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かわやなぎ

 何がどうしてこうなったのか、もはやどうでもいいことだ。


 物事は原因と結果さえあれば良い。

 過程に集中しすぎるから物事があやふやに大仰に展開してしまうのだ。

 考えすぎる奴は早死にするというだろう。


 だが、過程を気にする凡人達の気持ちがわかった。

 俺も結果を受け入れられないのだ。

 俺の中で、どうしてこうなったのか、とその煩悶ばかりだ。


「署長に呼ばれてかわさんを案内した数分後だ。彼の叫び声で飛び込めば彼は息絶えていて、署長の姿がどこにもない。」


「ああ、まさか。俺はどうすればいい?」


 俺の子供は何でも答えを知っているはずだ。

 目の前の血まみれで横たわる親友の蘇生だって、玄人は出来るのではないのか。

 だが、俺の子供は叫びもしなければ俺の言葉への返事も無く、彼の鼠入りペットキャリーを抱く馬鹿な恋人とともに部屋を見回している。


「おい!くろと!」


 俺は珍しく玄人を名前で呼んでいた。

 そうだ、名前だ。

 かわちゃん。

 単なる愛称で、あいつの名前じゃなかった。


「お久しぶりです。かわやなぎまさとし、です。」


 楊は俺が彼と再会した時に、俺が彼の名前を憶えていなかった事を知っていた。

 俺は友人達に「かわちゃん」と呼ばれる彼しか知らず、しかし、再会時にその愛称で呼んでしまったがゆえに、彼に改めて名前を聞く事など出来なかったのだ。

 だからか彼は、俺を彼の実家の菩提寺の住職に引き合わせる際に、俺の目の前で自分のフルネームを言って見せたのである。


 その証拠に、その住職は、三日前も会ったでしょう、と楊に笑った。


 楊と住職のやり取りに、俺は楊が住職にとっては近所の悪戯っ子そのもので、改めて自己紹介する必要も無いと言う事を理解したのだ。

 楊は俺に自己紹介をしたかったのだと。

 楊は俺と友人となろうとしているのだと。


 騒々しいこいつがいて、俊明和尚を亡くした俺の世界のじゃくから、俺を遠ざけてくれていたというのに。


「ちくしょう。どうしてこんな!」


 いまや楊は俺に何も話しかけやしない。

 何も見てはいない。

 呆けたような顔で、天上をうつろに見つめているだけなのだ。


「かわさん!どうしてこんな!」


 部屋で俺と同じくらいに楊を想い、人間味をみせたのは、水野だけだった。

 彼女は顔中涙だらけという間抜けな顔になっても、楊にすがり付こうとしている。

 そんな彼女は髙に腰を掴まれて、楊に縋りつく事も出来ない。


「放してやれよ。もう死んでんじゃねえか!誰にも最期を看取られなかったんだったらよ、こいつを想う奴に思いっきり抱かせてやれよ!」


「できません。亡くなっているからこそ、現場保存は鉄則です。」


「な、亡くなっているって、うそだあ!どうして直ぐに救急車くらい呼んでくれなかったのよおお!うばああああああ。」


 水野はがっくりと首が折れたかのように天井を仰ぐと、子供のような大声で泣きわめき始めたのである。

 彼女は哀れになるくらい変な泣き方をする女だった。

 俺とは違う。


 俺は人非人チームで良い、と思い直し、現場保存と言う髙が現場の為に鑑識を呼ぶどころか何もせずにいた事を聞いた。


「あなたは何もしていなかった。今まで。脅されていたのですか?もしかして。」


 髙は情けなさそうにふっと笑うと、静かに泣き始めた水野から手を離した。

 水野はその場に崩れ落ち、髙はまっすぐに署長のデスクへと向かい、机の上の写真立てを取り上げて俺達に見えるように翳した。


「かわさんを動かせばこの写真の子供が殺されると犯人に脅されました。署長共々処分されると聞いて、僕は動けなくなった。」


 部屋には誰もいなかったわけではない。

 黒幕が立っていたのだ。

 彼は遠峰とおみね紅蓮ぐれんと名乗り、これから始まるショーが終わるまでこの部屋のものを何一つ動かすなと、髙に命じたのだそうだ。

 写真立てはその遠峯が置いたものだった。


「この可愛い子供の事を思えば、あなたは僕の命令にしたがざるを得ないでしょう。」


「動かしたら、魔法が解けますからね。」


 静かな玄人の声が髙と俺の間に割り込み、玄人を見返したら、彼は探していた何かを見つけたようだった。

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