第101話 選手入場
~Rain視点~
シロナガックスを知らない?
僕は隣にいた選手と思しき女子高生に疑問を抱く。その女子高生はあまりにも緊張していた様子だった為に、つい声を掛けてしまった。初めは選手の同級生か、どこかのeスポーツ部のマネージャーかと思った。しかしその考えは彼女が選手にしか渡されない選手番号を握っていたことから否定された。
eスポーツの視聴者の7割が男性である為、それに伴って男性プロゲーマーが多いと思われがちだが、女性プロゲーマーも続々と増えてきている。
女子高生がこの大会に出てきてもおかしくはない。
──それにしても、かなり可愛かったな……この大会で優勝したら彼女の名前を聞いてみよう……
と思ったが、選手入場の際に学校名と名前が読み上げられる為、勇気を出して名前を聞く必要などないことに思い至る。
──あぁ、でも名前って言ってもアカウント名か……だったら本名を聞こう!!
そんでもってアメリカに帰ったらマイケルに女の子と仲良くなったって自慢しよう。僕は動作確認をして、控え室に戻った。
──そういえば彼女、取り付けただけで何にも操作してなかったけど大丈夫なんだろうか?
彼女を探して、進言してみても良いが、他の選手のことを考えるよりも自分のプレイングに集中するべきだと思い、僕は試合に入る前のルーティーンである柔軟体操を行った。
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~織原朔真視点~
「ちょっとお兄ちゃん!?早くしないと一ノ瀬さんの試合始まっちゃうよ!?薙鬼流さんももう家出たんでしょ!?」
狭い家に脱ぎ散らかした黒色を基調とした洋服の上に僕は立つ。そう。僕は今ピンチだ。シロナガックスさんこと一ノ瀬さんの出る大会に着ていく服がないのだ。
勿論、僕が大会に出るわけではないのだが、会場に参戦するにあたってそれなりの格好をするべきだと思っていた。
──仕方ない、いつもの黒のパンツに白Tシャツを着ていくか……
しかしこの服装は一ノ瀬さんと遊びに出掛けた時と同じ格好だ。同じ服しか持ってないつまらない男だと思われたらどうしようか。
僕は絶望感に苛まれる。それに一ノ瀬さんが大会に出たら絶対注目されるし、その応援で来た友人の僕も注目される確率が上がる。その時、無難な服装をして周囲に溶け込んでいなければ、僕に対する注目度は増すばかりだ。
そんなとき、妹の萌は言った。
「制服で良いじゃん」
「あ……」
そうだ。その手があった。ナイス萌。一ノ瀬さんはシロナガックスではなく学校代表として出るのだ。だとしたら制服を着ていれば上手く溶け込める。
僕は萌に感謝を告げ、観覧チケットを握って出発した。ちなみに萌は、チケット代が勿体ないというケチな理由でネット観戦をするとのことだ。
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~音咲華多莉視点~
エレクトロな音とステージの端の至るところに取り付けられているムービングライトが音に合わせて首を振り、会場を彩る。お客さん達は入場の際に配られた2つの細長いバルーンをぶつけ合って見た目だけでなくそこから発される音で会場を盛り上げた。
「おはようございます!」
「おはようございます!」
テレビ極東の男性アナウンサーと女性アナウンサーがカメラとお客さん達の前、つまりステージに出たのを私はステージの袖から見守る
。
男性アナウンサーはスーツ。女性アナウンサーは慎ましい華やかなブルーのドレスに身を包み、今大会の進行を行う。スポンサー名を読み上げつつ、会場まで足を運んでくれたお客さんやこれを見ている視聴者さん達に感謝を告げる。
次に男性アナウンサーが引き継いで、大会に出場する学校の数を述べた。
「全国、3575校の頂点に輝くのはどの高校でしょうか。未来に活躍する選手が、必ずこの中にいる筈です」
私はマイクを握りしめた。
──みんな、どんな想いで参加しているんだろうか?
