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第111話 本当の自分

~織原朔真視点~


 最後、建築バトルで見事相手選手を仕留めた瞬間、一ノ瀬さんの総合優勝は決まっていた。一ノ瀬さんは高く拳を突き上げ、そしてフォートトゥナイト・ソロ部門の大会は終幕を迎える。ゾロゾロと放送席にいた新界さんやルブタンさん、音咲さんもステージに姿を現し、一言ずつ言葉を発したが、僕の耳には入ってこなかった。最後の建築バトルですら印象が薄い。それは隣にいる薙鬼流も一緒だった。


 ラストゲーム序盤のドームファイトが僕と薙鬼流にとってかなりと言っていい程感慨深かったのだ。それはまるで、僕らが組んでいたチーム、キアロスクーロが復活したようだったからだ。


 一ノ瀬さんこと、シロナガックスが負けるわけがないと僕らはどこかで思っていたが、しかし流石に1V3、それも大会優勝候補の3名を装備の整わない序盤で相手どらなければならなくなった時、観戦していた僕らは逃げるべきだと思った。あの時の、アーペックスの大会に出ていた時──僕と薙鬼流の2人が残り、新界さんと戦うかどうかという流れの時──のシロナガックスさんの気持ちがわかった。

 

 しかし、あの時僕らのとった行動みたいに、それもドームファイトを使って、戦いを挑んだ一ノ瀬さんを見て僕と薙鬼流は心に熱いモノが込み上がってくるのを感じた。


 一ノ瀬さんが優勝候補の3人を倒してからはまるで夢を見ているかのような、ぼ~っとした、それでいて明確な感情が僕の脳内を占領する。


 ──配信してぇ……


 その時、音咲さんの言葉で僕は我に返った。


「──最近、私演技のことで上手くいかないことがあって…でもこの大会を通してどうして演技をやっているのか、アイドルをやっているのかを再確認できた気がします。誰かの本気の姿は、例え取り組むモノが違っていたとしても心に訴えかけてくるモノがあるんだなって実感させられました。本当にありがとうございました!」


 ポケットジャングルの佐藤さんが言った。


「もうかたりん途中から大騒ぎで大変だったんですよ!叫んで叫んで、後で皆さんにアーカイブを見て貰いたいですよ!」


 その言葉を聞いて、背後の中学生グループが呟いた。


「MANAMIちゃん、MANAMIちゃんってずっと叫んでた」

「確かにうるさかったけど、友達のことをあんなに応援できるのってなんか良いよな」


 どうやら後ろの彼等は配信でコメントを眺めながら見ていたようだ。僕は彼等の言葉を聞いて思う。


 ──僕の配信の時も、そうやって応援してくれてたのかな……


 ポケットジャングルの2人の言葉が終わると、アナウンサーは言った。


「さぁ!集計が終わったようです!」


「え?もう発表ですか?」

「ヤバい緊張してきた……」


 会場内が静寂に包まれた。アナウンサーは少し間を置いて、ためるようにして言った。


「第4回全国高校eスポーツ選手権大会、フォートトゥナイト・ソロ部門……」


 ドラムロールとステージの縁につけられているムービングライトが忙しなく動き、そして音と共に動きが止まった。すでに優勝者はみんなが知っている。一ノ瀬さんの名前が呼ばれるとすべての観客が期待をして待っていた。


「優勝はMANAMI選手!!おめでとうございます!!」


 盛大な拍手と歓声が優勝者の一ノ瀬さんを称える。ステージ奥にいる選手達も拍手をしていた。


「それではMANAMI選手、ステージまでいらしてください」


 一ノ瀬さんがステージの奥から姿を現す。拍手がより一層大きくなった。一ノ瀬さんはそんな拍手を一身に受け、一歩一歩確かめるようにステージ中央へと歩みを進めた。


 演者達に立ち位置を指定され、立ち止まると男性アナウンサーが言った。


「改めまして、フォートトゥナイト・ソロ部門!優勝者のMANAMI選手です!!」


 再び拍手が贈られた。一ノ瀬さんは礼をして拍手に応えた。


「優勝した今のお気持ちはどうですか?」


 マイクを向けられる一ノ瀬さんだが、少しだけ間を置いてから喋りだす。


「今は、優勝できて……とても嬉しいです」


 マイクを引き戻し、アナウンサーがまた質問する。


「今のその気持ちを誰に伝えたいですか?」


 再びマイクを向けられた一ノ瀬さんは応える。


「…私が以前、チームを組んでいた人達に伝えたいです。彼等がいなければラストゲーム序盤の戦いを制することはできなかったと思います」


 一ノ瀬さんはそう言って僕らにしかわからないように視線を向けた。


 再びアナウンサー。


「ラストゲーム序盤の戦いは凄まじい戦いでしたね。あそこで優勝を決めたと言っても過言ではないと思われますが、どうでしょうか?」


「はい、正直に言うとあそこでの戦闘は凄く恐かったです。逃げ出して回復をしようかとも思いました。だけど、この大会に出ることを決意したのは今までの自分を越える為でもあります。そう決意をさせたかつての仲間達の姿が過った時、自分は1人じゃない気がしたんです。この姿を見てほしいと思ったんです……それで、前に向かって戦うことを選択しました」


