第108話 海外の反応
~マイケル視点~
ビ~、ビ~、ビ~っとリズミカルに、まるで放射能が漏れていることを知らせるような警告音が僕の部屋を満たす。
暗がりで、更には眠気まなこな僕は、警告音の発生元に手を伸ばす。
アイフォンのアラーム音をようやく止め、眩しく光る画面の時間を確認した。
「Oh~」
どうやら1回目のアラームでは起きず、2回目のアラームでようやく起きたことに気付かされた。
友達であるRainの出る大会を見なければ。僕は、アイフォンからユーチューブを開いて、予め教えてもらっていたURLにアクセスした。そして眠気が覚めた。僕は驚愕する。
「What's happening!!?」
同時視聴者数が35万人だったからだ。
たかが日本の高校生の大会なのに、こんなにも注目されているのかと驚いたのだ。15秒の広告が終わり、やっとのことで配信が流れた。
配信画面は、2分割されていた。
1つの映像には見覚えのあるスキンのキャラクターがいる。そう、これはRainのプレイ画面だ。対するもう1つの映像はRainと相対しているもう1人のプレイヤー視点であることがわかった。
「Go Rain!!!!!!」
声援を画面越しから送るが、対戦相手の動きの速さに驚愕する。
「Wwwhat's!!!?」
気が付けばフレンドのRainの画面ではなく、対戦相手の画面を凝視していた。その動きに見覚えがあるからだ。
「Shironagax!!?? This is shironagax!??」
直ぐにコメント欄を開き、そしてベッドから起き上がってパソコンを点けた。もっと大きな画面で観たかったからだ。
〉she is shironagax
〉go cute girl
〉強すぎる
〉oh my god
〉seriously!?
〉she is real predator
『半端ないって!!シロナガックス以外にこんな上手い人、日本にいたらおかしいやんけ!!』
荒々しい口調の実況者は今なんて言ったのだろうか?コメント欄を見る。
〉ルブタン女の子にボコられてたんやな
〉ルブタン涙目で草
〉could translate this?
〉シロナガックス半端ないって!!
日本語のわかるリスナーの翻訳によると、プレイヤーである女の子がシロナガックスではないかと会場でも騒がれているらしいが、まだ確定したわけではないとのことだ。
──シロナガックスがジャパンの高校生?しかも女の子?
そんなことを考えていると、我がベストフレンドのRainは彼女の処刑部屋に幽閉され、ショットガンの餌食になる。
その凄まじい速さと正確なエイムによって僕は叫んだ。
「Oh my god!!! This is oh my god!!!!」
こんなに叫んだのはスマッシュシスターズの最新情報が公開された時以来だ。
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~音咲華多莉視点~
放送席からステージへと降り、興奮冷めやらぬ様子の観客達よりも、私はセカンドゲームで見事ビクトリークラウンを手にした愛美ちゃんを冷静に見つめていた。
「セカンドゲーム、ビクトリークラウンを手にしたMANAMI選手にインタビューをしたいと思います!」
ポケットジャングルの佐藤さんが訊いた。
「今のお気持ちはどうですか?」
マイクを向けられた愛美ちゃんは答える。
「ようやく、自分らしいプレイが出来てホッとしてます」
佐藤さんはマイクを自分に戻して、尋ねた。
「1戦目とだいぶ動きが違っておりましたが、どのように調整したんですか?」
「実は、緊張して動作確認を忘れていたんです……」
えぇ~、と会場と佐藤さん達が驚く。そこで私が割って入った。
「愛美ちゃん!!おめでとう!!」
「ありがとう華多莉ちゃん!」
「もぉ、放送席で解説者の皆さんが凄かったんだよ?」
どのように凄かったのかをポケットジャングルの佐藤さんが説明する。
「本当におじさん達が女子高生のプレイ見て騒いで騒いで、大変でしたよねぇ!!」
会場が笑いに包まれる。
愛美ちゃんも笑顔を隠すように、両手で口元を覆いながらニコリとしていた。そして私は言った。
「愛美ちゃんがシロナガックスなの?」
この質問に会場内は静まり返る。
ポケットジャングルの幸田さんが愛美ちゃんにマイクを向ける。
「…っと……」
先程まで堂々としていた愛美ちゃんだが、目を伏せて、言いあぐねている。
「…え、えっと~、そのぉ……」
言いたくない様子だった為か、ポケットジャングルの佐藤さんが割って入った。
「…っえ~、次のラストゲームはどのように入るつもりですか?」
「…次は……」
歯切れが悪くなってしまった愛美ちゃんは、「次も」と言い直して、ハッキリと回答する。
「私らしいプレイを心掛けます!」
「以上!2戦目のビクトリークラウンを手にし、暫定1位に躍り出たMANAMI選手でしたぁ!!」
愛美ちゃんは私の方を見ずに、ステージ奥の戦場へと戻って行った。
おそらくだが、愛美ちゃんがあのシロナガックスなのだろう。
気が付けば私も先程の愛美ちゃんと同様に目を伏せた。えもいわれぬ感情が押し寄せたからだ。
まだ友達になったばかりの私に自分がシロナガックスであると黙っているのは当然のことだ。私だって、自分がどうしてアイドルをしているのかなんて愛美ちゃんには打ち明けていない。
──当然のこと……
ステージの奥に行く愛美ちゃんの後ろ姿は、学校でいつも見る愛美ちゃんのものではなかった。
私から遠く離れていく。
それが少し寂しかった。
『私らしいプレイ』
それが昨日、黒木監督に言われた私自身の演技と関係があるのだろうか。私はポケットジャングルの2人に声をかけられるまで、しばらくステージ奥の選手達を見ていた。
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~織原朔真視点~
言いあぐねていたけど、たぶんこれで勘づいた人がたくさんいるだろう。
「言わなかったですね」
僕の隣にいる薙鬼流が言った。僕は返答する。
「まぁ、学校名が大々的に出てるわけだし、林間学校を抜け出してアペの大会に出たことを咎められるかもしれないからね……」
それだけでなく、音咲さんが僕の正体に気付くかもしれないし。もしくは──
「それか、シロナガックスって一ノ瀬さんからしたら仮の姿というか、自分自身じゃないのかもしれない」
「どういうことですか?」
「私らしいプレイって言ってたじゃん?だから、シロナガックスは一ノ瀬さんにとっては自分じゃないのかもって……」
「えぇ…それだったらちょっとショックかも……」
どうして?と今度は僕が薙鬼流に訊いた。
「だって、私達はシロさんと一緒に大会に出て優勝したんですよ!?それに、もし本当にそういう意味で言ってたのなら薙鬼流のこともエド先輩のことも微妙に否定してません?」
確かにそうだ。Vチューバーというのは、つまるところ、表の舞台に出てこれない臆病者であると言っているようなモノだ。
どういう意味で言ったのか、それを知っているのは一ノ瀬さんだけだ。
「僕らが憶測で判断するのは止めようか。結論を出すのは、あとでちゃんと訊いてからにしよう」
そうですね。と薙鬼流は返事をした。
薙鬼流は、Vチューバーとしての性格とリアルでの性格に、さほど差異はない。僕はというと、学校生活やバイト先での僕とネットでエドヴァルドになっている時の僕では、大いに違う。後者の方が本当の自分だと思いたい。
一ノ瀬さんは、シロナガックスである自分をどう思っているのだろうか?
名前をMANAMIにしていることから何かしらそこに意味があるような気がしていた。
薙鬼流に憶測は止めようと言ったのに、無駄な思考が止まらない。そんな中、ラストゲームが始まろうとしていた。