昨日、黒木監督から言われたことを思い出す。
『もう少し演じるんじゃなくて自分を出してみても良いんじゃないかな?』
この大会に参加している私とほぼ同級生の選手達。
──きっと自分の意志で…夢に向かって突き進んでいるんだろうな……
全国高校eスポーツ選手権大会の開会の挨拶をテレビ極東の社長が務めた。
社長の挨拶は短く、主にスポンサー、選手とその家族、友人、そして会場に足を運んでくれたお客さんやこの配信と放送を見ている視聴者に感謝を告げて終了する。
次はいよいよ私達の出番だ。まず始めに男性アナウンサーの熱の籠った口調で呼ばれたのはポケットジャングルの2人だ。
大きな歓声と拍手、バルーンがぶつかり合う音に迎えられながら2人はステージ上手から登場し、手を上げてそれに応える。そして大きな声で場を盛り上げた。
「皆さん!宜しくお願いしま~す!!」
「よぉっっっっっ!!!」
ステージ真ん中に到着したスーツ姿のポケットジャングルの2人に男性アナウンサーは聞いた。
「お二人には予選から大会を盛り上げて貰いましたが、どうでしたか?」
2人は、はいと歯切れのよい大きな返事をしてから応える。
「予選から大いに盛り上がっていました!スーパープレイの数々に番狂わせと予選とは思えないほど熱い試合の数々でした。本当に何が起きるかわからないですね」
「はい!そんな試合の決勝戦をこの場で見られるなんて今からもぉ~っ楽しみですよ!!」
男性アナウンサーは言った。
「お2人には選手のインタビューや試合の様子を一緒に見て頂こうと思います」
宜しくお願いしますとお互いが言い合い、男性アナウンサーは続けた。
「それでは次に、このステージを彩る応援マネージャーのお二人にも登場して頂きましょう!!このお二方です」
私とふみかの出番だ。会場の照明が少しだけ暗転し、椎名町45のシングルのサビ部分が流れ、少ししてからステージに向かって私達は歩いた。そして絶妙なタイミングで照明が再び点灯し私達を明るく照らす。リハーサルで指定された立ち位置について、男性アナウンサーの元気な声で紹介された。
「椎名町45の音咲華多莉さんと三枝ふみかさんです!!」
私達は一礼すると、ポケットジャングルの2人の間に立ち、マイクを口元に向けて話す。
「「私達ぃ~椎名町45です!」」
少しだけポージングをとってから、進行を続けた。
「宜しくお願いします」
「宜しくお願いします!」
「宜しくお願いします。どうでしょうかこの盛り上がりは」
私は言った。
「はい。皆さんの熱気がここまで届いて来るような、そんな熱い舞台にこのように関われて本当に幸せです。それに普段動画や配信で見ていたプレイや選手達の様子を実際に見ることが出来て今からわくわくしています」
私が答えると、女性アナウンサーがふみかにもふった。
「ふみかさんはどうですか?」
「はい!私も実際に今回の大会で扱われているゲームをプレイしているんですけど、いつもボコボコにされてしまっていて……今日は私のことをボコボコにした人達がここにいるんだなぁ~って思うと何だがドキドキしますね!」
会場のお客さんは笑い、直ぐにポケットジャングルの2人から突っ込まれる。
「ドM発言かな?」
「それとも顔覚えるぞっていう脅しですかね?」
男性アナウンサーがまとめる。
「そんなすごい選手達が集まっていて、わくわくしてしまうって意味ですよね!」
ふみかは、はいと頷く。ポケットジャングルの2人は男性アナウンサーに向かって上手いなぁと感心していた。
そして進行は続く。
「それでは早速、第一競技のフォートトゥナイト、ソロ部門の決勝大会を始めたいと思います!選手の入場です!!」
ドンドンドンと和太鼓のような音が会場の巨大なスピーカーから聞こえる。私とふみかはそれぞれステージの両脇に分かれた。ポケットジャングルの2人とアナウンサーの2人も同じようにして分かれ、ステージの中央を空ける。
ステージの真上には巨大なスクリーンが降りていて、そのスクリーンに『選手入場』という文字が浮かび上がる。
そしていよいよ、選手一人一人が入場する。
スクリーンの文字が変わり、高校名と選手の名前が表示された。名前は選手の本名ではなくアカウント名だ。アナウンサーが読み上げる
「沖縄県立如月高校 龍人選手」
スピーカーから流れる音に負けないくらいの大きな声援が聞こえる。
龍人という選手が高校名の入ったポロシャツを着てステージに現れた。天然のパーマがかかった、一見大人しそうな感じの選手だが、前回大会の優勝者であることがアナウンサーによって知らされた。
龍人選手は、ステージ中央に立つと腕を組んでポーズを取った。そして、私達の直ぐ横、下手に並ぶようにして立った。
「大阪府私立ルワンゴ高校 六式選手」
この選手はステージ中央に立つとお客さん達に向かって恥ずかしそうに手を振った。そして私の方ではなくふみかのいる上手へ並ぶ。
このようにして100人の選手の紹介をしていく。私やふみか、ポケットジャングルの2人はアナウンサーの紹介文や選手のポーズに対して反応を示す。「よっ」とか「いいね」とか「カッコいい」とかそれぞれ思い思いのリアクションをとっていると、聞き覚えのある高校名が読み上げられた。
──ん?あれ?
