8話「第二王子とアルゾンの婚約」
――第二王子視点――
パーティの数日後。
俺はアルゾンと婚約するため、お供を連れてカウフマン伯爵家を訪れていた。
婚約を伯爵家で結ぶのは、婿入り先の内情視察を兼ねている。
俺を乗せた馬車は中庭に停車した。
馬車から降りた俺はカウフマン伯爵家の屋敷を見て、息を呑んだ。
カウフマン伯爵家は年月を感じさせない美しい白い壁と、青い屋根の大邸宅で、庭も広かった。
手入れの行き届いた庭園にはバラが咲き乱れ、庭の中心には噴水があり、清らかな水音を奏でている。
カウフマン伯爵家の敷地に一歩踏み入れた時から、空気がガラリと変わったのを感じた。
屋敷内は神殿や高い山々のような、澄んだ空気で満ちていた。
俺は残りの人生の大半をここで暮らすのだな。
美しい奥さんと可愛い子供達に囲まれて、過ごす穏やかな日々。
気が早いかもしれないが、俺はこの家での新婚生活を脳裏に描いていた。
もちろんアルゾンとの初夜についても。
ああ早く彼女と結婚して、彼女のドレスを脱がしたい!
その前に結婚式を挙げないとな。
アルゾンは国一番の美人だからな。どんなウェディングドレスも似合うだろうな。
アルゾンには、王太子妃が着たものよりも豪華なドレスを着せたい。
アルゾンには裾の長いロングトレーンドレスが似合いそうだ。
王道のプリンセスラインやベルラインのドレスも捨てがたいが、ミニ丈もいいな。
彼女の美しい足を、近くでじっくり眺めたい。
このときの俺は、このあと伯爵家で起こることも知らず、希望に胸を膨らませていた。
☆☆☆☆☆
俺は伯爵家の書斎に通された。
書斎にはセンスの良いアンティーク家具が並んでいた。
窓も床がピカピカに磨かれていて、カーテンにも絨毯にはシミひとつない。
とても管理の行き届いた家だ。
俺はそこで、アルゾンと婚約するための書類にサインをした。
「あたし、王子様と婚約したのね!
嬉しいわ!」
アルゾンが耳元でキンキン声で喚く。
美女の声はキンキンしていても、小鳥のさえずりのように聞こえる。
これが恋の魔法というものだろうか?
アルゾンが舞踏会で着ていた豪華なドレス姿も美しかったが、今日着ているフリルの付いたワンピース姿も可愛らしい。
美人は何を着ても似合うというのは本当だな。
書類にサインをし終え、俺は一息つく。
これでこの家も、この家の富も、アルゾンも、俺の物だ。
その時書斎のドアがノックされ、ボロボロのワンピースをまとった金色の髪の少女が入ってきた。
メイドだろうか?
メイドは前髪で顔を隠しているので、彼女の顔はほとんど見えない。
「エラ、何で入ってきたんだい!
今大事な方をおもてなししているところなんだよ!」
「お義姉様、何で書斎に入ってきたのよ!
王子様との婚約が駄目になったらお義姉様のせいよ!」
カウフマン伯爵夫人とアルゾンが眉を釣り上げ、エラと呼ばれたみすぼらしい少女を怒鳴りつけた。
そんなアルゾンを俺はぼんやりと眺めていた。美人は怒った顔も美しいな。
美しい二人を怒らせたのだから、このメイドが悪い。
しかし二人はメイドを「エラ」と呼んでいるのが気になる。
確かカウフマン伯爵家の実子がそんな名前だったな。
後でこの娘に、カウフマン伯爵家の相続権を訴えられたら面倒だ。
今のうちに仲間にしておこう。
ブスでも構わないから俺の愛人にしてしまおう。
そうすれば後で伯爵家の相続権がどうのと、ごねないはずだ。
「申し訳ございません。
お義母様、アルゾン。
私はただお客様にお茶とお菓子をお持ちしただけで……」
エラと呼ばれた少女はおどおどしながら答えた。
「それが余計なお世話だと言っているのよ!」
「お母様の言うとおりだわ!
お義姉様は引っ込んでて!」
カウフマン伯爵夫人とアルゾンが、鬼の形相でエラを叱りつけている。
凄い迫力だな!
母娘揃って元気があってよろしい!
「カウフマン伯爵夫人もアルゾンも、そうカリカリしないでくれ」
俺は二人をなだめた。
「エラといったね?
俺は気にしてないよ。
お茶とお菓子を持ってきてくれてありがとう」
俺はエラに優しく声をかけた。
「カウフマン伯爵夫人もアルゾンも、彼女も家族の一員なのでしょう?
家族に冷たくするのはよくないですよ」
エラという娘を俺の愛人にするため、俺は彼女に優しく接した。
エラという娘は継母と義妹に辛く当たられているようだ。
こういうタイプは、優しい言葉をかければ簡単になびく。
俺がエラのことを「家族の一員」と言うと、カウフマン伯爵夫人は面白くなさそうな顔をした。
「エラは亡きカウフマン伯爵の娘なのですが、性格の悪く、根性のネジ曲がった子なのです。
だからこうして、時折あたくしが彼女を躾けているのです」
カウフマン伯爵夫人がエラと呼ばれた少女を睨みつけながら言った。
「それから、家督相続の件については問題ございません。
パーティでもお話しましたが『カウフマン伯爵家は養女のアルゾンに継がせる』という夫の遺言書がございますから」
「誤解しないでください、カウフマン伯爵夫人。
俺はアルゾンが相続権を持っているか心配し、亡き伯爵の血を引くエラに優しくしたわけではない」
嘘だ。
俺がエラに優しくするのは、後で彼女に伯爵家の相続権を主張させないためだ。
そのためには今のうちに彼女を丸め込んでおく必要がある。
「彼女はカウフマン伯爵夫人の義理の娘、アルゾンの義理の姉に当たるのでしょう?
なら俺にとっては義姉だ。
俺はエラを家族として受け入れ、優しく接したいと思っています」
「そうでしたか。
王子殿下はとても親切なのですね」
「王子様のそういう思いやりのあるところ素敵だわ」
カウフマン伯爵夫人とアルゾンが俺を褒め称えた。
美人親子に褒め称えられて俺はいい気分だった。
「エラ、お茶をありがとう。
これから俺たちは家族になるんだ、近くに来て顔を見せてくれないか?」
だが、エラはその場から一歩も動こうとしなかった。
王子である俺が優しくしてやっているのに、生意気な女だ!
痺れを切らした俺は、自らエラに近づき彼女の前髪をかき分けて、彼女の顔を確認した。
顔を見せられないぐらい不細工なのか?
「こ、これは……!」
彼女の顔を見て、俺は驚いた。
継母と義理の妹に虐げられているから、とんでもないと不美人なのかと思っていたが……!
エラの目鼻立ちは整っていて、そこはかとなく気品を感じた。
俺の勘が告げている。これは磨けば光るタイプの女だと!
美人姉妹に取り合いされる日々か……それも悪くないな。
この娘を愛人にしたら、アルゾンの次に愛でてやろう。
アルゾンとは週に四日、エラとは週に三日、床を共にしよう。
エラは俺に髪を触られて顔を赤く染め俯いていた。
男に慣れていない感じもいい。
エラとの初夜が楽しみだ!
「怖がらないでエラ。
もっとよく顔を見せて」
俺がエラの頬に手を触れようとしたとき……。
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