第125話 焦り
~松本美優視点~
もう少しで夏休みも終わる。それに伴ってかバイト先のファミレスには連日多くのお客さんが来店してくる。皆夏休みの最後の思い出を作りに遊びに出掛けているのだろう。その休憩所としてこのファミレスの立地は最も適しているといえる。
「松本さぁ~ん、3番行って良いよぉ~」
先輩のゆきさんが指示する。3番とはお客さんの席の番号ではなく、休憩という意味だ。
「はぁ~い!」
私はバックヤードへと入り、椅子に腰掛け休憩する。夏休みが終わって授業が始まるのは嫌だが、華多莉や茉優と早く会いたい。それと──
──織原とも……
『友達想いで、お母さん想いの女の子?』
織原の声と言葉を今でも鮮明に覚えている。胸に痺れるような温かい想いが込み上がってくるのを感じる。私はそれを抱き締めるようにして椅子の背もたれから前屈みになった。思わず口元が緩んでしまう。
──早く会いたい……
その気持ちを発散させるためか、私は足をバタバタとさせて床に打ち付けた。
その音を聞き付けてか、先輩のゆきさんがバックヤードの扉を開ける。
「だ、大丈夫!?」
「…大丈夫です……」
前屈みの姿勢からゆきさんを見上げるようにして言った。
「お腹痛いとか?」
「いや、そうじゃないです……」
そう、と言ってゆきさんはバックヤードへと入ってきた。
「あ、休憩ですか?」
「うん」
ゆきさんは私と向かい合う形で座って、スマホをいじった。
「松本さんってさ、Vチューバーとか興味ある?」
突然の質問だったが私は答える。
「あぁ、友達に好きな人いますけど、私は……」
そう、華多莉が確か好きだって言っていた。それにしても最近よくVチューバーの名前を聞く。
「そっかぁ、私最近この人の歌にハマっちゃってさぁ──」
ゆきさんはそう言って私に自分のスマホを見せ付けた。ゆきさんのスマホ画面にはオレンジ色の髪をしたVチューバーが写っている。ゆきさんは音量をカチカチと上げて、私にそのVチューバーの歌声を聴かせてきた。
低い歌声。英語の歌詞。茉優ならこの洋楽も知ってるのかもしれないけど、私にはさっぱりわからなかった。
「へぇ~……」
上手くリアクションがとれない私だが、何か引っ掛かる。とても聞き覚えのある声だからだ。
「どうだった?」
ゆきさんの純粋な眼差しが私に注がれる。下手な感想は言えない。だから思ったことを素直に言う。
「ふつーに上手いと思いますけど……」
「けど?」
「そのぉ、どっかで聞いたことのある声なんですよねぇ……」
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~霧声麻未視点~
私、霧山瑠美はブルーナイツ二期生の霧声麻未である。リアルと違ってホッソリとしたシルエットに、長い黒髪の毛先をピンク色に染めているネットの中での私。現実の私は一重だが、麻未はくっきり二重で誰もが羨む容姿をしている。前髪や前頭部にはたくさんの髪飾りを着けていて、それを今度グッズにすると運営さんは言っているが、実現するのは一体いつになるのか私にはわならない。運営さんも忙しい。私にはその忙しさを理解できた。『ブルーナイツ』に入る前、私は地下アイドルのマネージャーの仕事をしていたからだ。
子供の時からアイドルが大好きで、小さな箱でやるライブの雰囲気も好きで、いつしか自分もステージに上がるんだと思っていた幼い頃の私だが、現実を思い知る。お世辞にも可愛いとは言えない自分の容姿と体型に絶望した。暗い学生時代を過ごしていたが、アイドル好きなのは変わらない。いつしか私の夢はアイドルになることから、他の誰かを輝かせるお手伝いをすることに変わった。
しかし、当時担当していた子達や少ないながらもいたファン達を前にしてのライブを見る内に、私もあのステージに立ちたいという想いが甦る。そしてとうとう見つけた。
『新人バーチャル高校生「霧声麻未」オーディション』
容姿や体型は関係ない。自分の実力次第である。未来から来た高校生という設定だが、そのロールプレイを現在も守っているかというと少し自信がない。しかし私は頑張った。毎日配信や声や歌を少しでも向上させるためにボイトレに行ったり、話術の勉強のために落語や漫才なんかを暗記したりもした。
そしてリアルイベント。豊洲のイベント会場。マネージャーをしていた時は、ここに担当の子達を連れてくることが1つの目標であった筈なのだが、今では自分がそのステージに立つなんて、当時の私が知ったらどう思うだろうか?
