6話「星空の下、四人だけのガーデンパーティ」
――三人称――
ベティーとアルソンを乗せた馬車が見えなくなり、エラはホッと息を吐きました。
「お二人が帰ってくるまでに、家中をピカピカに磨いておかなくては」
エラは右手にほうきを持ち、左手にバケツを持ち、気合をいれました。
継母と義妹が帰ってくるまで、数時間しかありません。
「二人が帰ってくるまでに、掃除が終わっていなかったら何を言われるか……」
エラは考えただけで背筋が寒くなりました。
「そんなこと後ですればいいよ。
今日ぐらい僕たちと一緒に遊ぼうよ」
「私はエラに、私の瞳の色と同じ紫のドレスを来てほしいと思っている」
「ボクはエラには、ボクの瞳の色と同じ青いドレスを着てほしいな」
エラの前にルドルフとウォルフガンとソルシエールが現れました。
三人ともエラの前では五歳児の姿をしています。
ソルシエールはほうきに跨り空を飛んでいました。
「ルドルフ様、ウォルフガン様、ソルシエール様」
突如現れた三人に、エラは瞳をパチクリとさせている。
初対面の時を除けば、三人が屋根裏部屋以外の部屋に現れたのは、これが初めてだった。
「皆さんと遊びたいのは山々なんですが、お義母様と義妹が帰ってくる前に、お屋敷をピカピカに磨き上げておかなくてはいけないのです」
「それはボクの魔法でやっておくよ」
ソルシエールが杖を振ると、ほうきとバケツと雑巾に足が生え、勝手に掃除を始めた。
「これであの二人が帰ってくる頃には、家の中はピカピカになっているよ」
ソルシエールがエラに向かってウィンクした。
「ソルシエール様、ありがとうございます」
ソルシエールに掃除を手伝って貰え、エラはホッと息をついた。
いつもなら継母に言いつけられたことは自分でやると言い張るエラだが、今日だけはとても一人でどうにかできるレベルを超えていたのだ。
「どういたしまして。
ということで一番に手柄を立てたのはボクだから、エラが着るのはボクの瞳と色と同じブルーのドレスで決まりだね」
「しょうがないね。
今回はソルシエールに譲るよ」
「くっ、不本意だが仕方あるまい」
ルドルフとウォルフガンが悔しそうに呟く。
「ボクが君にお姫様になれる魔法をかけてあげるから。
今夜はボク達だけの舞踏会を楽しもう」
ソルシエールが杖を振ると、エラのボロボロのワンピースは天色のドレスに、履き古した木の靴は硝子の靴に変わった。
「せめてアクセサリーは僕の瞳の色と同じ物を身につけてほしいな」
ルドルフがポケットから翡翠色のイヤリングを取り出し、エラの耳につけました。
「私からは、私の瞳の色と同じ紫水晶のネックレスを贈ろう」
ウォルフガンはポケットから紫水晶のネックレスを取り出し、エラの首に付けました。
「天色のドレスに、金の靴に、翡翠のイヤリングに、紫水晶のネックレス……色の取り合わせがバラバラだね」
エラのコーディネートを見て、ソルシエールが眉をしかめた。
「ならエラがより美しく見えるように、彼女のドレスを僕の瞳の色と同じ緑色にしようか?」
「いや私の瞳の色と同じ紫のドレスこそ、エラには似合う」
「それを言うならエラには空色のドレスと同色の、サファイアのネックレスとイヤリングの組み合わせが似合うと思うけどな」
ルドルフとウォルフガンとソルシエールが、睨み合いを始めました。
三人とも自分の色のドレスとアクセサリーを、エラに身につけてもらいたいのです。
「あの、私はどれも気に入っています。
天色ドレスも、金色の靴も、翡翠のイヤリングも、紫水晶のネックレスもどれも本当に素敵です!
