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お前の神は俺にはいない

「俺達のせいかな。」


 ぽつっと楊が口にした。

 管理者として良かれと思った行動だとしても、それがかえって仇となった事例などいくらでもあり、楊は自分が管理者の器で無いと考えている分,自分のせいで加瀬が抱えなくともよいストレスを抱えたのかもしれないと考えたのだろう。


 本当に楊はどこまでも普通に真っ当であり、人間としてそこは美点のはずであるのに、楊がそここそを隠そうとするのは何故だろうと、俺はいつも不思議である。


「いいえ。彼が壊れたのは、彼を壊したのは所轄の先輩だと思います。彼は壊されて、自分が生かす神だったって知ったのです。」


 またそれだ。

 俺は玄人が自分を「死神」だと言い張る事にかなりウンザリしているのだ。


「お前はよ、錦織の時も自分が死神であっちは生かす神だとか言っていたよな。何だよ、その違いは。」


 玄人は頭を垂れて暫く黙っていたが、ゆっくりと顔を上げて真っ直ぐに俺を見た。

 先ほどの朗らかだった顔とは変わり、血の気を失ったような青白い顔で、まるで自分の罪の告白をこれから行う重罪人のようだと俺に思わせた。


「僕は死人を死体に戻して生者の国のバランスを壊す存在。だから死神です。生かす神は生者の国のバランスを保つために――。」


 玄人は最後まで言う必要が無くなった。

 髙が被せるようにして、玄人の言葉の後を継いだのだ。


「彼らは死人を作れるんだね。すると加瀬の先輩の穂積は、もしかしたら死人になっている可能性もありそうか。」


 玄人はコクンと頷いた。

 頷いて青白い顔で、思いつめた顔で、俺達に告白したのだ。


「大昔のイザナギとイザナミの約束がこの世界を作っているんです。お前が千人殺すというのならば、自分は千五百人を生み出そうと言った、あの約束です。あの約束はあの世とこの世の、いいえ、黄泉比良坂の向こうとの約定なんです。休戦条約なんです!」


「玄人君、休戦条約、とは?」


 髙はピンと張りつめた気配を作った。

 髙の静けさが怖いと玄人は言うが、それは当たり前だ。

 こいつの放つ気は、静けさではなく、殺気そのものであるのだ。

 けれど怖いと言っていた玄人はその殺気に脅えた風もなく、しかし、自分は言い過ぎたと自戒するようにして唇を噛みしめた。


「玄人君?」


 玄人はごくりと唾を飲み、覚悟を決めた様にして口を開いた。


「死人を作るのがこちらの神様の仕業ならば、僕が死人を死者に戻すのはあちら側の神様の力によるものです。だから僕が死神であり、僕が死者の国をこの世に呼ばないために彼らがいるのです。その為の彼らの力です。」


 死人の数が増えたのは、玄人の前世の時代であった。

 そこで前世の玄人は殺された。

 今世でも玄人は何度も殺されかけ、襲撃され、呪われている。

 気味の悪い事件も頻発しているのだ。


 玄人が死ぬのは世界の安定のため。

 だから僕は死ぬべき、か?


 俺は右足の踵を思いっきり床に叩きつけた。

 壁やドアを蹴り破るわけにはいかない。

 ついでに安全靴であるので、床はかなりの音を立てた。


 そして、病室の全員は俺を注目した。


 俺は舞台の主役のようにして、玄人をねめつけた。

 玄人は俺に脅えるどころか、俺を神様のようにして仰ぎ見たではないか。


「仏教にはそんな話はないよ。お前はいい加減に改宗しろよ。」


 俺の投げた言葉に対し、玄人どころか楊と髙までも目を丸くしてしまった。


「馬鹿共が。輪廻転生は修行不足で起きるんだ。今世で修行すれば来世では違う人生がつかめるんだよ。お前が前世と似たような人生なのは、前世で諦めていたからだろ。何もかも、生きることも諦めてくだらない思惑に負けたんだ。ド阿呆が。来世に同じことで悩んだり苦しんだりしたくなければ、今世を必死で生き抜くんだな。」

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