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僕は君にかぼちゃの馬車を贈ろう

 女は泣いている。

 悲しくて泣いている訳でもなく、ただ涙が止まらないだけであろうと青天目は息を吐き出した。


 壁に沿って並べられた三台の棚には気味の悪い内容物の瓶がところ狭しと並んでいる。

 人の物らしき髪の毛や爪が詰まった瓶、甲虫などの虫の死骸にラテン語のラベルを貼られた薬品の瓶、小動物の死体や元の生き物を知りたくない肉片などが既に色素を失って真っ白くなっているホルマリン漬けの瓶などだ。


 何よりも、棚に本物の頭蓋骨が一ダースは飾られている事に、青天目は自分の考える力を放棄した。


 ここは魔女が住む魔女の部屋でしかないのだ。


 空気を吸うよりも吐き出したい部屋の主である彼女は、部屋の壁際で啜り泣いている。

 泣いているだけではない。

 壁に貼られた美しい男性の写真を、彼女は一心不乱に見つめて、そして愛おしそうに写真の男性のシルエットを時々なぞってもいるのだ。


 黒尽くめのスーツ姿も、Tシャツにジーンズ姿の時も、どれもモデルがポーズをとっているような絵になる様で、雑誌の1ページのようだ。

 ツナギの作業服姿の時もあるが、その姿でさえ、その姿だからこそか、完璧な男性の肉体美が伺える。

 そしてなによりも神々しく雅な姿は、漆黒の僧衣を纏った上半身のものだ。


 素晴らしいその姿のその写真は一番大きく拡大されており、その写真の顔は隠し撮りに気付いているかのようにして、此方を見下した不適な視線を向けて微笑みさえも浮かべている。


 等身大に拡大されたその写真の美僧は、褐色の瞳の瞳孔までさらけだして、見る者を誘惑するが如し、瞳を美しく金色に輝かせているのだ。


「乃亜さん。失敗しちゃったね。でも大丈夫。僕が特別にちょっとだけ若さをあげる。可哀相にね。最初は家族に裏切られて、あんなに尽くした天主様も更正しちゃうし。なによりも天主様のために作った君の仕掛けをあの可愛いクロちゃんに壊されるなんてねぇ。あの子はあんなにも光輝いて美しいのに、君は美しさも若さも剥ぎ取られてボロボロだ。クロちゃんは本当に手強いねぇ。あぁ、敗れ去った君は、なんて可愛そうなんだろう。きれいにならなければ、愛する人の腕に飛び込めないのに。あぁ、なんて悲劇的なんだろう。」


 青天目は魔女を煽るろくでなしの後頭部を殴りつけたい意思をぐっと抑えた。

 真っ白の男の姿は本日は真っ黒である。

 おかしな形の黒いコートを羽織り、髪までも真っ黒な色に戻しているのだ。

 これが本来の年齢であるのか、あるいは彼は化けているだけなのか。


 青天目がどうしても思い出せなかった同僚そっくりの若さと顔で女の横に立って、彼の知る同僚が決して使えなかった己の顔の魅力を前面に出して魔女を誑し込んでいるのである。


 この男が玄人の呪い返しで美しさと若さを剥ぎ取られた魔女を煽って、一連の呪いを振りまかせたのだ。

 穂積と連動させての今回の出し物だ。

 出演者である穂積は永遠の地獄という地下牢獄へと繋がれる事が報酬となったが、穂積よりも反吐の出るこの女への今回の報酬は、長谷がこれから与えるひと時の若さそのものとなるだろう。


 彼女は身内の自殺の原因の人間への仕返しによって若さを手に入れたにも関らず、今一歩のところで呪いが成就しないという呪い返しで、以前よりも老婆化していた。

 彼女が復讐として贄に選んだ高瀬由美の死に様の姿よりも、もっと、だ。


 あの哀れな女性の拷問まで長谷の手の中であるのか、あるいはあの殺しを知ったからこそ長谷がこの女に手を貸しているのか、どちらにしても青天目自身は長谷から離れるべきだと気持ちが動き出していた。


 嬉々として意味不明の落書きをする男の背に、自分とは違う存在なのだと怖気が走ったのである。


 それだけではない。

 高瀬由美の拷問されて殺された遺体はそのまま彼の助けられなかった息子の姿に重なり、死ぬまで身体中をガラスの破片で貫かれるのはいかに辛かっただろうかと、彼は何度も思い返しては、彼が彼女の危険を知って助けられた可能性について煩悶しているのである。


「いいかな。君に触れるよ。すると君はほんの少しの間だけ若さを保てる。失敗したら今よりももっと酷い状態になるけど、いいかな?」


 長谷の声に再び化け物たちに意識を向けると、九十九も長谷の言葉にようやく意識を向けたようである。

 百目鬼をなぞる指を止めた彼女は、しゃがれた老婆の声を出した。


「かまわない。次こそは手に入れる。」


「素敵だよ。君。」


 長谷に軽く背中を撫でられると、九十九乃亜の灰色の髪は黒々と艶やかな姿を取り戻し、青天目から見える彼女の皺とシミだらけの手は、つるんとした十代にも見える美しさへと変化した。

 彼女はそこでようやく自分自身をも取り戻したのか、彼女に若さを与えた共犯者を仰ぎ見た。


 その彼女の横顔は完璧なカメオのような造型で、さらに真っ黒で真っ直ぐな髪が真っ白な肌を縦に流れ、色味のない肌でもあるが、彼女の陶器のような肌を際立たせていた。


「さぁ、もう一頑張り。最終目標まで後ちょっとなんだよ。君と僕はね。」


 長谷の最終目的を青天目は掴めないが、掴めなくとも逃げずに彼に追従している自分はどちら側のなのだろうと、目の前の茶番を見守りながら考えていた。


「まぁ、俺が屑なのは確実か。」

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