 一ノ瀬さんがそう言うと、会場内のお客さんが拍手を贈る。僕も拍手をした。


「今の拍手でMANAMI選手の言う、見てほしいという想いは伝わったんじゃないでしょうか?」


「はい。そうだと嬉しいです……」


 アナウンサーがマイクを自らに引き戻そうとしたが、一ノ瀬さんが続けて喋ったので慌ててマイクを一ノ瀬さんの口元に寄せる。


「それに、私…今までとっても臆病で、それでいてズル賢い性格なんです。実は、親に勉強すると嘘をついてパソコンを買って貰い、それでゲームをしてました」


 えぇ~、と会場がどよめく。


「私にとってゲームをプレイすることは楽しいだけでなく、親に対する罪悪感みたいなモノが常に付きまとっていたんです。ゲームを楽しんでいるのが本当の私なんだけど、それと同時に嘘を付いて、親に本当のことを言えない臆病者の私でもありました。かといってゲームが好きなことを隠して勉強ばかりしている私生活の私が嘘の私でもなく、何て言うのか…学校で出会った人や……」


 一ノ瀬さんは音咲さんの方を見てから、再び前へ向き直って言った。


「ゲームを通じて出会った人」


 今度は新界さんとルブタンさんに視線を向ける。


「或いはそこで感じた想いや経験は全て本物で、ゲーム好きな私、親に嘘をついていたズルい私、自分が優等生であると演じている私、本当のことを言えない臆病な私、それら全てが本当の私なんじゃないかって思ったんです。だから今後……」


 一ノ瀬さんは、一拍呼吸を挟んでから言った。


「今後、貴方はシロナガックスですか?と訊かれた時、私は答えようと思います。私はただのMANAMIだって、胸を張ってそう答えようと思います」


 またしても拍手が会場を彩る。その拍手と共にアナウンサーが言った。


「ありがとうございました!フォートトゥナイト・ソロ部門、総合優勝を果たしたMANAMI選手でした!!」


 一ノ瀬さんは再び、ステージ奥へ戻ると、アナウンサーが締めくくる。


「いやぁ~、本当に素晴らしい戦いでしたね!それではこれより30分間の休憩と換気を行いたいと思います。その後、フォートトゥナイト・デュオ部門を開始いたします!それではまたお会いしましょう!!」


 ステージにいた音咲さん達がはけていく。休憩を促す館内アナウンスが入ると、僕と薙鬼流はゆっくりと立ち上がり、ゾロゾロと会場の外へと向かう列に並ぼうとした。列をなす人達は口々に言っていた。


「え?結局認めたん?」

「シロナガックスって認めたようなもんじゃね?」

「どっちにしても今日来てよかったわ~」


 そんな声を聞きながら薙鬼流は言った。 


「凄かったですねぇ!!愛美先輩!」


「あぁ、本当に凄かったな……」


 僕もそれに同意する。進みの遅い列の一員に加わった僕らだが、僕は別のことを考えていた。


 臆病な自分も本当の自分である。


 一ノ瀬さんが言った言葉は理解できた。シロナガックスである理想的な自分と、臆病な自分を合わせたのが本当の自分だと言いたかったようだ。だからシロナガックスではなく、愛美でもないMANAMIとして大会に参加した。自分を越えるために。しかしその事実は僕を締め付ける。


 ──僕はエドヴァルドであることが本当の自分であると思っていた。しかし人の目に怯え、蒸発した父親への怒りや死んでしまった母親への悲しさや寂しさ、そして萌を……。


 その先は思い出すのも嫌だった。嫌な自分、弱い自分、それを隠そうとする自分、エドヴァルドである自分、その全てが本当の自分であるのだとしたら、僕は一体……


 様々な思考が入り乱れるなか、会場の出口に近付くと、声を掛けられた。


「あの、愛美の……一ノ瀬愛美のお友達ですか?」


 パンツスーツ姿の綺麗な女性だった。


 ──何故僕らに声を掛けたのか。あぁ、僕の着ている制服で同級生とわかったのか……


 僕は返事をする。


「はい、そうですけど……」


「……私、愛美の母ですけど、愛美は学校では……いや貴方達と接している愛美はどんな子なんですか?」


 キリッとした目に、薄目の化粧、口元はやや固く尖っている。厳しそうな母親だと思った。この人と一ノ瀬さんが揉めていたのかと僕は邪推する。


「…学校でもゲームでも、最高に格好良い人ですよ」


 薙鬼流が僕に同意した。

 

「私もそう思いまぁ~す」


「あとは、ちょっと変なこだわりを持ってたりもします」


「こだわり?」


「こだわりというか、すぐムキになるというか……」


 僕はアーチェリー場での音咲さんとの決闘や直接スパチャを送ろうとする彼女を思い出していた。


「…そ、そうなのね……ありがとう。愛美を迎えに行ってくるわね」


 一ノ瀬さんのお母さんはそう言って、会場の奥へと、お客さんとは逆の流れにそって僕らと別れた。


 僕らは顔を見合せ、一ノ瀬さんにはラミンで優勝を称えるメッセージと先に帰るということを伝えて、家路についた。

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