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第121話 もどかしい

~織原朔真視点~


 どうしてこうなった?


 僕は現在音咲さんの宿泊する部屋の中に彼女と二人きりでいる。廊下で少しの間、僕らは重なりあった後、音咲さんは落ち着いたのか、何事もなかったように立ち上がった。僕もゆっくりと立ち上がると、音咲さんに腕を引かれた。


「来て……」


 さっきから様子がおかしい。そもそも音咲さんを女の人の幽霊かと思ってしまったところからおかしいのだ。


 しかし、僕は声を出せない。声を出せばエドヴァルドだとバレてしまうかもしれない。でも何かを言いたい。


 どうしたの?一体何があったの?撮影で嫌なことでもあったの?


 イケメン俳優と2人で歩くあの時の音咲さんが頭に浮かんでしまった。


 その時、ふと僕の戸惑いが彼女に伝わったのか、彼女は言った。


「良いから何も言わずに来て……」


 僕の腕を引きながら、チラリと僕の方を向いて口を開いた。そんな彼女の目元には涙を拭った痕があった。


 泣き顔を僕に見られまいとする強さとそれでも僕に来てほしいと弱々しく腕を掴む彼女の力が僕には愛おしく感じられた。


 そして今、音咲さんはベッドに座り、僕には後ろを向くように指示を出す。僕はくるりと反転して視界を閉ざされたドアに向けた。


「ごめん。そのまま聞いてて…振り向いたら殺すから……」


 謝罪と脅し。相反する感情が僕をくすぐる。


「…私が、アイドルやってる理由知ってる?」


 僕は首を横にふった。


「お父さんに……」


 背中越しから震える声が聞こえる。彼女は言い直した。


「お父さんに認められたいから……」


 そうだったのか。僕は彼女に背を向けたまま聞いていた。


「今思えば、アイドルは遠回りだったかもしれないけどね、当時の私は多くの人に認められればお父さんも認めてくれるって思ってたの」


 少し自嘲気味に話す音咲さんは落ち着き始めた。


「エドヴァルド様や愛美ちゃんの活躍を見て、私も前に進みたくて…進んだつもりになって……それで失敗しちゃった……」


 ──何に?


「お父さんにね、今度私の出る映画の試写会に来てほしいって言ったの」


 ──それで?


「観るに値しないって言われちゃった」


 ──鏡三さんがそう言ったの!?


「私のお父さん、自分が認めた人以外には凄く厳しい人でさ、娘の私も例外じゃないのよ……」


 ──だからってそんなの…あんまりじゃないか……


 そう思ったその時、父親なんてそんなもんだ、という想いが過った。そうだ。僕のお父さんも人でなしじゃないか。


 僕の家庭環境を知っていた音咲さんはそれに気付いたのか、直ぐに謝ってきた。


「ご、ごめんなさい!貴方の…こと……何も考えないで私……」


 僕は振り向いた。


 音咲さんは戸惑っていた。僕の顔をあの涙を拭った痕を残したまま心配そうに見つめていると同時に、振り向いてはならないという約束を破った僕に対する憤慨と僕を気遣い、失言したことに対する申し訳なさが混ざった表情だった。


 僕は一体どんな表情をしていたのだろうか。僕は彼女の言葉を気にしていないという意味で首をふった。


「それでも、ごめんなさい…も、もう帰っていいわ……引き止めて、その上自分勝手に話してばかりでごめんなさい……誰かに聞いてほしかったの……なんだか、謝ってばっかりね……」


 僕は、何も言わずに部屋を後にした。


─────────────────────


~音咲華多莉視点~


 恥ずかしかった。泣き顔を同級生に晒したことが恥ずかしいのではない。自分よりも過酷な家庭環境の人に自身の恵まれた家庭について弱音を吐いてしまったことが許せないくらいに恥ずかしかった。


 私は慌ててラミンを送ろうとするが、なんと送っていいのかわからない。織原朔真、彼からのラミンは勿論きていない。

 

 ──あぁ…おわった……お父さんとの関係も、彼との関係も……


 着替えもせずに、ただぼ~っとしながらベッドに横になる。時々目を閉じて、お父さんとのこと、織原のことがフラッシュバックしては天井を意味もなく見たり、寝返りを打ったり、そんなことを繰り返して一体どのくらいの時間が経っただろうか?そのまま眠りについて今日のことを忘れたい。しかしなかなかどうして眠れそうにない。


 そんな時は、スマホを眺めるに限る。


 私は動画投稿サイトをタップした。


 オススメの一番上には、エドヴァルド様の配信があった。


 ──え?配信中?告知あったっけ?


 私は迷わずサムネイルをタップしようとしたがしかし、そこに記されている文字を見て私はベッドから起き上がった。


『祝、登録者25万人記念にして初の歌枠』


 歌枠!?私は早々にタップして配信を覗く。CMが流れた。


 ──早く早く!!


 このCM中に歌が始まっていたら、このCMの会社のオファーは絶対に受けないと心に決めた。そしてようやくCMが終わると、直ぐに配信開始時間を見た。


「うわぁ……配信してからもう40分も経ってる」 


 私を癒す声が聞こえた。


『もぉ25万人だよ。まぁ実際は27万人なんだけど、キリが良い方が良いと思ってさ』


 〉おめでとう!

 〉おめでとうございます!

 〉おめです!