私の通う高校名が読み上げられた。そして、出場する選手の名前が読み上げられて私は驚愕した。
「MANAMI選手!今大会の唯一の女性プレイヤーです!!」
ポケットジャングルの2人は「おおぉ~」と拍手をし、ふみかは「かわいい」と言っていたが、私は今までに出したことのない声をあげる。
「はにゃん!!?」
アナウンサーの2人やふみか達が私を見ている。そしてステージ中央に現れたのは私の友達の一ノ瀬愛美ちゃん本人であった。
愛美ちゃんは、ステージ中央に立ち止まると一礼してから私の方を見て、手を振ってきた。
「愛美ちゃん!!!?」
「え、知り合い?」
ポケットジャングルの佐藤さんが訊いてきた。
「同級生です……」
私の答えに会場内がどよめくが、選手入場を止める訳にはいかなかった。愛美ちゃんは私のいる場所ではなく、その反対側に立ち、入場する選手達に向かって拍手を送っていた。
この後、アジア予選に出場した選手やeスポーツでアメリカ留学をして、予選トップで通過した、今大会優勝候補の選手が入場してきたが、私の頭は愛美ちゃんで一杯だった。
──どうして?eスポーツやるの!?やるんだよね?だって選手として出るんだから。え?ゲーム好きだったの?今度私にゲーム教えてほしい……
そんなことを考えていたらあっという間にすべての選手達がステージに並んだ。
「以上、全100人の選手にお集まり頂きました。ポケットジャングルのお二人、どうですか100人の、予選を勝ち抜いた選手達を見て」
「いやぁ~凄い景色ですねぇ……本当に、凄いんですけど、ちょっと気になることがありまして……」
「なんですか?」
「いやさっきからですね、かたりんの様子がおかしくてですね。自分の同級生が登場してから一切喋らなくなってしまって」
会場と100人の選手達が笑った。
「すいません!本当にビックリしてしまって」
愛美ちゃんが手を振ってくれたので私も手を振った。その間に男性アナウンサーが私に尋ねる。
「お二人は同級生なんですか?」
「はい。同じクラスの友達で……」
ポケットジャングルの幸田さんと佐藤さんが割って入る。
「凄い偶然ですね。それにめちゃくちゃ可愛いし」
「本当に、椎名町のメンバーかと思いましたよ。ねぇ!?」
佐藤さんがふみかにふるとふみかが言った。
「どうもぉ~、華多莉がいつもお世話になっておりますぅ」
愛美ちゃんは困ったような笑顔を向けて会釈する。私はまだ整理が付いていない。寧ろこれは私に仕掛けられたドッキリなのではないかと思ったほどだ。気持ちに整理がつかないまま私はマイクに向かって声を出した。
「eスポーツやってるって知らなかった……え!?後でラミンするね」
ポケットジャングルの幸田さんがツッコム。
「いや楽屋でやれや!!」
会場は再び笑いに包まれ、私と愛美ちゃんは別れる。
「それではこれより決勝大会を始めたいと思います!!選手達は奥にある試合会場へと移動してください」
私は実況席へ、愛美ちゃんはステージ奥にある試合会場へと向かった。