あなたは罰を受ける様な事はしていない、から
楊が死人の事を忘れていたと声をあげ、彼と署長を見返したら、署長は俺達に怒りの目線、近所の悪がきを叱る雷親父の顔と睨みを向けており、ついでに固まっている死人を指さしていた。
これが残っているぞ、という風に。
俺は玄人に死人の事情にについて尋ねようとしたら、玄人はいつのまにか署長の側に行っており、加瀬は姿を消していた。
「この屑が加瀬君の力を使って死人を操っていたみたいだから、この処分はどうしようかね。」
「全部こいつの仕業?」
署長ではなく、隣の玄人がこくりと頷いた。
「加瀬さんは彼が死人だから他の死人を動かせると思っていたのでしょうね。本当は彼の力が移転してしまっただけなのに。それで、この男を見て解ったんですが、葉山さんへの攻撃もこいつです。呪いじゃなくて屑仲間を使っての家への攻撃でした。」
クレーン車は故意に動かされて倒されたのか。
そりゃ当たり前だよな。
「え、ちび。それでも町は真っ黒だったよ。呪いで。」
昨夜オコジョを使っていた男が、自分の見たままを主張した。
「呪いはあったさ。君達が忘れている九十九乃亜。呪いがあったからこそ悪行がすんなり通っちゃったんだよ。でも、彼女は逃げちゃったでしょ。黒星だよ楊君。あの無残に殺された女の子が可相想だ。まぁ、呪いは罪にならないから仕方が無いけど、姉殺しもあるから捕まえないとね。」
「え?」
楊は署長の言葉に固まり、署長はフーとため息をついた。
「誰が姉の九十九茲乃の最期の動画を取って、いつ、自殺した茲乃の救急車を呼んだんだろうね。まぁ、君の担当の事件じゃなかったから仕方が無いけど、書類を読み直したらわかるでしょ。」
「すいません。」
楊は情けなくも、ぺこぺこと署長に頭を下げる。
俺の家に来て近所の三厩に会うたびに大学の恩師に会えたと楊が喜ぶ姿に、楊が帰った後に楽しそうに思い出し笑いしていたのはそういうわけか。
彼はずっと二束のわらじで遊んでいたのか。
俺の呆れた視線に気づいたか、妖怪がギロっと俺を睨み返した。
「何かね、百目鬼くん。」
「俺は自己紹介をしてないですし、ビジターには「さん」じゃないですか?署長?」
「君に、さん、はつけたくないねぇ。」
俺はいつもの三厩に返すようにして笑いながら言ってみたが、彼もフフっと笑って返してきたが、それは俺達だけにわかる笑いだったと思い出した。
「なんで、知り合いだった?」
楊の当り前の疑問に、俺は吹き出していた。
お前だって知り合いだっただろうと。
けれど、これが三厩の不幸そのものだと俺は気が付いた。
誰にも覚えてもらえない、無縁仏の永劫の地獄。
俺は三厩を見返した。
彼は俺に微笑んでいた。
楊が自分を忘れているそのことこそ、自分が命を弄んだ神の罰だという風に。
「俺は仏教の人なんでね、釈迦も大日如来も神様よりも心が広いと信じています。ですから、多分、仏罰が下っていない人を忘れるなんてことは無いと思います。」
「では、私も経を読もうか。今後も仏罰を受けないように。」
「ええ。俊明和尚は同じ道にいる限り、俺達は一緒だと俺に約束してくれました。」
「どういうことだって!知り合いなの!」
俺と妖怪は煩い楊がいたと思い出し、楊を同時に見返した。
楊は自分の上司が自分よりも親友との方が仲が良いだけでなく、自分を蚊帳の外にしている事に対してのジェラシーを抱いた顔を見せていた。
「あぁ、葉山が恨まれていたわけがわかった。」
しかし、俺の呟きに、玄人が尊敬どころかガッカリした顔つきで俺を見返した。
あんなに葉山が呪われるわけを知りたがっていたというのに。
「どうした。」
「いえ、だって。人でなしの気持ちがわかるって、人でなしの証拠じゃないですか。」
署長室で玄人に金縛りされている死人の存在を忘れて、俺達は一斉に吹き出した。
馬鹿笑いに興じ続けながら他にも何か忘れている気もしたが、一応は事件が収束したのだと考えていいだろう。




