旧友との密会
玄人は楊に任せて、俺は旧友を有る場所に呼び出した。
「凄いね、君がここを予約できるなんて。」
彼は目を丸くして店内を見回した。
ここは紹介制の予約のみの高級中華店で、客は壁で区切られた個室に各々案内されるのである。
室内の装飾もこだわり、高級感と清潔感があり、そして何よりも料理が旨い。
玄人の祖父の白波周吉が自分の為に作らせて、接待用にも活用している店舗の一つなのだ。
「まぁ、支払う人がいますからね。コースで予約しておきましたよ。」
「普通は招待してくれた人が払うんじゃないの?」
彼は口を尖らせるが、こんなに近くにいて、俺に喪失感を延々と味合わせてくれていた仕返しだ。
「俺はあなたのために毎日経を読んでいますからね。お布施ってやつですよ。」
「この、糞坊主が!」
三厩隆志こと本名三厩円慈は俺を罵って見せてからワハハと笑い、前菜を摘みながらしみじみと口にした。
「和尚は俊明和尚に似てきたね。親子だからかねぇ。」
「あなたが俊明さんをそんなにもご存知だったとは。円慈和尚の頃にもご交流が?三軒隣りでも、俊明さんとは行き来は無かったでしょう。」
三厩は吹き出す様にして大きな笑い声をあげた。
「はは。君の知っている隆志の頃に、君の知らないところでね、彼とは友人付き合いをしていたのさ。」
「俊明さんと友人だったから、俺を雇ってくれたのですか。」
「違うよ。俊明和尚は勘がいいからさ、僕は彼を避けていたの。彼との親交は君を雇ってからだよ。君を介して僕達は親交を深めたんだ。子供のアルバイト先を親が見学をしに来るのは、親ならば当たり前でしょうが。」
「確かに。」
俺も一緒になって吹き出した。
「それでも彼が俺の仕事ぶりを見ていたなんて、俺は気づきませんでしたよ。」
「監視カメラがあるからね。」
俺は彼の言葉に箸からポロリとイカを小皿に落とし、しばし呆然とした。
「あったのですか?」
「あるよ。今も稼動している。和尚に道場をまかせたら、僕の妻の趣味に活用されるとは思わなかったけどね。」
三厩隆志だった時の妻、伊都子は多趣味の人であるが、陶芸と洋裁が講師として金をとれるぐらいの腕前でもあるのだ。
いまや道場は洋裁教室と変わり、近所の主婦の集会場であり、玄人の服の創作会場でもある。
ちなみに服のデザインは俺だ。
「ちゃんと夜は道場として開いていますから良いでしょう。」
洋裁教室は伊都子を励ますためでもあり、税金を抑えるには公民館と申請する為の実績が必要だったからでもある。
あんな利も無い維持費の掛かるだけものを手渡されてどうしろというのだ。
嫌がらせか?
「楽しくされてますよ、彼女は。かなり若返りましたし、先日は再婚をして北海道旅行に発たれましたね。結婚しても教室は辞めないから心配しないでと。」
気に病んでいるのだろうと気を楽にするために彼に教えたが、言いながら自分を忘れ去られる悲しさを与えたのかもしれないと彼を伺えば、彼はなんてことないという顔つきだ。
「うん。北海道は良かったよ。」
俺は固まって彼を見直した。
彼はハハハっと自嘲するような笑い方をして、種明かしのように話しだした。
「あれも、妖怪になっちゃったんだよ。」
呆然と彼を見直す俺に、彼は再び声を潜めて語りだした。
「隆志になって彼女と出会って、彼女はクリスチャンだから教会で式を挙げたんだ。病む時も健やかなる時もって奴。死ぬまで離れないって誓いを唱えてしまったもんだから、彼女は私と一緒に年を取り若返る。しかし私が隆志を止めたことで、彼女は私の事を忘れてしまったから、出会いも最初からだけどね。ほら、私も十歳以上は若返っているだろう。」
言われて見直せば、いや、見直さなくても彼は若返っていた。
けれどそれは俺には関係なく、俺には彼が「三厩円慈」で「三厩隆志」である事だけが重要だ。
そうはっきりと彼に伝えた。




