のカードが捲られる。
♦️K ♦️4 ♥️3
『さぁ、獏さんの番ですけど、さっき言いましたよね?この回でしか話さないって。チェックなんてぬるい手は選ばないですよね?』
「これは酷い!!最近流行りの貢がせ物を見ているようだ!!」
〉草
〉また炎上すんぞ?
〉乗るな獏!!
『ベット……』
積飛獏17200→16400
→800
「ま、負けた!誘惑に負けたぁぁぁ!!」
『良いでしょう。貴方の誠意に応えましょう。これから話す内容はなぜ、Vチューバーは風当たりが強いのか、という刺激的な内容になっております』
向こうの卓にいるプレイヤー達がゴクリと生唾を飲みこむ音が聞こえてきた。
『そもそも、Vチューバーが何故流行ったのかを私なりに分析してみました。そこから何故、Vチューバーは風当たりが強いのかを説明していこうと思います。まず人気の理由は、おそらくアニメーションのキャラクターを推す文化とライブ配信で時間と価値観を共有し、双方向のコミュニケーション文化との融合が大きな原因だと思います』
〉論文か?
〉入り方が新書っぽいw
〉それで?
『またテレビ等の芸能人やアイドルのイケメンや美女、或いは反対に顔の整っていないお笑い芸人達にはないモノをVチューバーは持ってました。それはVチューバーの中の人の持つ顔が普通か、普通よりも少しだけブスな顔です』
『なんつうメタい発言を……』
少しだけコメント欄が荒れたが、カミカさんは続ける。
『イケメンや美女、ブスの話は面白いんですけど、共感はしにくいんですよ。それに比べて顔面偏差値50前後の私達の方が数も多く共感されやすい……あ、時間切れになっちゃうからレイズするね』
天久カミカ3250→1650
→1600
このゲームは過度な遅延行為を行えないように、制限時間が設けられている。制限時間となると自動的に『フォールド』となってしまうのだ。カミカさんのレイズ宣言に戸惑うも獏は尋ねた。
『そ、それがどうして風当たりが強いことに繋がるんすか?』
『話が聞きたければ、コールかレイズを選択してこの回を伸ばさなきゃ、ね?』
『うっ……くそっ……』
『視聴者も聞きたがってますよ?』
〉獏さんお願いします。
〉聞きたいです。
〉ここで降りたら配信者じゃない
獏の懇願する声が聞こえてきた。
『だぁっ!これで終わりですからね!!もうびた一文だしませんから!だから次で絶対結論まで話してくださいよ!!コール!!』
積飛獏16400→15600
→800+800=1600
『まぁ!獏さん、スーパーチャットありがとうございます』
『スパチャ言うな!!早く話せや!!』
4枚目が捲られた。最早誰もそのカードに興味を示してはいなかった。
♦️K ♦️4 ♥️3 ♣️9
『まぁまぁ、落ち着いて。つまり、我々に共感しやすいということは同時に我々に嫉妬しやすいんですよ』
「どうして?」
『どうして?』
俺と獏の声が被った。
『だって、この天久カミカの顔さえ手に入れば私と同じように稼ぐことができたんですから。彼等アンチは、我々に共感しやすいが為に、我々に嫉妬心を抱きやすいんですよ。お前と同じことなら私にもできるってな具合にね。お前はそんなに楽しく毎日を過ごして、お金を貰って、それなのに私はどうしてこんなにも苦しい生活をしなきゃいけないのっていう嫉妬が怒りに変わる』
「な、なるほど……」
獏はその間に掛け金を上げずに『チェック』を選択した。カミカさんは勿論『ベット』だ。そして獏が次のターンで『フォールド』。
『あれれぇ?降りちゃったんですかぁ?』
『くっ…次はもうないですからね?』
パウラ・クレイ
→18550
霧越麻未
→3650
D天久カミカ
→9450
SBエドヴァルド
→12750
BB積飛獏
→15600
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~織原朔真視点~
カミカさんの話には説得力があった。良い顔さえ手に入れば自分の人生が好転する。モデルや俳優のような先天的にできた顔は諦めがつきやすいが、僕たちVチューバーは後天的だ。良い絵師さんと組めれば人生が薔薇色に変化していく。そう思う視聴者さんも少なくないだろう。
ユーチューバーにも同じようなことを言っている人を見たことがある。ユーチューブが流行る前に動画を定期的に投稿していれば、実力がなくとも、それなりに人気になれたし、稼げた。今はユーチューバーも飽和状態となり、これから動画投稿をしても人気になるのはかなり難しいだろう。
彼等は運が良かった。たまたま流行っただけだと嫉妬心を露にしながら発言する人がいる。だから最近、動画投稿サイトの広告収入が下がったニュースが出れば、ざまぁみろと呟く。ユーチューバーとしてデビューしなかった自分を正当化しようとするのだろう。
カミカさんの言う通り、そんな嫉妬心を剥き出しにするアンチは、僕らのことを、もう1人の自分として見ているのだろうか?良い人生を送っている自分に、苦しい人生を送っている自分が傷付ける。アンチと僕らはそんな表裏一体の関係なのだろうか?
──いや、違う…上手く言語化できないけど…違う気がする……
そこには明確な違いがあると僕が思ったところで次のゲームが始まった。
BBパウラ・クレイ
→17550
霧声麻未
→3450
天久カミカ
→9250
Dエドヴァルド
→12550
SB積飛獏
→15000
霧声麻未さんから始まった。麻未さんは『コール』を選択した。
霧声麻未3450→2650
→800
そして次にカミカさんの番だ。カミカさんは言った。
「私達Vチューバーとアンチはね、互いに共感し合いながら互いを軽蔑する関係にある……しかし私達とアンチにはね、明確な違いがある、と私は思っています。それはなんだと思います?」
獏さんが言った。
「また、たかるんすか?その手にはもう乗らないっすよ?」
僕は聞きたかった。先程自分では上手く言葉にできなかったからだ。しかしカミカさんが言った。
「チップは求めません。ここからは私の独り言です。似たような経験をしながら、私達を羨むアンチと私達の違い。それは──」
クリック音がした。
その瞬間、見覚えのある稲妻のエフェクトが画面を二分するようにほとばしる。カミカさんが口を開いた。
「それは、Vチューバーというわけもわからない職業に自分の人生の全てをオールインできるかどうかだ!!」
天久カミカ0
→9250
オールイン。全ての掛け金をカミカさんは賭けた。上手く言語化できなかったことをカミカさんが言葉にしてくれたのだ。それを聞いて僕は高揚していた。この卓で、皆とポーカーができて最高に楽しい。
どうなるのかわからない。この先何が起こるのかもわからない。だから楽しい。不安という要素があるからこそ賭けるに値する。僕は声をださずに微笑んだ。そして僕の番が回ってきた。
「……」
無言の僕に獏さんが言う。
「おい、エド…お前……」
獏さんが何かを察する。僕は言った。
「さっきの話聞いて、燃えない奴どこにいるんすか?」
「や、やめ──」
「オールイン」
エドヴァルド0
→12550
「だぁぁぁぁぁぁ!!前半までの心理戦返せよぉぉぉぉぉ!!」
そう吐き出しながら獏さん続けた。
「オールインじゃボケぇぇぇ!!」
SB積飛獏0
→15000
「パウラもオールインしますぅ~~!!」
パウラ・クレイ0
→17550
麻未さんもそれに乗る。
「わ、私もするしかないじゃないですか!!」
霧声麻未0
→2650
全員の手札がオープンとなり、5枚のカードがゆっくりと順番に捲られる。