第109話 守りの人生
~Rain視点~
シロナガックスだ。
ステージからインタビューを終えて、彼女は多くの選手達の注目を浴びながら自分の席に着く。
今最もホットなプレイヤーがここに、自分達と同じ空間にいるのだ。皆が彼女を見つめるのは当然のことである。
僕の隣のブースだからわかる。多くの人が憧憬の念を抱きながら視線を送っている。
その中で敵意剥き出しに睨み付ける者がいる。Yummy君だ。彼はセカンドゲーム、開始直後に殺られていた。僕も彼女に負けたくはないが、2試合目の終盤、1V1で完璧に殺られてしまっている。
正直、1V1ではまるで勝てる気がしない。
──1V1では……だ。
狙うは試合開始直後。
彼女はインタビューで自分らしいプレイを心掛けると言っていた。だとしたら、2戦目と同じように攻めの姿勢を崩さない可能性が高い。
──2戦目はエヴァンスインダストリーに降り立っていた……
開始早々Yummy君が死んだことから推測できる。僕の成績は1戦目は2位、2戦目は9位、エリミネートポイントを足せば現在2位だ。
シロナガックスがどこかで殺られるのを期待するか、それとも自分で優勝を手にするか。僕は選択を迫られる。
アメリカ留学を決めた時もそうだが、そんな選択肢を出されたら選ぶのは決まっている。
ラストゲーム。空中をバスが走る。
僕は飛び降りた。いや、飛び込んだといっても過言ではない。
エヴァンスインダストリーへ。
──今、僕はどんな顔をしている?
ゲームばかりやっていてバカにされたこともある。引っ込み思案で思ったことをなかなか面と向かって言うことも出来なかった僕が、ゲームを通してどんどん変わっていく。
降下中に周りを見渡した。
多くの選手がエヴァンスインダストリーに降り立とうとしている。
──あっ!!?
MANAMIさんのキャラクターとYummy君、そして龍人君が近くにいるのがわかった。
みんな考えることは一緒だ。しょせんゲームだと言ってプロを諦める奴等がたくさんいた。暇潰しだ、と諦める自分を正当化するような言葉を吐く人もいた。
──しかし今ここに、同じ目標に向かって降下していく仲間達がいる。
殺し合いを望む仲間達がいる。
──ここで、攻めなければ一体どこで攻めるというんだ?
守りの人生なんてなにもしていないのと一緒だ。
──ここで彼女を倒す!!
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~一ノ瀬母視点~
電車内無差別殺傷事件の弁護をすることとなった。被告人は既に罪を認めており、これは社会への復讐であると発言していた。しかし話を聞いていくうちにそれはアピールであると供述した。
何に対してのアピールなのか。
ネット空間という最後の居場所を、荒らし行為によって破壊されたことによっていかに自分が苦しめられたかを、ネット住人に知らしめようとしたということだ。
──ネット空間、自分の居場所……
そして何より、被告人は母親からの虐待や監禁状態に近かった少年時代を経験している。
──母親からの……
ふと、自分はどうだろうかと考えてしまう。
三者面談以降、愛美とは殆ど口をきいていない。
──ダメな母親……
今日だって、あの子が手紙を置いて、自分の出る大会に来てほしいと言っていたのに、私は仕事をしている。私は自分のデスクの引き出しを引いた。その中には家族写真が上を向いてしまってある。天使のような愛美の笑顔を私は見つめた。
少し休憩をしよう。
弁護士事務所の喫煙室となっている非常階段に出た。電子タバコを点けながら、階段の扉を開くと、そこには既に先客がいた。
パラリーガル(弁護士助手)の保坂君だ。彼は、階段に座り込み画面の大きなスマホを横にして、動画を見ている。
両耳にイヤホンをしているので、私のことに気付いていない。
私は後ろから彼が何を見ているのかを盗み見ようとすると、そんな私の気配にようやく気が付いたのか、彼は驚きながら後ろを振り向く。
「ちょっ、ちょっと!先生!!趣味悪いですよ!!人の観てる動画を盗み見るなんて!!」
彼はスマホを隠すように伏せた。
「見られちゃマズイ動画なの?」
「ち、違いますよ!ホラ!!」
彼は印籠のようにスマホを見せつける。フォートトゥナイトの動画だった。愛美と言い合ったあの日から、少しだけゲームについて調べた。ゲームの種類によってその競技人口が違うことやプロゲーマーの生活なんかも調べた。
「貴方もゲームが好きなの?」
「まぁ、好きですけど……」
「ゲームの何が良いの?」
「何って、楽しいじゃないですか?」
「生産性がないじゃない?」
「そんなこと言ったら殆どのことに生産性なんてなくないですか?それに僕らが相手してる人達は、生産性のない行為をした人達の代表格ですよ?」
最もなことを言われてしまった。無論、偶然巻き込まれてしまった生産的な人もいることは今の議題には関係ない。そして次に彼の話す内容も私は察知することができた。
──つまり、生産性のない人達がいるおかげで……
「僕らの仕事が成り立っているんです」
ぐうの音も出なかった。
「それに見てくださいよこれ!!」
彼がBluetoothを解除して、スマホ内蔵のスピーカーから動画の音声を流した。
『なんと!!ほぼ1V3!!優勝候補達が反旗を翻す!!ここで決着がつくのか!?』
先程はチラリとしか見ていなかった画面を凝視する。画面は1:3の割合で四分割されており、一番大きな画面にはプレイしている女の子の姿が写っている。
「これ、高校生のゲームの大会なんですけど!世界的に有名な、謎のプレイヤーの正体がこの女の子なんじゃないかって話題で持ちきりで、例えそうじゃなくても、優勝候補の選手達3人を1人で相手しようとしてるんですよ!?熱くないですか!?」
もしや、と思った。女の子の顔は私の引き出しの中にあった天使のような可愛い笑顔ではなく、鬼気迫る、それでいて楽しそうな表情を浮かべていた。そのせいで一瞬誰だかわからなかった。
──愛美……
「ねぇ保坂君……」
「はい?」
「車出してもらえる?」
「え?どこか行く予定ありましたっけ?」
私はスマホの画面を指差して、言った。
「ここに行きたいから車出して」