 配信を観ているとどうやら既に数曲歌いおわった後のようで、後れ馳せながら私もコメントを打った。


 〉おめでとうございます √


 おめでとう、というコメントを拾うとエドヴァルド様は続けて言った。


『ありがとう!!いやぁ~ここまで長いようで短い期間だったね。でもここまでこれたのは本当にみんなのおかげです!えぇ~、もう配信してから何回も言ってるけどね、本当にありがとうございます。始めての歌枠だったんですけど、もう夜も遅いし、次の曲で最後にしようと思います……』


 〉え~~

 〉えーーー!!

 〉やだ、もっと歌って


『でも今さ、Vチューバーが歌を歌うとちょっと色々とややこしいことになるんじゃないかって思ったりもしたんですけど、どうしても歌いたくなっちゃったんだよね。なんていうか、その、俺ネット弁慶みたいなところがあってさ、リアルじゃ言えないことでもネットなら言えるし、ネットでも言えないことも歌なら言えるみたいなこともあるんじゃないかって思ったんだよね。皆にさ、感謝を伝えたいけど、ありがとうなんて、何回も言ってもその想いが100%伝わることって難しいと思ってさ、だから歌なら40%ぐらい伝わるんじゃないかなって感じで歌わせてもろてます』 


 〉40パー?

 〉ひっく

 〉それでも嬉しいぞ

 〉嬉しい


 私はクスリと笑った。さっきまで泣いていたのに、やっぱりエドヴァルド様は凄い。


『てか急に25万人記念やってるのに、今までなんの歌を歌ったのか書いてなかったね』


 カタカタとリズミカルにキーボードを叩く音が聞こえる。

 

 〉タイピング助かる

 〉セトリ助かる

 〉歌上手すぎです 


 次々と打ち込まれる曲名だが、殆どが知らない曲だ。Vチューバーが歌う曲と言えばボカロかアニメの曲が多いのだが、エドヴァルド様はというと洋楽ばかりだった。その理由をエドヴァルド様は説明する。


『最近の曲、キーが高すぎて歌えないんだよね。ピアノの調律も結構高音強めにするみたいなこと聞いたことあるんだけど、それと関係あんのかな?キーを下げて歌えば良いじゃんって思うかもしれないけど、カラオケの曲を6個とか7個下げたら音が歪んじゃうんだよね。だから昔の洋楽を原キーから1個下げたり、女性の曲を2、3個上げて歌うのが俺のやり方になるのかな?』


 今までエドヴァルド様が歌ったセトリを見た。


 ──father and son?because of you?man in the mirror?lose yourself?今度聴いてみよ……てかこの配信が終わったらアーカイブ聴かなきゃ……エドヴァルド様のこの声でどんな風に歌われるんだろう


 〉40代後半の曲選なんよ

 〉your voice is great

 〉Vチューバーとか興味なかったけど、この人みたいに歌う歌手を待ってた感はある

 〉キー低くね?


 コメント欄を見る限り絶賛してる人が多い。私は期待に胸を一杯にして傾聴した。


『最後の曲なんだけど、最後くらいは日本語の曲で、でも知ってる人少ないかも。実はさ、今日友達が落ち込んでて、俺その友達に何にも言ってあげられなかったんだよね。なんか家族系のことで悩んでてさ』


 〉家庭問題はムズいよな

 〉家庭の事情はちょっとね

 〉言葉選び過ぎて結局何にも言えないやつな


『でもなんかしてあげたくて、だから俺が落ち込んだ時に励まされた曲をこれから歌おうかなって』 


 タイムリーな選曲に私は胸をときめかせる。


 〉友達聴いてっか?

 〉友達ってMANAMIのこと?

 〉薙鬼流のことかな?

 〉羨ましいなその友達


『友達って言っても俺がVチューバーやってることなんて全く知らないんだけどね。でも何て言うの?その友達が経験したことってのは、もしかしたらここにいる殆どの人が経験したことあったりするのかなって思って、つまりその、家庭間での問題で悩んでる人以外にも、何か違うことで悩んでる人もいるわけじゃん?』


 〉そりゃいるでしょ

 〉それで?

 〉まーね


『俺はなんつうか、その友達の為だけじゃなくてここにいるみんなに…何かに悩んで泣きたくなったり、もうダメだって思ったりしてる人とか、或いは俺自身に向かって最後の曲を歌おうと思います。聴いてください。三浦大和さんの曲で子守り歌』


 タイトルコールをすると、ピアノの静かな旋律が聴こえ始めた。そしてエドヴァルド様の低くて優しい歌声がピアノの響きと混ざりあった。まるで喋っているかのような自然な発声で微かに聴こえるハイハットのリズムに合わせて抑揚を効かせながら歌っている。敬愛するエドヴァルド様の歌を聞いたらきっと騒ぎ散らしてしまうと思っていたのに、真逆だった。息をするのも忘れてしまう程、私は彼の歌声に身を任せていた。


 ──すごく、うまい……


 どことなく昔の歌手に歌い方が似ている気がする。それにしても力強くも優しい響きの彼の歌声のお陰で歌詞がすんなりと入ってくる。


 サビに入る前は、聴く人達を励ましているような歌詞でサビに入ると曲名が子守り歌だけあって、幻想的な情景描写に切り替わる。心象描写よりも情景描写の方が聴いている人の心に残るなんてことをどこかで聞いたことがあった。そして私はエドヴァルド様の歌う子守り歌によって、今までにない深い眠りへといざなわれた。

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