署内にて
相模原東署は真っ赤だった。
サイレンを回したままのパトカーや救急車が駐車場にひしめき、赤い電光がそこいらじゅうを赤く染めているのだ。
回転灯が騒々しく回る光景は、俺に嫌な事を思い出させた。
玄人が襲撃されて切り刻まれた日だ。
その襲撃はこの署の手前の小道にて実行されたのだ。
警察関係者の手引きによって。
「クロ。今回もこの中に裏切り者がいるのか?」
俺の前を歩く玄人と真砂子はピタっと歩を止め、真砂子だけが俺に振り返った。
「その通りです。」
玄人は俺に振り返りもしないで、武本家の当主の声を出して答えた。
誰にでも響くであろう、静かな少年の声だ。
そして俺に答えたからという風に、彼はペットキャリーを抱いたままテクテクと何事も無いように前を歩いて行った。
自然と笑みが出た。
こいつは鈴木と違って俺に縋りながらも、鈴木と違って俺を振り回していやがるのだ。
俺が俊明和尚に縋りながらも、俺の常識外れに彼が振り回されていた時のようにして。
玄人は俺に似ているのだ、と俺は自然に笑っていた。
「ク、クロちゃん?」
「安心して。さあ、俺達も行こうか?」
玄人に呆然としている真砂子の背中に、俺はそっと腕を手を添えた。
俺が彼女を署内へと連れて行くというこれならば、この俺があの馬鹿に追従しているのではなく殿に見えるだろう?
玄人は一般人を中に入れまいと警備している制服警官にも止められるどころか素通りし、当り前のようにテクテクと歩いてエントランス内に入っていった。
俺も当たり前のようにエントランスの中に入りながら、チラッと制服警官の顔を見たら、なんと彼らの表情は玄人にのぼせた様になっており、玄人の姿に追いすがるようにして玄人の後姿に視線を向けているのだ。
葉山と山口をからかおうと、玄人をいじりすぎたか?
馬鹿なことを考えながらフフッとほくそ笑みながら受付内を見回すと、嵐が襲ったかのようにベンチやらなにやら乱雑に倒れ散らばり、その中で三人の死人が立っていた。
彼らは俺達に気づき威嚇しようとして、そのまま崩れ落ちた。
「良かったです。肉芽を植えつけられているだけでしたから、この人達は回復します。かなりの内臓障害は残りますけどね。でも、碌な事しかしてきていないから、これから動けなくなる方がいいでしょう。」
馬鹿は歩を止めもせずに人事のように呟くと、そのまま真っ直ぐに彼が思う目的地へと受付けを通り過ぎて行った。
たぶん楊の犯罪対策課を目指しているのだろう。
俺は溜息をつき、制服警官に倒れた暴漢の介抱を命じて玄人の後を追った。
真砂子は署内の異常に目を丸くしたままだ。
楊の特対課に着くまでに、更に四人の死人が玄人が通り過ぎる度に倒れ、彼らによって部屋を破壊されるに任せていた警察官は、怒りを込めて手荒に倒れた元死人を拘束し、担架に乗せて署外へと運んでいった。
「どうして!クロト!。それで、どうしてそんな格好をしているの?」
ベル型の長袖と裾がレースで飾られた浅葱色のカーディガンの下は、胸元と肩紐がレースで飾られたハイウェストの白いジャンプスーツだ。
足首までのストレートパンツで、一見細身の白ワンピース姿に見えるはずだ。
さらに、俺による化粧は完璧。
今日の玄人は一見でもがん見でも、清楚なお嬢様風美女でしかない。
あの邪魔で悪趣味なイヤーカーフを隠すために伸ばした髪も毛先を巻いてやり、空気を含んだ躍動感を演出してみた。
最近購入したヘッドをいくつも選択できるプロ使用のホットカーラーを見つけた日の玄人の顔が忘れられない。
目玉お化けのように目を見開いて固まったのだ。
思い出しても笑いが出る。
俺がニヤついていると、山口を押しのけるように葉山が出てきた。
俺達は楊の部署の前に辿り着いていたらしい。
「俺の誕生日のためにこんなに着飾ってくれたというのに。帰れなくて、ごめん。」
手を握りたいけど鼠入りのペットキャリーを両手で抱えている玄人に逡巡する葉山を、山口は肩で押しのけ玄人から牽制した。
そして、そんな葉山の姿に葉山に想いを寄せている佐藤は涙ぐみ、佐藤の親友の水野は俺を殺す勢いで睨んできた。
山口も水野も元気一杯じゃねぇか。
髙め。
「おい、あの嘘吐きの元公安ジジイはどこ行った。」




