第110話 本気の姿
~音咲華多莉視点~
「ラストゲームいきなりのクライマックス!!」
放送席の誰もが食い入るようにモニター画面を見ている中、実況の武藤さんが緊張感を抱きながら言った。
「暫定順位1位~4位の選手が終結!!場所はエヴァンスインダストリー!!」
「めっちゃ熱いっすね!!ヤッバっ!!俺もやりたなってきた!!」
はしゃぐルブタンさんとは対照的に4人の選手はそれぞれ静かに別の入り口からエヴァンスインダストリーに入った。壁を壊しながら資材を回収し、武器までの導線を確保する。
「このゲームの中で最も強いとされるアサルトライフルを手にするのは誰か!?」
4人は武器を発見したが、このゲーム最強と謳われているアサルトライフルは中空を漂うドローン達の中にランダムで出てくる為、まだ誰もそれを手にしていない。
「最強の武器を手に入れるのが先か!それとも相手を撃破するのが先か!選択が問われます!!」
「最初の戦闘は避けたいですね……」
「銃声で他の選手に居場所を知らせるようなものですからね」
「漁夫の漁夫が現れると考えると、なるべく足音から遠ざかるべき──」
ルブタンさんがそう言いかけると、愛美ちゃんと龍人選手が相対し、戦闘を繰り広げることとなる。
龍人選手は手に入れたショットガンを、先程の解説陣の言葉に反するようにぶっ放した。
「いやぁ~!やっぱりNo.1を倒さなきゃな!!」
「龍人選手としては、比較的得意な武器を手にしたのであれば、装備の整わないMANAMI選手に打って出て、もし敗れそうになってもそれを漁夫ろうとする選手との乱戦にもつれ込めば、彼女を倒せる、という算段なのかもしれません」
新界さんの解説の波に乗りながら武藤さんが実況する。
「天井の高い、解放感豊かなエヴァンスインダストリーの工場内に於いて、龍人選手のショットガンとMANAMI選手のハンドガンが交錯する!!」
またしても、ハンドガンというハンデを背負う愛美ちゃんだが、その正確なエイムと素早い建築と編集によって前回大会優勝者を難なく追い詰める。
「エイム善っ!!」
「マジでバケモノですね」
「頑張れぇぇ!!」
しかし、ここで銃声を聞き付けてやってきたYummy選手が加わった。
Yummy選手と龍人選手、2人はある意味結託し、愛美ちゃんを取り囲む。私は叫んだ。
「愛美ちゃん!!!」
「龍人選手のシナリオ通りになったぞ!!」
龍人選手はショットガンで愛美ちゃんが室内に建築した壁を壊し、即座に自分の手で壁を張り替える。その間、愛美ちゃんはYummy選手に背後から狙われないように壁を建築し防御すると、張り替えられた壁をライトハンドピークで龍人選手からみて右側を編集してくると読んでか、愛美ちゃんは振り向き様に左側に飛んで龍人選手があけた三角形の穴から撃った。
「うまい!!」
「ヘッドショット!!」
「タイミング完璧!龍人選手ここでエリミネート!!」
「龍人選手は今、MANAMI選手が後ろを向いて壁を建築したのを機にライトハンドピークを意識した編集をしましたが、それがMANAMI選手の罠だったことに気が付きませんでしたね。MANAMI選手はMANAMI選手で、きっと龍人選手ならこうするだろうと読んで、動きを決めていました」
新界さんの丁寧な解説を他所に、まだ緊迫したプレイは続く。手に汗握るプレイによって私は画面を見ることしかできなかった。
「MANAMI選手!龍人選手のショットガンを藁しべ長者のように手にし、次なるターゲットに照準を合わせた!!」
しかし、今度はまた別の方向から愛美ちゃんは攻撃を受ける。その攻撃は愛美ちゃんの造った壁を破壊し、愛美ちゃんの操るキャラクターにダメージを負わせる。
「おおっと!!ここでRain選手!!このゲーム、最強武器チャージアサルトを手にして参戦してきた!!」
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~一ノ瀬愛美視点~
瞬きを忘れ、呼吸を忘れ、このラストゲームに負ければプロゲーマーへの夢もついえることも忘れた私は、如何にしてここを乗り越えるかだけを思考していた。
やっとのことで倒した龍人君の次に新たな敵が現れる。私はその新たな敵の持つチャージアサルトに1発被弾すると、高速で建築してこの場から離れようとした。そんな私を逃がさんと両側から銃弾の雨が襲う。
──このままでは殺られる……
初めて、恐怖を感じた。すると、思考の底に沈んでいた言葉が過る。
『私のプロゲーマーへの挑戦が終わる』
手が震え始めた。先程まで意識をしていなかった呼吸も浅くなるのがわかる。
──いやだ!終わりたくない!!
