狸がいる世界
「髙警部補が和尚の檀家になりたがるのもわかるね。和尚は和尚でしかない。他の概念にも慣習にも理にさえも揺るがない。ただ、鈍いけどね。」
「切れ者と言われ慣れていましたので、鈍いとは新鮮ですね。」
俺は鼻で笑いながら返したが、憎らしい教授は、生徒を小馬鹿にするような顔をして見せただけだった。
「例えばね、私はね、エンジって言う名前でしょ。」
「それが、何か。」
絶対単位を落としてやると決意した教授の顔で、大きく厭味ったらしく溜息をついた。
「黒味のある、赤。玄人の黒と対になる方位の色だ。まあ、対になる赤は本当は鮮やかな色である必要があるが、三厩家と武本家は混ざってしまったのだから仕方がないだろう。」
「まるっきり、意味が判りませんけど。」
「だから、名前。今回の加瀬の本名は紅蓮、で、赤。錦織蒼煌は青でしょ。後、白が残っているんだよ。生き神の力を持つものがね。」
俺は三厩教授もボケたんだなぁ、と慈愛の気持ちで彼を眺める事にした。
「百目鬼君、何か言う事はないのかね?」
「キラキラネーム世代の子供達の名前を、一々気にして身辺調査でもしろと?俺達に向かってきたら潰すだけですから。どうでも良いですよ。」
すると三厩はフーと息を吐き、なんと俺に謝ってきたではないか。
「もういい。私が浅はかだった。」
「お気になさらないで、おじいちゃんですから。」
ナフキンが飛んできた。
この妖怪爺め、ここは高級店ですって。
頬を膨らました三厩に吹き出しそうな時に、ようやくコース料理の次々が運ばれてきた。
コースには入っていないが青梗菜と牛肉のオイスター煮は組み込んだ。
周吉お薦めのこの肉料理は最高だ。
「エビチリはないのかな。」
じじいは我侭だ。
三厩はメニューを開きだして、コースの中にエビチリがないか探している。
そんな彼に優しく説明してやる。
「広東料理店ですから。エビチリは四川料理です。」
「僕はエビチリが好きなんだけどな。」
捨て犬の様な悲しそうな目で俺を見上げるので、俺は料理を並べているスタッフに声をかけた。
店員は俺の注文に「良く有りますから。」と好意的に応えてくれた。
「エビチリ、食べられますよ。」
三厩は信楽焼狸そのものの丸顔を太陽のように輝かせて、余計な事を言った。
「サンタさん。ありがとう。」
俺は三厩の投げたナフキンを投げ返してやった。
じじいは「最後の吐息を吐くまで、死は人に訪れない」の主人公の事を伝えたかったのでしたが、良純和尚にはどうでもよい情報です。
狸は彼が百目鬼と玄人の「近所に住んでいる」から伝えたかったのでしょうけど。
「最後の吐息~」はなろうで投稿していて削除指示を頂き、現在十八禁のムーンで開示しております。時系列として馬の二年くらい前の話となっています。
楊の部下になったばかりの山口君が、この狸に唆されて出演しています。




