人の幸せを願えるのは幸せだから
キャリアの葉山は警察学校でも穂積とは別の教練を受けており、葉山が卒業後は警部補として本部に配属されるのとは違い、穂積は所轄で巡査としてまずは一年の交番勤務が待っている。
キャリアとそうでない組はそれだけ隔たりがあるのだ。
実際はたった数年で刑事昇格を果たした穂積は自らを誇っても良いはずだが、彼は自分を誇るどころか、ようやくだと、葉山を妬み羨んでいたようだ。
そして、自分と同じ境遇でありながら、利発で刑事昇格が早かった加瀬には、さらにもっと僻みと言える妬みを抱いてしまったのかもしれない。
「でも、葉山さんの寮の部屋を壊してもそれほどの打撃じゃないでしょ。持ち家じゃあるまいし。」
さらっと酷い事を佐藤は口にした。
僕はそんな彼女にガクガクしながら銚子を持ち、彼女の杯に酌をした。
彼女はサワーでもビールでもなく日本酒の人だ。
「あいつ、俺の大事にしていたものを壊すつもりだったらしいね。ふざけやがって。」
竹林に佇む武士のような人が野武士に変化してしまい、僕はこちらにもガクブルだ。
「なんだよ、何?大事なものって?」
水野が興味津々で尋ねると、同居人達が一斉にブーと噴出した。
「あのな、水野――。」
「駄目だってかわさん。内緒です。言わないで。山さんもね。」
凄く葉山は慌てている。
あれは恥ずかしいもの?
「ただのロボットのプラモデルよ。」
「ねえさん!」
非道な実の姉の暴露に水野と佐藤が「えー。」と合唱し、葉山はガクっと再び突っ伏し、その姿に山口と楊は大笑いだ。
けれどあれは凄く素晴らしいものだった。
だからこそ僕がその飾ってある三体を鞄に詰めたがために、葉山の衣類の殆んどを救出出来なかったのだ。
葉山の部屋はクレーン車の直撃による完全破壊の上、下の階からの延焼によって室内のものすべてが全焼してしまったのである。
だが、葉山は物凄く感動して大喜びをしてくれた。
僕の判断のせいで救出出来なかった服のお詫びにと、武本の倉庫品の服を後日一式渡した事も非常に喜ばれたが。
もちろん公務員に贈答はいけないので、真砂子に贈った箱に葉山の服も詰め込んであったに過ぎない。
真砂子が「いらない」と弟に差し出すのは構わないのである。
よって、今現在葉山が袖を通しているスーツは我が武本物産の品物であるため、葉山が皆と並ぶと一人だけ高級感溢れる生地が目立って、本来のキャリア刑事の風情が出てもいる。
そして、葉山自身はその事を気にするどころか、生来の自分に戻ったような自信が溢れる佇まいでもある。
さすが、元は金満だった社長令息。
だが今は不貞腐れた顔を作りながら、酒のグラスを口元に運んでいるだけだ。
「でも、僕もプラモデル好きです。火で炙って変形させたり、色に拘ったり。それで、最初に全てのパーツを磨いて、さぁ、組み立てるぞって時が一番高揚感ありますね。」
ぱっと口元からグラスを離してテーブルに置くと、葉山は物凄い笑顔で加瀬を見返した。
「何、マッキーも作るの。匠だね俺達。」
葉山と加瀬はプラモデル専用の雑誌や投稿で盛り上がり始めた。
山口と楊は二人でなにやら盛り上がっているし、僕は久々にポツンになった。
けれど、寂しくは無い。
僕は皆が幸せな雰囲気が大好きだからだ。
「ねぇ、ちょっと、クロ。」
声に振り向くと佐藤が側に来ていた。
彼女は何か心配事があるような顔をしている。
「どうしたの?」
佐藤はウーンと暫し考え、「私って黒い?」と聞いてきた。
「綺麗ですよ。」
即答したら頭を叩かれた、水野に。
「何するの、みっちゃん。」
「口説いているんじゃないの。真面目に答えてあげなよ。」
水野に言われて佐藤を見通すが、何も黒いところなんて無い。
淀みが無くて良かった。
「全然黒くないですよ。何を言っているんですか。」
「クロト、君の言う黒じゃなくて、性格悪いかって事。」
いつの間にか僕の隣に移動していて、けれどもそっぽを向いている山口が教えてくれた。
僕は佐藤に向かい、僕の思っていることを言ってみた。
「いつも良い人じゃないからこそ、さっちゃんは魅力的です。」
彼女はきょとんとして僕を見返して、そして、「ありがとう。」と、とても美しい顔で僕に笑ってくれたのである。
そこにすっと割り込んだ美女が佐藤に囁いた。
「友紀はね、私や母のせいで誰かを守ったり支える事に疲れているだけだから、気長に待ってあげてね。」
真砂子の言うとおりだ。
彼が僕を口説くのは、絶対に僕が彼になびかないからで、僕が良純和尚と山口に守られているからに違いない。
彼は遊びたい盛りの数年を家族に捧げたのだから、今は一人でいたいのだろう。
でも、人は一人じゃいられない。
彼も誰かを探し始めるのだ。
その相手が佐藤だったらいいなって思った。
僕の初恋は佐藤だったのだから、好きだった人が幸せになる姿はとても見たい。