私は建築を駆使して逃げた。すると私が先程思考した言葉が妙に引っ掛かる。
──終わりたくない?
──私は今挑戦しているのか?
──逃げてる!?
その時、逃げずに戦うことを選択したエドヴァルドさんと薙鬼流さんのことを思い出した。
──私だって!!
私は龍人君の持っていたシールドソープを展開した。青いライトがドーム型に室内を囲う。このドームはアーペックスでいうところのゼブラルターのアビリティと一緒の役割だ。ドームは銃弾を通さず、キャラクターの移動は通す。
ドームファイトに挑もうとしたその時、何故だか織原君と薙鬼流さんを近くで感じることができた。
ドームはアーペックスのドームよりも大きく、私を狙っているYummy君をドーム内に捕らえ、比較的遠くにいるRain君を閉め出す。Rain君の攻撃はドームに遮られ私には届かない。
──今だ!!
私はYummy君に向かって走った。Yummy君の放った弾が私に1発当たった。私も負けじとショットガンを当てる。Yummy君も退く気はないらしい。怯む間もなく、Yummy君が弾丸を放つのを察すると、私はドームの外へ出る。ドームが弾を防ぐと再びドーム内へ入った。今度はYummy君がドームの外へ行くが、私は走り、ジャンプをしながらドーム外へ出ると、空中でショットガンを放ち、命中させた。
──よし!!
Yummy君を撃破すると休む間もなく、Rain君が背後から詰めてきていた。
私は振り向く。
──絶対勝つ!!
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~一ノ瀬母視点~
「まさか、一ノ瀬先生の娘さんだったなんて!めちゃくちゃ意外なんですけど!?」
「……」
保坂君の運転する車に乗って、会場まで向かった。会場前まで到着すると、私は急いで車から出た。
「ありがとう」
そう言って、車のドアを閉めた。美術館のような外観の会場に向かって走った。パンプスが固いコンクリートとぶつかり合う。可動域を確保するためジャケットを乱雑に脱いで走った。
車内で試合の様子を見ていたが途中で充電が切れてしまった為、どうなっているのかわからない。解説の人と愛美の同級生のアイドルの子が騒ぐような応援をしていた。
愛美から貰ったチケットを受付で提示する。受付の人は私が勢い良くチケットを見せつけたことにより驚いていたが、仕事をまっとうしてくれた。
受付を済ますと私は自分の席なんて確かめることもなく、客席に向かった。早くステージをみたい。重たい二重扉を開けると、静かだった受付付近から一変、熱気と声援、拍手が会場内をうねるようにして疾走する。
──愛美は!?
