投げ捨てられた男の末路
昨夜のことは思い出したくも無い。
俺は恋人に投げられ捨てられたのだ。
詳しく言うと、面倒だと恋人が投げた案件の後始末を恋人に押し付けられ、案件処理についてのアドバイス要求など一切無視されたのだ。
さらに、固有名詞入りで詳しく説明すると、玄人が面倒だと楊にオコジョを与えて大暴れさせたが、そのコントロールを俺に押し付け、楊とオコジョのはしゃぎっぷりの制御不能に怯えて玄人に出した俺のメールが全て未読の完全無視だっただけである。
抜けているって勘違いした仕返しか?
でもいつだって君は抜けているでしょう?
玄人は天使じゃなかったのか?
楊はオコジョ達がさっと散った途端に、疲れきったそのままベッドに倒れこみ、そのまま爆睡してしまった。
俺はそんな上司の寝姿を整えたり安全を確認してから帰宅して、俺の前に帰っていた友人の愚痴を延々と聞き、姉の方からは百目鬼の事を色々聞かれ、気づいたら、朝だ。
今朝は疲れで動かない体を無理矢理動かしての出勤だ。
早朝に上司の鳥の世話と馬鹿犬、俺の犬だが、の世話までしたのだ!
人間の俺様が朝食も食べていないというのに!
焼け出された葉山姉弟は、二人とも今日は休みだと気楽に爆睡している。
姉は予定通りだが、弟に関しては俺が誕生日プレゼント代わりに休みを渡したからだ。
俺は本当に人が良い。
人が良いという表現は間抜けにも使うなと、俺は自分が情けなくなり、まだ出てもいない涙を指先で拭った。
そこで昨日のことを思い出した。
俺は百目鬼に頭を撫でられたのだ。
嫌か?嫌だったっけ?
「うわあ!俺は当り前のようにあの手を受けいれていたよ!」
両手で顔を覆った時、俺は自分の手の平が包帯塗れである事にも気が付いた。
楊を助け出そうと無我夢中で、木切れを掴んでへし折っていたその時の傷だ。
そう、百目鬼は俺にその行為を止めさせるために俺を後ろから抱き締めたのだ。
楊こそ彼が助け出さねばいけない時に!
俺が怪我をしているから!
「うわあ!ちょっとどころじゃなく嬉しくなっている!」
両手で顔を覆って叫んだところで、自分は壊れているかもと急に怖くなった。
これは絶対に寝不足のせいだ。
特対課の会議用長椅子に横になって一時間でも寝よう、と署のエントランスに一歩足を踏み入れたその時、職員に俺は呼び止められた。
運の無い俺は署長室に呼ばれたのである。
直々に?
俺はだるい眠いと主ながらも、そこにのそのそと向かった。
昨日は玄人に与えられた目を持っていて良かったと、俺は本気で思った。
署長室の扉を開けて目にすることになった男の死体が、楊にしか見えないものであったのならば、俺は壊れていただろう。
だからこそ、葉山と佐藤は玄人によって排除されたのか。
彼らはあのイメージが頭から抜けず、繰り返し脳裏に浮かび自らの心を殺すようになるのかもしれない。
俺や水野のように倒れる方が心には安全だということか。
それに、犯人が加瀬だと葉山が知ることは辛いだろう。
あんなに目をかけて可愛がっていたのだ。
ドン。
痛い。
額を押さえながら目の前のドアを見る。
署長室。
「入れ。」
ノックだと思われたようだ。
「失礼します。」
入室したそこには加瀬と署長が立っていた。
署長の肩にはオコジョに似たオコジョよりも二回り大きな銀色に輝く生き物が乗っており、それは俺と目が合うとチェシェ猫のようにニっと顔を歪ませた。
俺は呆然としながらも一歩踏み出した。
すると戸口に立っていたらしき男が急に現れ、俺はしたたかに殴り飛ばされた。
そこで俺の意識は真っ暗になって終わった。




