14話「エラは私の女神」
――ウォルフガン視点――
八年前、カウフマン伯爵家の庭で干からびていた私に、水を与えてくれたのがエラだった。
天使が地上に舞い降りたのかと思うほど神々しく、汚れなき瞳をもった清楚な少女
に、私は一瞬で心を奪われた。
エラに恋をしたあの日から、私はエラのためだけに生きている。
そして今私は、エラと二人きりになれたのだ。
邪魔者のルドルフもソルシエールもここにはいない。
「わー、すごいところですね!
水の宮殿でしょうか?
先ほどまで家にいたはずなのに!」
ここは水中にある宮殿。
窓の外を魚が泳いでいる。
「私が転移魔法でエラをこの場所に連れてきたのだ」
「ウォルフガン様が……?
えっ? あれっ?
ウォルフガン様の背、伸びてませんか……?」
普段の私は人間の姿になるときは、エラを怖がらせないために五歳児の姿をしている。
しかし今は本来の姿、人間の年齢でいうと二十歳ぐらいの青年の姿をしている。
「驚いたか?」
私の本来の姿は竜だ。
人間に化ける時は、二十歳前後の銀髪紫眼の青年の姿になる。
だが青年の姿ではエラに警戒されてしまう。
そこで無邪気な五歳児の姿になることにした。
だから变化の魔法を少しいじって五歳児の姿に化けた。
幼い少年の姿なら、警戒されずにエラの側にいれると思ったからだ。
エラの側に仕え、伯爵家の者からエラを守りたかった。
ルドルフもソルシエールも私と同じ考えだった。
と言うか初めに五歳児の姿になって、エラを惑わせたのはルドルフだ。
あの可愛いこぶりっ子の演技が得意な光の精霊め。
「はい少しだけ。
でも優しい瞳は成長しても変わりません。
いつものウォルフガン様です」
エラが私の頬に手を触れ、まっすぐに私の目を見つめた。
あーもうだめだ!
我慢できない、エラが好きだ!
「エラ、愛している!
私の妃になってほしい」
「はいっ?
ええっ……?!」
私は我慢できず、エラをその場に押し倒した。
「ウォルフガン様……??」
きょとんとした顔でエラが私を見上げてくる。
おそらく彼女は、今から私に何をされるのか分かっていないのだろうな。
警戒心が無さすぎて心配になる。
ルドルフやソルシエールの前でもこんなに無防備では困る。
今から男に押し倒されることがどんなに危険なことか、エラの体にたっぷりと教えてやろう。
「エラ、私と口づけを……」
私の唇とエラの唇があともう少しで触れそうなほど近づいたとき……。
「はいストーーップ!
そこまでだよ!
殺されたいのかな、水の竜?」
私の首元に鎌の刃が当たった。
この声はルドルフだな。
もう少しだったのに……邪魔が入ったな。
「野暮な奴だ。
もっと後で出てくればいいものを」
私は不機嫌な顔でルドルフを睨んだ。
「あの時は君にエラを任せるしかなかった。
とは言え、手の早い君をエラと二人きりにするべきではなかったよ。
自分の決断を後悔しているよ」
ルドルフはエラの手を掴み、彼女を立ち上がらせた。
「大丈夫だったエラ?
スケベな竜に変なことされてない?」
「はい大丈夫です。
えっ……と?
もしかしてルドルフ様ですか?」
ルドルフは栗色にエメラルドグリーン色の瞳の、二十歳ぐらいの青年の姿に戻っていた。
「エラはすぐにボクだって気づいてくれたんだね!
嬉しいよ!」
ルドルフがエラの手を掴みニコリと笑う。
「貴様どうやって入ってきた?
この宮殿の周りには結界が張ってあったはずだが?」
「ボクとルドルフが力を合わせれば、君の張った水の結界なんて簡単に壊せるよ。
まぁ光の力を持つぶりっ子ネズミと力を合わせるのは、ボクとしては不本意だったけどね」
ソルシエールがほうきにまたがり上空から現れた。
ソルシエールもまた、金色の髪に青い瞳の二十歳前後の青年の姿に戻っていた。
「それはこっちのセリフだよ。
ヤンデレサイコパス闇魔法使い。
誰が好き好んでお前なんかと力を合わせるか」
なるほど光の力を持つルドルフと闇の力を持つソルシエール、犬猿の仲の二人が力を合わせ結界を破壊したというわけか。
光と闇の攻撃を同時にくらったのでは、私の張った水の結界などひとたまりもないな。
「エラ無事だったかい?
変態竜とロリコンネズミに酷いことされなかった?
ボクは君の身が心配で心配で……!」
ソルシエールはルドルフを押しのけ、エラに抱きついた。
「はい大丈夫です。
ソルシエール様……なんですね?」
「エラはボクだとすぐに気づいてくれたね。
とっても嬉しいよ!」
エラに名前を呼ばれ、ソルシエールが破顔した。
「わかりますよ。
私を見つめる優しい瞳は変わっていませんから」
「エラ……!」
ソルシエールとエラが至近距離で見つめ合っている。
私としては非常に面白くない展開だ。
「いつまでエラに抱きついている!」
私はソルシエールからエラを引き離した。
腕の中からエラが消え、ソルシエールは不満そうな顔をしていた。
「皆さん急に背が伸びたので、少しだけびっくりしました」
エラの頬が赤い。
私たちを異性として意識していると言うことだろうか?
だとしたらこんな嬉しいことはない。
「身長が伸びたっていうより、これが人間のときの本当の姿なんだよね」
ルドルフが説明する。
「本当の姿……?
では今までの五歳児の姿は?」
「仮の姿だよ。
エラがボクたちを警戒しないように、幼い子供の振りをしていたんだ」
今度はソルシエールが説明した。
「ルドルフ様もウォルフガン様もソルシエール様も……青年の姿が人間のときの本当のお姿……?」
エラが私たちの顔を順番に見つめながら言った。
エラは少し困惑しているようだ。
「「「そうだよ」」」
私と他の二人の返事がかぶった。
「では今まで私は三人の成人男性と屋根裏部屋で暮らし、ハグしたり……キスしたり……添い寝したり……!」
顔を真っ赤に染めたエラが、ボンと音を立てて爆発した。
エラが床に倒れる寸前に、私が彼女の体を支えた。
エラの顔はりんごのように真っ赤で、目はぐるぐると渦を巻いていた。
「エラ、しっかりしろ!」
私は必死にエラに呼びかけた。
「純粋なエラには刺激が強すぎたかな?」
気絶したエラを見たソルシエールが、困ったように眉を下げた。
「とりあえずベッドに運ぼう。
こんな辛気臭い水の宮殿なんかさっさと出て、ボクが用意した新居に移動しようよ」
そう言ったのはルドルフだ。
人の家に勝手に押しかけてきておいて、辛気臭いとは何だ!
本当にこのぶりっ子ネズミは一言多いな。
読んで下さりありがとうございます。
少しでも面白いと思っていただけたら、広告の下にある【☆☆☆☆☆】で評価してもらえると嬉しいです。執筆の励みになります。




