9話「ヒーローは遅れてやってくる。でも姫のことは必ず助ける」
――第二王子視点――
「はいそこまで。
これ以上エラに触れるなら、君の首と胴体が離れ離れになるよ」
俺は背後から殺気を感じ振り返る。
大きな鎌を持ったレンガ色の髪に翡翠色の瞳の五歳ぐらいの少年が、僕の首に大鎌の刃を当てていた。
「エラは我々の宝だ!
醜い心の者が触れて良い相手ではない!」
突如水の弾丸が俺を襲う。
気がつくと俺は壁まで吹っ飛ばされていた。
僕が顔を上げると、エラの後ろに銀色の髪に紫の瞳の五歳ぐらいの少年がいて、こちらを鬼のような形相で睨んでいた。
よく見ると銀髪の少年は宙に浮いていた。
「なんなんだお前たちは!
衛兵は何をしている!
第二王子であるこの俺に危害を加える者たちだ!
直ちに捕らえろ!」
僕が叫んでも誰一人動かなかった。
「それは無理だよ。
彼らはボクの作り出した縄で縛られているからね。
身動きひとつ取れないんじゃないかな」
声がした方に顔を向けると、金色の髪に青い目の五歳ぐらいの少年が、ほうきにまたがり宙に浮いていた。
部屋の中を見回すと、室内にいた兵士はロープでぐるぐる巻きにされていた。
よく見ればカウフマン伯爵夫人とアルゾンも、ロープでぐるぐる巻きにされている。
全員気を失っているのかピクリとも動かない。
「もちろん外にいる兵士も拘束しておいたよ」
金髪の少年に言われ、僕は窓まで走り外の様子を確認する。
馬車の近くで待機していた兵士達が、ロープでぐるぐる巻きにされていた。
「どうしてこんなことをするんだ!」
相手は子どもが三人に、ひ弱そうな少女が一人。
だが彼らがただの子供ではないことは、先ほどの魔法による攻撃で明らかだ。
得体の知れないものに対面した恐怖で、僕の足はガクガクと震えていた。
「説明してあげてもいいよ。
その前にウォルフガン、これから汚いものを見せることになるから、エラを安全な場所に連れて行ってくれないか?」
「承知した」
茶髪の少年が言い、銀色の髪の少年がエラの手を握る。
次の瞬間、二人はこつ然と姿を消した。
「ひぇっ……!
ひっ、人が消えた!」
「転移の魔法だよ。
王族なのに見たこともないの?」
茶色の髪の少年が、残念な物を見るような顔で小首をかしげる。
「無理もないよルドルフ。
人の世界から魔法が消えて数百年が経つ。
一国の王子程度では、転移魔法なんて高度な魔法を目にする機会なんてないさ」
金色の髪の少年が小馬鹿にしたように呟き、俺の顔を見てクスリと笑った。
「お前たちはいったい……何者なんだ!?
に、人間ではないだろう?!」
「これは失礼、名乗るのが遅れたね。
ボクの名はルドルフ、この土地に魔物が入ってこないように、浄化の魔法かけていた者さ」
浄化の魔法だと……!
そんな高度な魔法を使えるのは神か精霊のみ……!
まさか奴の正体は、高位の精霊だとでもいうのか?!
「ボクはこんな奴に名乗りたくないんだけどね。
名乗らないと話が進みそうにないからね、仕方ないよね。
ボクの名前はソルシエール。
闇の魔力を操る魔法使いさ。
カウフマン伯爵家の商売がうまくいっていたのは、ボクが魔法をかけていたからだよ」
精霊の次は闇の魔力を操る魔法使いだと……?!
