秘密の贈り物
玄人が俺への贈り物を自分で選ばず俺自身に品を選ばせるのは、恐らく俺達以外の人間が聞いたら薄情この上ない行為に思える事だろう。
実際、楊は、お前こそ一緒に来い、と玄人に言い募ったのだ。
楊を抑えたのは俺だ。
玄人のこの行為が薄情どころか、彼が俺に最高の品を与えたいと思っての行動であると、俺こそ知っているからである。
第一前提、俺達には共感力が無い。
人が喜ぶ言葉を思いつくどころか、喜ばせる行動も取れないからこそ、俺達は喜ばせたい相手に贈り物をするのである。
そんな理由で贈られる贈り物であるのだから、贈られた者が一番喜ぶ物を選ばねば贈る意味を為さない。
玄人は倉庫から俺に「一点」を選ばせる事で、俺が一番欲しがるものを贈ろうとしているのである。
違うな。
俺に内緒の倉庫を教えた事があいつの贈り物だ。
俺はあいつの保護者であり後見人だ。
つまり、武本物産の守り手でもあるのだ。
武本の身代を潰す様な事はしないと見越しての「好きなものを選べ」であるのならば、やはり「内緒」を贈り物にしたと見るのが一番だろう。
「曰くつき。門外不出の品。売ってはいけないもの、か。なかなか楽しみだな。」
あいつは馬鹿だが真っ当な当主だ。
売り物倉庫から物が無くなれば損害だが、「売ってはいけない倉庫品」であれば、一品くらい減っても大丈夫と踏んだのだろう。
場所を教えておけば管理に困ったら返せばいいのだしな。
俺の車は玄人の言ったとおりの地区に建つ豪勢なビルの前に着いた。
道どころかビルを間違えようもないほどにそのビルは「武本」である、と、俺はビルを見上げて吹き出しかけた。
「うわぉ。期待を裏切らない無駄に拘っている変なビル。天辺が、天辺がエンパイアステートビルみたいに三角だ!」
「かわちゃん。」
ここは元々武本物産のデパートが在った場所だったそうで、店舗を閉める時に高級分譲住居物件付きの十一階建てのオフィスビルにリフォームしたのだそうだ。
外壁は白色に近い大理石を思わせるタイルが全面に施され、ビルの全面はアーチが貼り付けられていて教会の正面のようにも見える。
三階部分まであるアーチは左右に金属で出来た円錐が聳え、その円錐は金属部以外はステンドグラスがはめ込まれているのか、赤やブルーなどの様々な色が輝いている。
それだけではなく、二階部分のバルコニーがアーチの脇に左右対称に飛び出ているのだが、そこにガーゴイルが阿吽像のように設置されているのだ。
もちろんよく見れば羽の生えたオコジョであるが、玄人が母方の祖父からデザインしてもらうようなゆるキャラ風では決してない。
「雨樋がオコジョって初めて見たよ。」
「え、ただの置物じゃないの。魔よけとかのガーゴイルでしょう。」
「ちがうよ。ガーゴイル自体が雨樋だって。雨樋を芸術性高く装飾したのがガーゴイル。装飾のない雨樋はガーゴイルとは言わないけどね。元々化け物の名前じゃないよ。」
「ふうん。じゃああのエンパイヤ天井から突き出ているのはただの避雷針かな。」
そして、楊が言うとおりに、三角錐となったビルの屋上から長い棒が聳えているのだが、俺にも避雷針にしか見えず、あれは雷獣を使役できる飯綱一族の証だとでも言っているような気がした。
「あ、ただの電波塔だって。電波塔使用料を取っているんだってさ。さすが小さく稼ぐ武本物産。」
楊は武本家当主にお伺いを立てていたらしい。
「――さっさと、倉庫に行こうか。」
「そうだね。」
俺は地下駐車場へ続くだろうトンネル、ビルのアーチの脇に開いている暗い穴へと車を乗り入れた。
倉庫はこの不思議な外見の建物の地下三階にある。
「都内の一等地に武本物産がこんなビルを持っていたとはね。」
地下一階は駐車場、地下二階はビルのボイラー関係と通常の武本物産専用倉庫であり、一階から三階までを武本物産の事務所として使用している。
「賢いよね。四階から六階のフロアをオフィスビルとして武本以外の会社にも貸し出して、上は分譲住宅だろ。ビルの維持管理にその賃貸料と管理費修繕費って徴収して回せるからね。分譲した分固定資産税も軽減しただろうし。自分達は悠々と住居と事務所と倉庫の確保ができるんだ。クロが財務担当の洋伯父を褒めるだけあるよ。」
武本物産は親族会社にしては珍しく、有能な小父小母が存在して成り立っている会社なのである。
だからこそ玄人で当主が務まるのかもしれない。