夢が叶った。
夢が叶った筈なのだが、それでも人生は続く。新たな夢。新たな目標。日々動画投稿サイトの仕様が変わる中、新しい投稿サイトが開設され、視聴者の感じ方も1ヶ月単位で変化していく忙しないこの業界の中で、私は焦りを募らせた。
二期生の私達がデビューしてから直ぐに三期生、四期生と才能溢れる後輩たちがデビューしたのだ。
初めは頼もしさを感じていたのだが、実力の差は歴然。チャンネル登録者数という簡単な指標によってどんどんと追い越されていくのを実感する。同期の鷲見は彼女らと肩を並べて遠のいて行く。
──私は……
そんな焦りはやがて怒りへと変化していく。五期生、六期生、特に六期生のチャンネル登録者数が伸び悩む。ブルーナイツに所属したとしても誰もがチャンネル登録者数100万人を超えるわけではないのだ。その後運営は海外展開をして海外のVチューバーが誕生したが、この話はまた別の機会にしよう。メタバースやルッキズム、ポリコレなんかを意識した改革がVチューバー到来により解決されるのではないかと私は期待している。
話を戻そう。
そして満を持して七期生が誕生した。私は耳を疑った。あまり箱の人数を増やすと視聴者は追えなくなってしまう心理を運営は知らないのか?好きな映画のシリーズやドラマシリーズがシーズン10を超えると見たくなくなるでしょ?
それよりは今いる六期生や私のチャンネル登録者数を100万人に持っていく努力をしてほしい。
そんな感情もあってか私は七期生にあまり良い印象がない。またチャンネル登録者を増やそうとする私の作戦を運営は真似してきたのだ。七期生に、デビューして直ぐ男性Vチューバーや男性実況者とコラボさせ、今までのブルーナイツにはないようなプロモーションをとってきた。三期生がデビューをしてから、ユニコーン─男性配信者とコラボすることを嫌うファン──が増えた。そんなファンに配慮して三期生以降にデビューしたブルメン達は男性配信者と全く関わってこなかった。
しかし私は違う。初めは私も同様にして男性配信者との接点を絶ったが最近は男性ライバーと積極的に絡むようにしたのだ。運営はこの事に関して、初めは渋い顔をしていたがチャンネル登録者が伸び悩んでいた私の希望を聞き入れてくれた。けれども七期生に私と同じ様な戦略をとらせるとは想定外だった。
運営にも七期生にも私は苛立つ。
特にあの女。パウラ・クレイ。
薙鬼流ひなみや伊出野エミルもやはりあまり好きではないが、認めざるを得ない。薙鬼流なんかは、デビューして直ぐに前世バレして、過去の配信内容によって炎上した。しかしそれを見事自分の手で鎮静化させ、シロナガックスさんやエドヴァルドくんというチームメイトのおかげでもあるがFPSレジェンドプレーヤーである新界雅人を仕留めたのだ。私も同じ大会に、しかも新界さんと同じチームで出場していたが自分がもし同じ立場なら薙鬼流と同じようなプレイができただろうか?いや、それはない。気になって配信アーカイブを見に行ったが私が真似できるようなプレイではなかった。それに伊出野エミル。ゲームに料理、モノマネのクオリティだけでなく語学にも明るい。どうしてこんなハイスペックな人がVチューバーをやっているのか不思議であった。対してパウラ・クレイは何もない。強いていうなら声が可愛らしいといった取り柄しかない。ゲームの腕前も一般常識すら怪しい。声だけ、つまりは運だけで生きてきたような女だ。
──それがどうして、私よりもチャンネル登録者数が多いのか?
いよいよ明日に迫ったポーカー大会。そこにパウラも参加する。私は密かに燃やしている敵意をぶつけ、奴を倒すべく練習配信に明け暮れていた。それに、明日の参加者はカミカさんだけじゃなく今最も熱いVチューバーであるエドヴァルドくんも参加する。
──チャンネル登録者数を増やすチャンスだ!!
「さぁ、勝負よ!!」
〉殺気だってて草
〉堅実な打ち方やな
〉明日の大会がんばってください