☆☆☆☆☆
「ああついでに、そこで寝てる メス豚母娘が美人に見えるように、美化の魔法かけていたのもボクだよ」
金髪の少年が俺の顔を見てニタリと笑った。
「美化の魔法だと……?」
とてつもなく嫌な予感がする。
「どういう魔法かは後でわかるよ。
第二王子とアルゾンの婚約に関する書類は回収するね。
ルドルフ、この書類を王家と教会に届けてきて」
「ボクを小間使いのように使わないで欲しいな。
まあ第二王子とアルゾンの婚約が白紙に戻ったら困るから、従うけど。
その代わりそいつらの処理は君に任せたよ」
金髪の少年が俺とアルゾンの婚約に関する書類を机の上から回収し、栗色の髪の少年に渡した。
書類を受け取った栗色の髪の少年は、忽然と姿を消した。
おそらく彼は転移の魔法を使ったのだろう。
こんな高度な魔法を一日に何度も見ることになるとは……。
驚きすぎておしっこを漏らしそうだ。
「よしこれで第二王子とアルゾンの婚約は正式に成立した」
魔法使いが黒い笑みを浮かべる。
「第二王子、君に伝えておくことがある。
一度しか言わないから、耳の穴かっぽじってよく聞くんだよ。
ボクたちがカウフマン伯爵家のためにかけていた魔法は、今日限りを持って解くことにする。
ルドルフがカウフマン伯爵領にかけていた浄化魔法も、
ウォルフガンがカウフマン伯爵家の土地を豊かにするためにかけていた魔法も、
ボクがかけていたカウフマン伯爵家の商売がうまくいく魔法も、全〜〜〜〜部解くね。
ああついでに、カウフマン伯爵夫人とアルゾンにかけた美化の魔法と、この家が豪華に見えるようにかけていた魔法も解くからね。
この家の真の姿を見るといい」
魔法使いが杖を振るうと、カウフマン伯爵夫人とアルゾンの顔がたちまち醜くなった。
カウフマン伯爵夫人は、年甲斐もなく化粧塗りたくった厚化粧の鬼ババアのようなキツイ顔の女に。
アルゾンはボサボサのピンクの髪にそばかすだらけの肌、曲がった鼻に突き出た顎の二目と見れない不細工に変わった。
「ひぃぃ……!
化け物〜〜!!」
俺は二人の真実の姿の恐ろしさに、おしっこをちょっと漏らしてしまった。
「君の義理の母親と妻になる女に向かって、化け物は酷いな」
魔法使いは黒い笑みを浮かべ、楽しそうに笑う。
「ボクがこの家に魔法をかけていたのはね、この二人が幼いエラに無茶ぶりばかりしたからだよ。
『古い家に住むのは嫌だ。新しくしろ』
『庭の草むしりを一人でやれ』
『王宮にも負けない庭園を作りあげろ』
『王宮よりも立派なシャンデリアが欲しい』
とかね。
だからボクはこの古い家が豪華に見えるように、荒れ果てた庭が綺麗に見えるように、魔法をかけていたんだよ。
だから君がこれから見るものが、本当のこの家の姿だよ」
魔法使いに言われ周りを見ると、来たときはピカピカに輝いていて見えた床は、あちこち傷んでいた。
新築の家のように見えた屋敷の白い壁にはひびが入り、隙間風が吹きこんできた。
窓から外を見ると、草木が伸び放題の荒れ果てた庭が広がっていた。
これではまるで廃墟ではないか!
それに、なぜか先ほどからひどく空気が悪い。
この土地自体が呪われているのではないか、と思えるぐらい急に体が重くなった。
「カウフマン伯爵とエラが交わした約束は、『エラの義理の妹のアルゾンが婚約するまでは家にいること』だったよね。
ボクたちはその約束が果たされる日まで、エラを守ってきた。
エラが生前父親と交わした約束は、今日をもって果たされた。
エラはこの家を出た。
ボクもエラも二度とこの家に戻ってくることはない。
ボクらの加護の消えたカウフマン伯爵領地の土地はやせ、水は腐り、風は疫病を運んでくるだろう。
直に荒れ果てた大地にはモンスターがうごめき、商売は何をやってもうまくいかなくなるだろう。
長年に渡りエラをいじめてきた継母、エラが継ぐはずの家督を奪った義妹、エラを愛人にしようとした愚かな第二王子には、お似合いの末路だね」
魔法使いは人間慣れした美しい笑みを浮かべると、どこかへ消えてしまった。
後に残されたのは、気を失った兵士と、魔法が解け醜い顔になったカウフマン伯爵夫人と娘のアルゾン。
恐怖のあまりおしっこをちびってしまったカッコ悪い俺だけだった。
「そうそうアルゾンとの婚約を破棄しようなんて考えないことだね。
今以上の不幸が押し寄せてくるよ。
カウフマン伯爵家の惨状がこの国全土に及ぶことになるよ。
そうなったらこの国はおしまいだね」
笑い声と共に、魔法使いの声が聞こえてきた。
姿は見えないのに声だけ送れるのか?
俺の婿入り先はカウフマン伯爵家に決まりなのか?
他に選択肢はないのか?
俺は己の将来に絶望していた……。