ルドルフ様、ウォルフガン様、ソルシエール様、素敵なドレスとアクセサリーをありがとうございます!」
エラがそう言ってほほ笑むと、三人はピタリと争うのをやめた。
「家の中は掃除中だから外で踊ろう。
今日はボクたちだけのガーデンパーティだ」
ソルシエールがそう言って杖を振るうと、庭に明かりが灯り、木々に華やかな飾り付けが施された。
「ソルシエール様、こんなに華やかに飾り付けをしては、他の使用人に気づかれてしまいませんか?」
「大丈夫だよ。みんなぐっすり寝ているから」
ソルシエールの魔法によって、伯爵家の使用人は深い眠りに落ちていた。
「ファーストダンスはボクと踊っていただけますか?」
ソルシエールがエラに手を差し出す。
「エラは僕と一番に踊ってくれるよね?」
ソルシエールに続いて、ルドルフもエラに手を差し出す。
「エラ、私と踊ってくれるか?」
最後に、ウォルフガンがエラに手を差し出した。
エラは三人から同時にダンスに誘われ、どうしたらよいかわからずしばらく思案していた。
「四人で仲良く踊りましょう」
四人で手をつなぎ円をつくり、クルクル回ると回ることになった。
ルドルフとウォルフガンとソルシエールは、エラの前では五歳児の姿をしている。
そのためエラは幼児と手を繋ぐために腰をかがめなくてはならず、エラにはちょっと大変なダンスとなった。
「これをダンスと呼んでいいものだろうか?」ルドルフとウォルフガンとソルシエールは小首を傾げた。
「楽しいですね」
エラが三人に向かってニコニコと笑いかける。
三人は「エラが笑っているからいっか」と気持ちを切り替えた。
エラは子供達と仲良く遊んでいるつもりですが、ルドルフとウォルフガンとソルシエールの三人は、本気でエラを自分のお嫁さんにしようと狙っていました。
三人ともエラの前では五歳児の姿をしていますが、実際は三人ともエラよりずっと年上です。
エラがそのことに気づくのはもう少し先の話。
「エラ、アルゾンが婚約したらこの家を出て行ってもいいんだよね?」
「はい、父との約束は『アルゾンが婚約するまで継母と義妹の面倒をみること』でしたから」
「じゃあその時が来たら、僕と天空の城に行って一緒に暮らそう」
ルドルフがエラを誘います。
「いや、その時が来たら私と一緒に水の神殿に行き共に暮らそう。
私がエラを幸せにすると約束する」
ウォルフガンがエラを口説きます。
「エラ、そんな辛気臭い所で暮らすのはやめなよ。
ボクと一緒に魔法の絨毯に乗って世界を一周しよう」
ソルシエールがエラを世界一周旅行に誘いました。
「三人とも素敵な申し出をありがとうございます。
でも私はこの家を出ることができるなら、湖の見える丘の上に、小さな家を建ててそこに住みたいと思ってるんです。
湖を見下ろす場所に建つ赤い屋根に白い壁の小さなお家、素敵じゃないですか?」
エラがそう言ってにっこりとほほ笑みました。
エラの予想外の返答に、ルドルフとウォルフガンとソルシエールが、お互いの顔を見合わせしばらく思案しました。
「他の誰かに独占されるよりはまだマシかな……?」
「……一時休戦だな」
「仕方ない、エラが本当に愛する人を見つけるまでは手を組もう」
三人はエラに聞こえないように小さな声でささやき、結論を出しました。
「エラ、僕が赤い屋根に白い壁のお家をプレゼントするよ。
そこに四人で暮らそう」
「なら私が聖なる湖を作り出してみせる」
「それならボクは、湖の周りに綺麗なお花を植えよう」
ルドルフとウォルフガンとソルシエールが、それぞれ贈り物を提案しました。
「まあ素敵。
そんな所で四人で暮らせたら、きっと幸せでしょうね」
エラは三人のお母さんか保護者になった気分で、そう言ってほほ笑みました。
「でもその前にアルゾンの婚約者を決めなくてはいけません。
お義母様とアルゾンは自信満々で第二王子殿下の婚約者を決めるパーティに出かけて行きましたが、
本当に彼女が第二王子殿下の婚約者に選ばれるか心配です。
もしアルゾンが失恋したら、彼女のことだからしばらく部屋に引きこもりそうで……。
そうなると次の婚約選びが難航しそうですね。
お義母様とアルゾンが癇癪を起こすことも増えるでしょうし……」
エラが「はぁ……」と深いため息を吐いた。
エラの言葉を聞いて、三人は顔を見合わせニヤリと笑いました。
「「「精霊が二人と魔法使いが一人、力を貸したんだ。絶対にアルゾンを第二王子の婚約者にしてみせるよ」」」
三人のささやきはエラには届きませんでした。
ルドルフとウォルフガンとソルシエールは勝利を確信した目で、にっこりと笑っていました。
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