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抑うつからの解放

 楊の無事を知った俺からは、聞くも情けない笑い声が出ていた。

 体だってまだ震えているが、取りあえず山口から離れた。

 山口はこれ以上素手で壁を掘りはしないだろう。


「え、かわさん、そこ?え?じゃあ、この死体は?うわっ!」


 珍しいぐらいに動揺している髙の言葉に振り向くと、楊だった死体は見たことのない男の顔になっていた。

 楊と同じぐらいの身長だが、中年太りで膨らんでいるという楊には絶対に見えない男だった。


「署長か?こいつ。」


「いえ、高瀬たかせかなめ。昨日殺された高瀬由美の父親です。彼は警察病院で拘束されていたはずだ。どうして!」


 そうして俺達は玄人を注目すると、彼は面白くなさそうな顔で肩を竦めた。


「今回の術具です、この人。彼が自分で娘を窓から放り捨てたのです。この人がかわちゃんの死体だと思われている間、この人が食べた肉と同じ肉芽を植え付けられた人達が署を襲うという筋書きです。髙さんの動きを封じて、全部髙さんの仕業にする計画ですね。」


「誰の肉を食べたかわかる?」


「先日の死人です。女の子。たぶん、葉山さんを落ち込ませた可哀想な人。彼女の痛い苦しいが生者を死人に変えていたパワーでした。」


 髙の質問に玄人はすらすらと答え、聞いた髙は大きな溜息とともに首を振り、ぼそっと呟いた。


「そうか。管理が甘かったか。」


「おい、管理って何だよ。」


 俺のセリフに髙は山口をチラッと見たが、意を決したか口を開いた。


「先日撲殺された被害者は死人化していましてね。頭蓋骨も全身の損傷も酷い有様だったからか、搬送途中で珍しく息絶えたからそのまま署の霊安室に安置したのです。ですが、親と対面した途端に息を吹き返してしまいまして。彼らは息が出来ませんから変な表現ですけど、そう、彼女は再び動き出してしまったのですよ。」


 そこで大きく彼は息を吐いた。

 やるせない彼の想いが籠った大きなため息だった。


「それも親がいる前です。そのまま病院に搬送して、今も集中治療室です。親のいる手前、我々は動けない。玄人君をそこに連れて行くなどとてもできない。それで今も半分腐った姿でね、病院で苦しんでいるんですよ。痛み止めも効かない様で、痛い痛いと、可哀相に。」


 げっと水野があえいだ。

 俺は水野は優しい女だからと思っただけであるのに、玄人が余計な事を呟いた。


「あ、みっちゃんは犬猫の共食い場面を思い出しちゃったんだ。ああ、確かに酷い有様。」


 俺の脳裏に共食いではなく車に引かれた猫の死骸の映像が浮かび上がり、グロい想像をさせるという無駄な行為をさせやがってと、怒りのまま適当に壁を蹴り込んだ。


 ばきん。


 俺の安全靴で壁に穴が開き、中から楊のヒェッという声が聞こえた気がした。

 俺は本気でむしゃくしゃしていた。


「おい!病院はどこだ!こいつ連れてその病院に行ってやるよ。コイツにできなきゃその女に俺が引導を渡してやるよ。」


 ところが、玄人が大丈夫です、と言った。

 もう終わりました、とも。


「終わったって、どうした?」


「彼女は良純さんの経で只の死体に戻りましたよ。良純さんの経が死人に植え付けられていた死肉に届いたので、それを通して彼女に届いたのです。ですから、もう彼女に痛みはないです。」


「そうか、良かったよ。」


 髙の声は彼の肩の荷が下りたかのような、溜息交じりの声音だった。


「ねえ!それでかわさんが閉じ込められたのはどうして?」


 水野が子供の様な口調で口にすると、俺の隣の山口が大声をあげた。


「髙さんを潰すためでしょ。かわさんを見殺しにしたって。このままじゃ、かわさんは本当に普通に死んじゃいますよ。朝から水一滴飲んでないでしょ。同じ体勢だし。早く彼を出してあげないと!」


 最後は叫ぶように言った山口に呼応するようにして、後ろの壁の奥から楊の声があがった。


「ごめん!任せるから早く出して!実はトイレに行きたい!」


 ブ、ハハハと大笑いが聞こえ、髙が笑い声を立てながら署長のデスクの引き出しを探り始めている所だった。

 彼はそれからすぐに小さなリモコンらしきものを取り出して、俺達の守る中でそれのボタンらしきものを押した。


 ガチ。ガガガガ。ガ。


 しかし、何かが開きそうで引っかかった音だけが響いている。


「あぁ、壊れちゃったみたいね。かわさん、レスキュー呼ぶからちょっと待っていて。」


 壁の奥からは大きな聞き慣れた元気な声が聞こえた。


「ええー!本気で死んじゃうよ!」

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