ステージ上空に吊るされたスクリーンには建築バトルと呼ばれている戦いが繰り広げられていた。そして、そのスクリーンの左下に愛美が写っている。
初めて見る愛美の表情に私は、心を動かされた。どうやら愛美はステージの奥にいるようだ。客席には座らず、階段からステージ奥を覗こうとするが良く見えない。
しかし次の瞬間、雷のような歓声と拍手が起こった。スクリーンを見るとその左下にいる愛美は片手を上げ、もう片方の手で口元を覆っていた。
スクリーンには喜ぶ愛美と一緒に#1 VICTORY CROWNという文字が表記されている。そして、スピーカーから声が聞こえてきた。
「只今を持ちまして、全国高校eスポーツ選手権大会、フォートトゥナイト・ソロ部門の全試合が終了しました!!」
そう言ってマイクを持ったアナウンサー風の司会者の男女がステージの袖から出てきた。
「現在、選手達が獲得したポイントを集計中でございます」
司会者がそう言うと、ゾロゾロと着飾った女の子達と2人組の男性、それとは別にスーツ姿の若い男性2人とポロシャツを着た細身の男性が2人、ステージに現れる。
司会者が興奮した様子で話をふった。
「全試合終了しましたが、どうでしたか?」
若いスーツ姿の男性がそれに応える。彼は涙ぐんでいた。
「こんなにも……こんなにも熱い戦いを直接見ることができて、本当に幸せです!!」
「その通りですよね!新界さんはいかがですか?」
ポロシャツを着た細身の男性が言った。
「高校生の大会とはいうものの、本当にレベルの高い戦いでした。eスポーツがこうやって下の世代から突き上げるようにして盛り上がっていく、そんな確信を得た非常に有意義な大会だったと思います」
「ありがとうございます。ルブタンさんはどうでしたか?」
ポロシャツを着たもう1人の男性が応えた。
「もうね!早く家帰って、フォトトゥナやりたいです」
会場が笑いと共感で揺れるのがわかった。
「ポケットジャングルのお二人も予選から、試合を見守って頂きありがとうございました」
2人組の男性は言った。
「いやいやいや!こんなにも素晴らしい大会に関わらせてもらってこちらがお礼を言いたいくらいですよ!」
「もうこの人ボケるの忘れて、普通に観戦してましたからね」
「いやもう!こんな熱い戦いの前でボケるなんてできませんよ!」
「確かにそれはある。それよりも本当にとっても楽しかったです!ありがとうございました」
「ありがとうございました!」
続いて女の子達にもアナウンサーは話をふった。
「三枝さんはいかがでしたか?」
「はい!試合が始まる前に、私のことをボコボコにした人達がここに集まってるって言ったじゃないですかぁ?彼等がどんな気持ちで私のことをボコボコにしてたのかがよくわかって、とっても良かったです!!」
「どういうこと!?」
「どういうこと?」
「だからぁ、おもしろ半分でボコボコにしてたんじゃなくて、本気で私のことをボコボコにしてたんだなって思えてなんだが嬉しくなったってことです!!」
「もう、最初っから最後までドM発言でしたけど大丈夫?」
会場が笑いに包まれる。仕切り直すようにアナウンサーが言った。
「では、音咲さん!同級生がこの大会に出場するというサプライズもありましたが、どうでしたでしょうか?」
愛美と同じクラスのアイドルの子が言った。
「はい、愛美ちゃんの新たな一面が見れて、とても嬉しかった反面、少し先を越されたようなもどかしさもりました。きっと…この大会に出ている選手の一人一人がそれぞれのゲームに対して、楽しいなって感情や、面白いなって感情に突き動かされてここまでやってきたんだと思うんです。最近、私演技のことで上手くいかないことがあって…でもこの大会を通してどうして演技をやっているのか、アイドルをやっているのかを再確認できた気がします。誰かの本気の姿は、例え取り組むモノが違っていたとしても心に訴えかけてくるモノがあるんだなって実感しました。本当にありがとうございました!」
芸人だと思われる男性が割って入る。
「もうかたりん途中から大騒ぎで大変だったんですよ!叫んで叫んで、後で皆さんにアーカイブを見て貰いたいですよ!」
アイドルの子は恥ずかしそうに「言わないでください」と言って顔を伏せる。会場がまたも笑いに包まれる中、男性アナウンサーが話を戻した。
「はい、ありがとうございます!しかし皆さん、これでこの大会は終わるわけではないんですよ?まだフォートトゥナイトのデュオ部門であったりイリーガルオブレジェンズもあるんですからね?」
「え~!!そうなんですね!!楽しみですね!!」
「知ってんだろ!やっとボケたと思ったらそのレベルかよ!!」
ツッコミを皮切りに、アナウンサーが言った。
「さぁ!集計が終わったようです!」
「え?もう発表ですか?」
「ヤバい緊張してきた……」
舞台上、そして観客達が静かに言葉を待つ。アナウンサーは少し間をあけて、ためるようにして言った。
「第4回全国高校eスポーツ選手権大会、フォートトゥナイト・ソロ部門……」
ドラムロールとステージの縁につけられているムービングライトが忙しなく動き、そして音と動きが止まった。
「優勝はMANAMI選手!!おめでとうございます!!」
会場の人達は、待っていたと言わんばかりに私の娘、愛美に拍手を送る。